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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第70回 70


   O.O.S.『警告・忠告・お気の毒』

 弟子とは、師の背に学び、精神と肉体を形作るものとされている。
 クラスター・ダンはそうした見解に、一片の疑念すら抱いたことがなかった。
 驕った者のなかには「不肖の弟子」などと称して、自らの門弟を揶揄する者もいるが、クラスターに言わせれば、そんな台詞を吐ける相手のほうが愚かに思えてしかたがない。
 弟子が不出来であるとすれば、教えを授けんとした師が不出来であるためだ。
 双方は映し鏡であり、師の難点が弟子の難点を作る。
 これは何事においても言えることだが、善き師範に出会うことが正道を歩み、成さんとする道筋を描き出す理想的な手段なのだ。
 本来、子が親を慕うように弟子は師を慕うもの。
 仮に、そうした大前提でさえも成立させられないとすれば、もはや師弟関係と名乗ることすらおこがましい。
 信頼がすべてだ。結束こそ渡世だ。
 心に根づく絆が、一歩を踏み出す力になる。
 クラスターの胸裏に烈火がごとき熱血となりて、いまなお循環する亡き師への憧憬と敬服の想い。これなる念が宿らずして、なにが師弟か?
「……父にして師、ってか」
 自身が育てる若き少年を思い浮かべて、クラスターは小声で呟いた。
 クレメンツが〈新神〉を志したのは、父の仇を討つためだと聞いている。
 あの年齢で大それた目標をかかげたものだと呆れ果てたが、物語る本人の眼に見られた煌きの強さに、このガキは鍛えがいがあると感じた。
 かつてマスター……我が師匠、ラファール・トライアルを失ったときの剣幕と同じ凄烈を放ちながらも、冷静さを欠いていない稀有なる煌き。
 いずれ、あのガキは化ける。
 秘められた能力を行使して、このブレイゾンシュタットを――いいや、もっと大きなものを揺り動かす存在になるかもしれない。
 そう感じたから、あのガキを育てることにした。
 認めたくはないところだが、そこには期待以外にも、嫉妬と羨望があった。
 我が身も少し前までは、復讐にとらわれていた。復讐が生きる糧であった。
 マスターを殺した者を憎み、マスターを救えなかった己自身を憎んだ。憎悪に染まる心のままに、外道どもを殺しているつもりだった。
 我が身はマスターの仇を討つという正当な正義を全うする者であり、ほかなる人でなしどもとは次元の違う存在である、という誤った思い上がりに気づかせてくれたのは、マスター・ラファールの相棒として活躍し、現在では〈双神〉傘下に属する一組織〈ナパーム・デス〉の頭目となった男、シュクヴァールだ。
 シュクヴァール・ファイアスタインは、あえて老神父の殺害を愚者に課した。
 昔日の罪の意識から神に仕える老神父を殺める――気が重くなる仕事である。
 この仕事をとおして自らに何を気づかせるつもりでいるかは、予想がついた。だが固執し続けた認識をあらためることに抵抗があったクラスターは、すぐさま現場へとおもむき、ターゲットが独りとなるのを待った。
 気づかれてはいけない……また、気づいてはならない。
 己の行動が外道どもと同列の腐った所業であることに。
 なんら意味のない殺人と、愛情から成される報復行為。
 このふたつは、断じて異なるもののはずだ。
 仇を追い求める過程で犠牲が出たとして、悪行をはたらいた相手に非がある。ならば、撃たれたとて文句は言えまい。我が身ではなくとも、何者かに殺される未来しかない連中なのだから。いつか、必ずや制裁を受ける外道なのだから。
 だから――だから気にすることなど、ない。
 知ったことか。赦されようとする心理など。
 知ったことか。膝を折って嘆く女の涙など。
「…………」
 人間の心は脆いものだ。
 たったひとつの要因で容易く折れてしまうものだ。
 気づかせられ、あらためさせられ、覚える罪悪感。
