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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第69回 Memory3-1 そのA


「つ……疲れた」
 会食に参加すると返答したことが、よほどに両者は嬉しかったのだろうか。
 そのあと行われた三時間のトレーニングは、日中よりも激しさが増大した。
 身体じゅうが申告してくる痛みを堪え、なんとか、ウェッソンさんの許可を得て自室として使わせてもらっている、二階のベッドに倒れ込む。
 しかし、だ。いくらなんでも早すぎないか?
 確かにクレメンツ少年は、この四ヶ月間、血を吐くような努力をしていた。
双神≠ェ自身の経験から作成した「殺心御法」のうち、初級教義・十三訓を完璧に習得、中級教義・十八訓中の三訓を体得せしめ、各教義のあいだには、蒼とブリッツによる近接格闘術指南で汗を流した。
 それにくわえて、メアリーによる基礎体力作り、クラスターの射撃技術指南……およそ日常生活では味わえない激務の連続である。
 もっとも、業界屈しの名手に教われている事実、師事する異名者≠スちがこれまでになした鍛錬総量を考慮すれば、クレメンツ少年の行うそれなどは、とりわけ筆すべき苦行ではないのだろうが。
「…………パイソン。姿を見せるなら、ちゃんと玄関からにしなよ」
「姿を見せては――――いや、なんでもない。すまぬな、ニレオよ」
 ベランダから感じた気配に声をかけると、空間から染みださせるようにして、口の端に笑みをそえたパイソンが現れた。
「今夜は『逢魔の会』が開かれるそうだな。午後は存分に骨休みができようぞ」
「うん。その『逢魔の会』なんだけど、オレも出席するみたいだ」
 私が気負わず声に出せば、パイソンは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、十数秒ほど硬直してしまう。彼もこんなに早い段階で会食に招かれたことに、驚きを隠せずにいる様子だ。
「でっ、ではニレオ、貴殿はすでにファミリィに昇格したということか!?」
「落ち着いて、パイソン。出るには出るけど、これは正式な昇格じゃないんだ」
 彼をなだめようと、銃殺狂者たちのなかば無理やりな決定について説明する。
 なにせ、メアリーとクラスターのことである。ほかの者の意向を無視して、捻じ込むように弟子を会食に参加させる心づもりでいる可能性は捨てきれない。
「……ふぅむ。どうやら貴殿の師は、〈客人〉制度を利用する気でおるようだな」
 説明を聞き終えたパイソンは、両の腕を組んで眉をひそませた。かねてから業界の制度や行事を調べていた彼は、師匠たちの意図が読み解けたらしい。
「〈客人〉? なんだい、ソレは」
「双神≠フ取り決めた法のひとつよ。異名者≠ヘ信頼のおける者を一名、〈客人〉として会食に招くことが許されておる」
「……信頼、か。それはまた、曖昧な定義だね」
〈客人〉の基準は、あくまで個人の判断に一任する、ということのようだ。
 この程度のとり決めでは、ごく普通の人物が会食に参加することもありうる。
 いや、それどころか、もしも異名者≠スちのなかに裏切り者がいた場合、内通者を双神≠フ鼻先まで近づける最良の手段と成りかねない。
「双神≠ノは、よほど自信があるのだろう、己が仲間の結束力に、な」
「それが仇にならなければいいけど。ウェッソンさん、どこか抜けてるからね」
「さもありなん。なればこそ、脇を固める皆が支え合い、信頼が育まれたのだ」
 パイソンの言うことに、クレメンツ少年は素直に頷いていた。
 他を惹きつける無意識の才を、電光のウェッソン≠ニ魔銃のスミス≠ヘ、天より授けられているということなのだろう。
 適材適所。ふたりは成るべくして、組織の頂点に君臨しているのだ。
「さーてと。それじゃオレは、ウェッソンさんたちに恥をかかせないために、身なりを整えないとな。それからパイソン、念のため出席者の情報をもらえる?」
「うむっ、そう言われると思っておった。まかされよ、そうかからずに集約は終わる。口頭では覚えきれぬであろうから、ファイルにまとめてしんぜよう」
 パイソンは、光の束としてこの場に集めた情報を片手で組み換え、寝台から起き上がった私のそばに投げ渡してくれた。
 ファイルに綴じられた報告記録は厚みがあるが、日が落ちるまでに各幹部の顔と名前が一致している必要がある――前頭葉をはたらかせねば!
「良し――。気合いを入れて覚えよう」
 身体を休め終えた私は真剣そのものに、意気込みの言葉を発した。
 上手くすれば人望を得られる好機だ。これを逃す手はほかにない。
〈ロイヤル・ハント〉
〈ポイズン・ブラック〉
〈ソウル・ガンズ〉
〈ドラゴン・フォース〉
〈ナパーム・デス〉
〈ナイト・ウィッシュ〉
「逢魔の会」に参加する六組織の幹部について理解するのにかかった時間は、正味、四十五分ほどであった。
 おおむね予想どおり、それぞれクセのある人物であるようだが、なればこそ懐に潜り込めれば、固い親交を期待できる。
 矮小なるニレオ・クレメンツが底知れぬ暗黒街で父の仇にたどり着くには、できるだけ多くの優良な後ろ盾が必要になるだろう。
 そのためには、脳に刻んだ情報を用いて宴の席で幹部たちに好印象をあたえ、みなに受け入れられることが今夜の第一課題と言えそうである。
 我ながら実に打算的な目論見だが、丸裸同然で業界に転がり込んだ小僧が、こうした策謀を講じずして、名をとおらせられる道理はない。
 なにより、すべてはその先にある悲願。亡き父の名誉を取り戻さんがため。
 姑息な手段に頼ろうとも、穢された故人の尊厳を奪い返すことに比べれば、罪よりも義のほうに重きが置かれて然るべきのはずだ
「……ふぅ。あとは本番でどうなるかだな」


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