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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第68回 Memory3-1 その@




 ――客観的に見れば、十七歳のニレオ・クレメンツを幸福と呼ぶ者はいないだろう。
 父とは死別し、母とは離別、友とは惜別を味わったのだから。
 だが当時の私自身は、そうした物事を深く考えなかった――否、深く考える余裕がなかったと言ったほうが、より正しい。
 エストックと語らったあと、酒場でウェッソンさんからのお説教をくらい、私は異名者′ワ名との酒盛りに参加させられた。
 その席で私は、デリンジャーを筆頭としたその五名の弟子になることが正式に決定され、現場師範たるメアリーとクラスターの教えを学びとっていくことになる。
 ……これより先の日々は…………まさに地獄の苦しみだった。
 私はその風貌や言動から、クラスターが監督する鍛錬こそ、過酷なるものと考えていたが、実際に地獄の悪鬼のごとき振る舞いを見せたのは、メアリーのほうだったのだ。

   Memory3-1

 裏稼業に属する前までは、まったく気がつかなかったことなのだけれど、Bar・キラークィーンの地下には広い空間があった。クレメンツ少年は未熟な己自身を高めるべく、銃殺強者たちとともに、この地下空間で鍛錬に精を出す。
「重りを増やすわ、ストレイシープ。この状態であと五十回!」
「ご……五十回!? けど、もう腕が痺れて――」
「師に逆らおうとしない、さらに追加で五十回!」
「…………」
 メアリー・ローズには、師匠としての才能があった。
 あの頃は別にして、現在では私も、彼女の容赦のなさに感謝している。
 メアリーは相手をいじめ抜くことに抵抗がなく、子供であろうと甘やかさず、我が身に多くを叩き込んでくれた。
「クソガキ、常に真っ直ぐ構えろ。常にだ。敵の脳汁ブチまけたいならな」
「まだオレには、弾道が歪む癖が?」
「ああ、そうだ。とはいえ、肥溜め生まれにしちゃ上等だがな。少し力を抜け」
 クラスターは口数こそ少ないものの、助言は的を射ているものが多かった。
 クラスターには成長を俯瞰する視野の広さがあり、ひとたび声をかければ、メアリーも適度なところで鍛錬を終えてくれた。ときに合間にまじる暴言も、彼がもつアイデンティティだと捉えれば、どうということはない。
「クソガキ、それまでにしろ。女、メシにする」
「あらっ、ホント。昼食の時間ね。テーブルを用意するわ」
 ……クラスター・ダンについて気づいた点と言えば、実はもうひとつある。
 かけ出し時代の私は、彼が購入したジャンクフードが主な食事だったのだが――この日の場合、クラスターは上着の内側からハンバーガーを取り出した。
 続けて取り出されたのはポテト、そしてナゲット。
 これくらいの個数ならば、別段、不思議ではない。
 けれどクラスターは、さらに飲み物やサラダまで、次々にテーブルに置いた。それどころか、二週まわってメアリーと私の分まですべての食事を、上着から取り出して並べ立てたのだ。
「見世物じゃねぇぞ。ジロジロ見んな」
「ご……ごめん」
 謝りはしたけれど、〈保護存在〉でない人間(パイソン談)に、こんな珍妙な場面を見せられているのだ。気にならないほうがおかしい。
 新米師匠の上着の中身はどうなっているのだ?
 亜空間に連結しているとでもいうのだろうか?
「クラスターは荷物をまとめるのが他人より得意なだけよ、ストレイシープ。種も仕掛けもありはしないわ。そうよねっ、クラスター?」
「メシの途中で話しかけんな、女。ポテト喉に詰まらせて死ね」
「ふふっ。あなたが飲み物を買ってくれたから、その心配はなさそうだけど?」
「だったらストロー喉に詰まらせて死ね」
 メアリーとクラスターのやりとりを眺めつつ、チーズバーガーに手をつける。
 空腹と疲労とで、口にする昼食がとても味わいぶかい。実に心地いい瞬間だ。
 昼食を取り終えたあとも、まだ三時間のトレーニングが待っている。
 心身が休まる昼食は、クレメンツ少年にとって、安息のオアシスといっても過言ではない。
「そうだ、クソガキ。今日の夜は空けておけ」
「今夜は『逢魔の会』。あなたのお披露目会でもあるから、身なりに気をつけて」
 ――嗚呼、しかし、やんぬるかな。
 脳内でオアシスにぷかぷか浮かんでいたクレメンツ少年の意識は、ふたりの発言で急速に現実へと引き戻された。
 殺し屋たちの会食・「逢魔の会」。それは双神≠フ呼びかけのもと、シマに属する裏稼業人が一堂に会する大イベントだ。
 少年がそうした席に招待されるということは、力量はどうであれ、実質的に双神≠フファミリィとして業界に認知されるということである。
「ちょっと待ってくれ、二人とも。オレが鍛錬を始めてから、まだ四ヶ月だろ? そんな大事な会に、本当に招かれてるの? ウェッソンさんからは何も――」
 あたふたとうろたえれば、メアリーは鍵束を、クラスターは銃器を手にし、こちらへ詰め寄った。金属質な冷たい感触が、こめかみへと押しつけられる。
「従がわねぇ気なら、ド頭に花咲かすぞ。クソガキ」
「つべこべ言わず、師匠の言うことは聞くものよ?」
 このふたりに脅しをかけられて、首を横に振れる者がいたらそれは勇者だ。
 むろん、勇者などになりたくない私は、喜んで首を縦に振ったわけなのだが。


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