 あるべき心身から逸脱してしまった悲しみは、怒りでまぎらわせた。
 仇を追い求め、いつしか他者の仇となっていた現実。
 涙は流れなかった。ただ、後悔の念が胸にあふれた。
 己の行為さえも直視できない脆弱さ。
 そんなものを自らが抱えていたなど、思い知らされたくはなかった。
 シュクヴァールの狙いどおりの結末など、噛みしめたくはなかった。
「ねぇ。心配してるみたいよ?」
 クレメンツを鍛えるための道具をしまい終えたメアリーが、物静かに言った。
 彼女の視線をたどった先には、黒猫のトムの姿がある。トムは鳴き声を発することなく、こちらを見つめていた。
 人間様の心配とは。猫ふぜいが生意気な態度をとるものだ。
「畜生がそんなに頭がキレるか。阿呆くせぇことほざくな」
「動物にだって愛情はあるわ。等しく神の被造物ですもの」
「何が神だ。そんな奴がいるなら、俺が脳天に鉛弾ブチ込んでやる」
 メアリーの言葉に、トムの頭を撫でながら返答する。
 神などと呼ばれる者たちなぞ、己自身の元締めと弟子だけでじゅうぶんだ。
 もとより、クラスター・ダンは神の下僕ではない。心底から師事し、奉仕する相手はすでに死している。
 自身が奉じるべきもの。それは真に正当なる報復と忠節の精神。
 そして、それを全うしうる若人の道筋を絢爛に照らし出す熱意。
 弟子二レオ・クレメンツは、何人に教授するでもなく理解している。仇討ちを成功させる道程のなかで何が起こり、何を背負うべきであるかを。
 一個人の復讐心を暴走させず、故人の鎮魂がために行動すべしという教訓を。
 それをこちらに伝えたあの眼は忌々しくもあったが、同時に、興をそそられる美しい輝きでもあった。
 見てみたくなったのだ。あいつが遂げる復讐の光景を。
 いかが結果をもたらし、少年がどのように感受するか。
 目的を成しえた眼には、どのような色が映っているか。
 それらすべてをおさめ、学びたい。恩師の尊厳を重んじるにふさわしい弟子の振る舞いと、父への憧憬を保ち続けられるすべの本懐を。
 ゆえに――惜しみなく注いでやる。見せてみろ。もうひとりの俺≠フ姿を。
 つかむべき成果は互いに同じだ。
 果たすべき大願の成就を志したゆえに、裏稼業に転がり込んだ。
 オマエと俺とは似ている。そのために、近しい熱を汲みとれる。
 師と弟子とは映し鏡。我々には、望ましい師弟関係への兆しがある。
「上にあがるぞ。酒がほしい」
 高鳴る心の奔流を冷まさんがため、クラスターは地下空間から上に向かった。
 酒場である一階には、客足が伸び始めているのか、カタギの人間がちらほらと見受けられる。
 普通に考えれば、まだ酒に手をつけるには早い時間帯である。
 ブレイゾンシュタットの就職率が、わずかながら気になった。
「おや? まだいたのかい、二人?」
「るせぇぞ、マジックマン。もげろ」
「ひどいな、急に。というか、もげろってなに!?」
 カウンターに座って酒器を傾ける同業者。〈狂公〉デリンジャーは、無駄に大声で大ボケをかます。
 Bar・キラークィーンをよく利用していることは知っていたが、こんな底辺にあるであろう人間たちに交じって酒を飲んでいる場面を見せられるのは、業界に属する全員が見下されてしまいそうで不愉快だった。
「もげろと言っているのだから、やっぱり、アソコじゃないかしら」
「でぇえっ。アソコって、あのアソコのこと?」
「そりゃあ……あのアソコでしょ?」
「アソコがもげたら、アソコの機能が――」
 デリンジャーの発言の相手をしてやる恋人に、またしても、クラスターは嫌な気分になる。まるで建設的でないうえに、品性にかける。しかも益体がない。
「お前さんたちな、ほかにも飲んでる客がいるんだ。バカ話すんじゃねぇよ」
 そうした不愉快な思いに駆られたのは、ウェッソンも同様であるらしかった。
 だがデリンジャーという男は、そんな注意に素直に口を休めるタマではない。
「私の機能の一部が失われるかもしれないのに、バカ話はひどくないか!?」
「……使う相手がいるのか?」
