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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第71回 71


 迦仙・五階。文献書庫。
 膨大な記録を照らし合わせ、掛け合わせることで効果の向上を期待できそうな知識を手記に書き込みながら、グレイは術式の完成を目指していた。
 市街全域に樹木が広がるかもしれないという疑念より、その場合にはずせない四つの地点を訪れたときから、グレイはもうずいぶんのあいだ、術式完成だけに苦心している。
 その四つの地点――
 南住居区・住民用バスケットコート。
 北宿舎区・大食堂アイム・ノット・デッド。
 東工場区・廃工場インヴィジブル。
 西商港区または紋章地区・モーニングスター別邸。
 これらの場には、奇怪な術がすでに何者かによってかけられたあとだった。
 それぞれの区画の中心にほぼ近い建物であるこれらには、常人は例外として、向こう側≠フ住人のみが踏み入ることができなくなっている。建物はどれもが目視でき、位置が変わっているわけでもない。その場所に近づいただけで危険がおよぶというわけでもない。
 だけれども、どうしても内部に侵入することができないのだ。限定的に空間を支配する特別な術の力によって、内側には何をやっても移動不可能なのである。
 秋蜘蛛に肉体を霧散させる独自技法を試してもらうも、侵入失敗。
 蒼劉が結界に類似したものと判断して解除を試みるも、侵入失敗。
 グレイ自身も綻んだ箇所があるはずと考え分析したが、侵入失敗。
 三人で知恵をしぼり、数々の方法で奇術を破ろうとしたが、結果はことごとく失敗、失敗、失敗の繰り返しであった。
「空間に作用する術というのが、そもそもの間違いなのかも。ひょっとしたら、次元や虚空といったより広い意味合いでの領域に関連した技法……?」
 頭脳のなかで無数の術式と可能性を組み合わせては切り離し、謎めいた奇術を突破するための新しい術を模索する。
 仙術の智に解き明かせない謎はないはずだ。
 手がかりに到達すれば、たちどころに瓦解できる。
 そう信じて手記に知識と計算を記し続けたけれど、苦悩と逡巡のために矢印をやたらにはしらせるばかりになってしまった。
 奇術は、仙術を上まわる能力がもたらしたものだとでもいうのだろうか?
 それとも、迦仙の書庫だけでは、知識にも限界がきてしてしまったのか?
「グレイ。お茶を入れてきたの。息抜きはいかが?」
「フレア……ありがとう。助かるよ」
 机に並べた書物をどけ、フレアが持ってきてくれた紅茶を飲んで嘆息する。
「頑張って。貴方ならきっと突破口を見つけられる」
「うん。そう言ってくれると力になるよ」
 こちらが返す言葉にフレアは微笑みを浮かべて、手記の内容を目にしてから、速やかな足取りで書庫を出た。
 彼女の心遣いに癒されつつ、もういちど、紅茶に手を伸ばす。
 気が散らないようにと、ひとりだけで来てくれたのだろう。
 あんな素敵な女性と交際できて、自分は本当に幸せ者――
「ひとり……? 彼女が一人でここまで……!?」
 ハッとして、グレイは立ち上がった。
 フレアは緋劉がいなければ、迦仙のなかでさえ満足に行き来できないはずだ。
 では、いったい今しがたのフレアの容姿をした相手は、何者であったのだ!?


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