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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第67回 O.O.S.『敬意を表する』


   O.O.S.『敬意を表する』

「ホーネット。待たせたかな?」
 デリンジャーは寒空の下、噴水広場で己を待っていた義姉に声をかけた。
 背後から話しかけられたホーネットは、驚きつつもふんわりと微笑する。
「遅いぞー、ヴェイグ。凍死するかと思っちゃったよ」
「本当、ごめんよ。仕事仲間と盛り上がっちゃってね」
 この台詞は嘘ではなかった。
 デリンジャーは噴水広場に来る前に、昨日のブリッツの働きに応じるため、みんなのところに奔走して謝礼金を集めていたのだ。
 集金したものを封筒にみっちり詰め込んで同僚の家まで行けば、ブリッツは『どうせなら上がってけよ』と、寿司をふるまってくれたのだ。
 ブリッツ自身が捌いたものであるため寿司ネタの大きさにはバラつきがあり、なかには罰ゲームのように大量のワサビが挟み込まれたものもあったけれど、鮮度と処理がいいのか、どれを取っても非常に美味であった。
 その寿司を食しているうちにデリンジャーは、ホーネットとの例の約束を、うっかり、ブリッツにこぼしてしまったのである。
 すると、ブリッツは真面目くさって、
『大事な女を待たせているなら早く行け』
『しかも向こうから誘ってくれたようなもんだと? 行くしかねぇじゃねぇか』
『ヘタレたことを言うんじゃねぇ、急げよ』
『…………つーか、寿司から手ぇ離せってんだ!』
 などなど、たくさんの助言(?)をこちらに贈呈した。
 どういうわけなのか、ブリッツはずいぶん背中を後押ししてくれたなぁと、デリンジャーは頭の片隅で思い返す。
「ほらほらっ、早く早く! ごちそうなんだよ、今日は!」
 だが、そんなことは知り得ないホーネットは、テンションを上げて、義弟の腕に寄り添った。この行為により、デリンジャーの脳内からブリッツのことはいとも簡単に消え去る。文字どおり塵ひとつ残らず消し飛ばされた状態である。
「ホーネット! か、簡単にボディタッチとかすんなよ〜〜っ!」
 困っているのが楽しいのか、注意しても彼女は、道中やたらにスキンシップを図ってくる。天国のような地獄を体験しつつ、どうにか到着した南住居区にある家宅は、幼い頃ご厄介になっていた彼女の実家に、内装が似せられていた。不意に義父と義母がその姿を見せるのではないかと、思わず屋内で身構える。
「兵隊さんみたいに敬礼してないで、テーブルについてよ、ヴェイグ」
「う、うん。今、そうしようかと」
 ホーネットに薦められて、デリンジャーは息を吐き出しながら席に着く。
 並べられている料理は、シチューにミートパイ。そしてサラダの三品だ。
「おっ、こりゃスゴイ! ホーネットが作ったのかい?」
「あったりまえよ。全部あたしが――」
「いや、作ってないだろ」
 ホーネットが答えるより素早く、少年の声がデリンジャーの疑問に返答する。
 つい先ほど声をかけられたことで一階へ降りて来た、彼女と夫とのあいだに授けられた愛の奇跡。一人息子のフォッケである。
「母の料理は壊滅的だよ。運が良かったぜ、デリンジャーさん」
「ちょっ、こらぁ! なんで余計なこと言うの、フォッケ!!」
 フォッケの言うことに図星を突かれ、彼女は慌てて両手をバタつかせる。
「少しくらい、カッコつけさせてくれてもいいじゃないっ!」
「文句を言わずに食べるのは父以外にいないのに、どう体裁を整えるつもり?」
 フォッケは席に着くと、軽く来客に頭を下げた。
 夫のほうに性格が似ているのか、フォッケは静かな挙措で料理に手をつける。七歳と聞いているが、その割には大人びていそうだ。母親の性格と釣り合いをとるかのように、どこまでも落ち着きをはらっている。
 ……そういえば、父親はどこにいるのだろう?
 変に誤解されないように、挨拶しておこうと思っていたのに。
 デリンジャーは念のため室内を見渡したが、それらしい人物は見当たらない。
「父なら、演奏旅行(ライヴツアー)中だから戻らない。探すだけ無駄」
「あっ、そうなんだ。バンドやってるのかい?」
 意図を読み解いてくれたフォッケに、デリンジャーはさらに尋ねる。
 すると彼は、サラダを咀嚼して飲み込んだあと、両足の浮いてしまっている椅子から下りて、箪笥から一枚のパンフレットを取り出してくれた。
「これがソレ。名前くらい聞いたことあるだろ」
「こらっ、フォッケ。お客さんなんだよ、もっと丁寧にしなさい」
 デリンジャーへの対応に、ホーネットが母親らしく注意の声を浴びせる。
 しかし、フォッケは冷静な態度で、逆に彼女の食事作法を鋭く指摘した。
「……テーブルに肘ついてるよ」
「ッ!? お、お母さんは、お母さんはいいんだからっ!」
 本末転倒なにぎやかな食卓で、デリンジャーは渡されたパンフレットを黙読する。そして記されたバンド名に、心揺さぶれる衝撃を、人知れず覚えていた。
 バンドの名前は、RESPECTS。
 デリンジャーは青春時代に、このRESPECTSの熱狂的なファンだったのだ。
 彼らの音楽は荒々しくも繊細で、用いられる言葉は文学的な高潔さがあった。
 なにより、デリンジャーはRESPECTSの曲を、最近になって耳にしていた。
「へぇ……演奏旅行か。メジャーになってたんだな、知らないうちに……」
「? ヴェイグ?」
 こちらの声が震えているのに、ホーネットがいち早く気づいて声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
「うん、全然。全然平気さ」
 彼女に悟られないように涙を拭い、フォッケにパンフレットを返却した。
「聞いたことある名前だろ? デリンジャーさん」
「トーゼン! 昔に友達と――親友と、ドハマりしたもんさ。最高のバンドだ」
 賞賛の言葉を放つと、フォッケはこの場で初めて、
「だろ!? 俺も父のようなギタリストになるんだ。名前も決めてあるんだぜ」
 と、子供らしい無邪気な笑顔を見せた。
「ほえぇ〜〜。ちなみに、どういう名前なんだい?」
「ウルフだよ。フォッケ・ウルフ! それが芸名!」
 デリンジャーが尋ねれば、フォッケは胸を反らし、元気いっぱいに宣言する。
 センスの良さを誇示する表情といい、実に微笑ましい光景だ。
「ウルフ、か。カッコいいねぇ! その時が来れば、必ずCDを購入するよ」
狂公≠ヘ、恋い焦がれた女性の息子が放つ言葉に、いずれスポットライトに輝く銀狼の尻尾を幻視した。
 フォッケ・ウルフの演奏(ギグ)が聞けることを心待ちに、デリンジャーは業者から宅配された料理を口に放り込む。
 ブレイゾンシュタットに住まう若者たちの未来に、幸多かれと願いながら。
「ヴェイグ、お酒もあるんだよっ。今日は朝方まで付き合って」
「えっ、朝まで? そんなに飲んだら明日の仕事に響かない?」
「……いいでしょ。あたし、飲んで忘れたいことがあるんだよ」
 ホーネットは歯切れ悪く言ってから、キッチンに酒器を取りに行った。
 両者が気にかける若きのなかに、まったく同一の少年の姿があることなど、互いに知ることもなく。


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