「いんや、今のところは全然」
「「じゃあ、いらないな」」
「いるよッッ!! めちゃめちゃいるよ!! なに言ってんだよ!?」
 コメディアンのような調子で、デリンジャーは即刻、ツッコミを入れてくる。この男は進むべき道を間違えたのではないだろうか。
「初恋の相手が忘れられない……女の子なら可愛い話なのに、惜しいわね」
「男でもじゅうぶんに美談だろう。このまま操を守り続けちゃおっかな?」
「きめぇんだよ、童貞が」
「ドン引きだぜ。こりゃ」
 懲りずに共感を得ようとする相手に、暴言の凶弾をひとりずつ発してやると、相手はようやくおとなしくなった。
 デリンジャーは、自身の恋愛話にみなが興味関心を示すと思っていたのか。
 至極どうでもいいに決まっているだろうに。
「それより、クソガキを見たか。いくらかガタイがよくなっただろ」
「ああ――お坊ちゃんね。まあ、少しは良くなったかな」
 こちらが振った弟子の話題には、意外とシビアな言葉が返ってくる。
「四ヶ月じゃ成果なんてわかりっこないさ。あんなんで強くなった気分になってもらっても困るし」
「あいつは自分自身をわかっている。オマエみたいな勘違い野郎じゃねぇんだ。現実を受け入れるだけの器はある」
「……ほぉーん」
「なんだ、その返事は。今すぐゲロ吐きてぇのか? あ?」
 気のないどころか、嘗めくさっている感のある、いいかげんなつぶやき。
 クラスターは、これにかなりの苛立ちを覚えさせられた。
 自らが鍛える弟子のどこに、不満点があるというのだ。あのガキを〈新神〉にすると最初に宣言したのはオマエだろう。
「面倒しょい込ませといて、辞めだなんて言うんじゃねぇだろうな。蠅だかり」
「まっさかぁ。私だってお坊ちゃんの素質を信じているんだ。あの子はできる」
 ただね、驚いたんだよ。
 と、デリンジャーは椅子を回転させて、こちらに向き直る。
「クララ、やる気あるじゃん。投げ出されないか心配だったんだぜ、私は」
「――ピーマン頭が。そんなつもりなら、最初(ハナ)っから受けてねぇ」
「ははっ、心強い限りだよ。蒼ちゃんにはあまりその気がないし、エンちゃまは忙しいし、ちょっとまいっててさ」
 蒼は、クレメンツを殺し屋とすることを了承したものの、積極性はない。
 ブリッツは、ストライフ自衛団討伐以後、行方のしれない〈征覆者〉の捜索にかまけて、弟子の育成に本腰を入れられていない。
 確かに、目論見どおりとは言えない状況だった。
「おっ死んだんじゃねぇのか。あの仮面野郎は」
「クララ。そういうこと、エンちゃまには言うなよ。彼は真剣に捜してるんだ」
 相棒の無事を願う心をバカにすることは許さない。
 デリンジャーは鋭い眼光で、言葉なくそうした意を告げてくる。
 その後、緩急をつけるがごとく目元でほほ笑むと、おどけた調子にて、
「あと、お坊ちゃんは出かけたぜ。洋服を買いに出たらしい」
 と、クレメンツの外出を伝えた。
 衣類を買いに出たとするならば、「逢魔の会」に参加するためだろう。
 訓練後の肉体はなるべく回復させておいたほうがいいものだが、こればかりはしかたがないといったところだ。
 けれども、せめて帰宅の途くらいは回復にあてたいものである。
「女。クソガキを追いかけろ。適当に見立ててやれ」
「嬉しいわ。わたしのセンスを信頼してくれるの?」
「センスなんぞ知るか。無駄な口たたくんじゃねぇ」
「ええ。仰せのままに。ウェッソン、デリンジャー、トムもそれじゃね」
 メアリーは店の扉を開き、別れの挨拶をする。
 ふたりはもちろん、トムも彼女に応じて、鳴き声を上げた。
「……ところでな、クラスター。この店は基本的にはペットの入店は」
「るせぇ。オマエも玉なしになりてぇのか、ウェッソン」
 酒場の店主の発言に、懐から取り出した電銃ライトニングを突きつける。
 相手はこの対応に閉口し、こちらの口も休ませるために酒器を用意する。


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