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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第68回 68




 ――客観的に見れば、ニレオ・クレメンツを幸福と呼ぶ者はいないだろう。
 父とは死別し、母とは離別、友とは惜別を味わったのだから。
 だが当時の私自身は、そうした物事を深くは考えなかった――否、深く考える余裕がなかったと言ったほうが、より正しい。
 エストックと語らったあと、酒場ではウェッソンさんからのお説教をくらい、私は〈異名者〉五名との酒盛りに参加させられた。
 その席で私は、デリンジャーを筆頭としたその五名の弟子になることが正式に決定され、現場師範たる〈鋭華〉と〈変貌〉の教えを学習していくことになる。
 これより先の日々は…………まさに地獄の苦しみだった。
 風貌や言動から、クラスターが監督する鍛錬こそ過酷なものと考えていたが、実際に地獄の悪鬼のごとき振る舞いを見せたのは、メアリーのほうだったのだ。

   Memory3-1

 裏稼業に所属するまえまでは、まったく気がつかなかったことなのだけれど、Bar・キラークィーンの地下には広い空間があった。クレメンツ少年は己自身を高めるべく、銃殺強者たちとともに、この地下空間で鍛錬に汗を流す。
「重りを増やすわ、ストレイシープ。この状態であと五十回!」
「ご……五十回!? けど、もう腕が痺れて――」
「師に逆らおうとしない、さらに追加で五十回!」
 メアリー・ローズには、師匠としての才能があった。
 あの頃は別にして、現在では私も、彼女の容赦のなさに感謝している。
 メアリーは相手をいじめ抜くことに抵抗がなく、子供であろうと甘やかさず、我が身に多くを叩き込んでくれた。
「クソガキ、常に真っ直ぐ構えろ。常にだ。敵の脳汁ブチまけたいならな」
「まだオレには、弾道が歪む癖が?」
「ああ、そうだ。とはいえ、肥溜め生まれにしちゃ上等だがな。少し力を抜け」
 クラスターは口数こそ少ないものの、助言は的を射ているものが多かった。
 クラスターには成長を俯瞰する視野の広大さがあり、ひとたび声をかければ、メアリーも適度なところで鍛錬を終えてくれた。ときに合間にはさまる暴言も、彼がもつアイデンティティだと捉えれば、どうということはない。
「クソガキ、それまでにしろ。女、メシにする」
「あらっ、ホント。昼食の時間ね。テーブルを用意するわ」
 ……クラスター・ダンについて気づいた点と言えば、実はもうひとつある。
 かけ出しの自分は、彼が購入したジャンクフードが主な食事だったのだが――この日の場合、クラスターは上着の内側からハンバーガーを取り出した。
 続けて取り出されたのはポテト、そしてナゲット。
 これくらいの個数ならば、別段、不思議ではない。
 けれどクラスターは、さらに飲み物やサラダまで、次々にテーブルに置いた。それどころか、二週まわってメアリーと私の分までのすべての食事を、上着から取り出して並べ立てたのだ。
「見世物じゃねぇぞ。ジロジロ見んな」
「ご……ごめん」
 謝りはしたけれど、保護存在でない人間(パイソン談)に、こんな珍妙な場面を見せられているのだ。気にならないほうがおかしい。
 新米師匠の上着の中身はどうなっているのだ?
 亜空間に連結しているとでもいうのだろうか?
「クラスターは荷物をまとめるのが他人よりも得意なだけよ、ストレイシープ。種も仕掛けもありはしないわ。そうよねっ、クラスター?」
「メシの途中で話しかけんな、女。ポテト喉に詰まらせて死ね」
「ふふっ。あなたが飲み物を買ってくれたから、その心配はなさそうだけど?」
「だったらストロー喉に詰まらせて死ね」
 メアリーとクラスターのやりとりを眺めつつ、チーズバーガーに手をつける。
 空腹と疲労とで、口にする昼食がとても味わいぶかい。実に心地いい瞬間だ。
 昼食を取り終えたあとも、まだ三時間のトレーニングが待っている。
 心身が休まる昼食時は、クレメンツ少年にとって、安息のオアシスといっても過言ではない。
「そうだ、クソガキ。今日の夜は空けておけ」
「今夜は『逢魔の会』。あなたのお披露目会でもあるから、身なりに気をつけて」
 ――嗚呼、しかし、やんぬるかな。
 脳内でオアシスにぷかぷかと浮かんでいたクレメンツ少年の意識は、ふたりの発言で急速に現実へと引き戻された。
 殺し屋たちの会食・「逢魔の会」。それは〈双神〉の号令のもと、シマに属する裏稼業人が一堂に会する大イベントだ。
 少年がそうした末席に招待されるということは、力量はどうであれ、実質的に〈双神〉のファミリィとして業界に認知されるということである。
「ちょっと待ってくれ、二人とも。オレが鍛錬を始めてから、まだ四ヶ月だろ? そんな大事な会に、本当に招かれてるの? ウェッソンさんからは何も――」
 あたふたとうろたえれば、メアリーは鍵束を、クラスターは銃器を手にして、こちらへ詰め寄った。金属質な冷たい感触が、こめかみへと押しつけられる。
「従がわねぇ気なら、ド頭に花咲かすぞ。クソガキ」
「つべこべ言わず、師匠の言うことは聞くものよ?」
 このふたりに脅しをかけられて、首を横に振れる者がいたらそれは勇者だ。
 むろん、勇者などになりたくない私は、喜んで首を縦に振ったわけなのだが。


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