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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第66回 Memory2-15


   Memory2-15

 親しい相手に嘘をついたのは、これが何度目だっただろう?
 私はエストックとククリに、『紋章地区に向かい、昔からある奇妙なギミックの作用で、どこかに飛ばされていた』と、姿を消していた理由を説明した。
 貴族モーニングスターなどの多数の消息不明者を出した、例の事件に自らを当てはめたというわけである。
 パイソンが協力してくれたこともあって、ふたりは私の言葉を信じてくれた。
 ふたりにとっては彼の存在が、奇怪なる事件と違和感なくつながったようだ。
「だがまぁ、何もないようで良かったぜ」
「本当に、本当に良かった……っ……!」
 心から信じてくれているエストックとククリを欺くことは、自分としても、とても胸の痛む行為であった。
 だけれども、親友とその妹に対して、こうする以外にどうしろと言うのか。
 事実を伝えてしまえば、回りまわって、兄妹に危険がおよぶ可能性がある。
 二百万ユーロも届け終えたことだ。今はともかく不安を解消させ、ふたりをこの街からなるべく早く遠ざけたほうがいい。
 クレメンツ少年は、日没までのわずかな時間――存分にふたりと語り合った。
 エストックも饒舌で、ククリは思い出話に偽りのない感情で応じてくれた。…………なんだか、鼻の奥につんときたのを覚えている。
 涙までは流さなかったけれど、クレメンツ少年は瞳にうっすら涙を浮かべて、手が届かないところに行ってしまう友人たちと、温かな時間を過ごしていた。
「クレメンツ。お前、将来のことってどれくらい予想できる?」
 もう残り時間もあとわずかとなったところで、エストックは真剣な表情で、こちらに問いかけてくる。
 彼からこうした質問をされるのは珍しかったので、しばし考え込んでいると、エストックは瞳を輝かせながらこう言った。
「俺は、もうカンペキに想定できてるぜ。俺が夢をつかめば、そこにはかなりの確率でお前がいる――そう、まず間違いなくだ」
「…………君の夢って?」
「その時までの楽しみに、せいぜい予想しておけよ? ひょっこり、どこかで顔を合わせたら、お前は絶対に驚くぜ。クレメンツ」
 エストックには未来の光景が、頭のなかで鮮明に映し出されている様子だ。
 クレメンツ少年は、親友と同じビジョンを共有することはできなかったが、彼の言う未来に、少しだけ望みを賭けてみようと思った。
 エストックとともに語らう未来に向けて、自分も精いっぱい努力をしようと、胸中で誓いを立てた。
「ニレオ。そろそろ……」
「うん。わかってる。もう行かなきゃね」
 パイソンが右肩に触れながら告げる言葉に、ありし日の私は、短く応答した。
 もう、Bar・キラークィーンに戻らなくてはだめだ。
 でなければ現実問題として、居場所を失いかねない。
 ウェッソンさんが真に神隠しにあったと誤解して、私のことを捜しだしたら大変だ。彼の呼びかけだけで、いったい、どれだけの大人たちが働かせられることになるのか。
「エストック。ククリ。……君たちとの時間は、楽しかったよ。ありがとう」
 言葉を言い終えて、彼らへと一礼する。
 この兄妹は本当に、良き友人であった。
 ……いや、『であった』などという言い方は良くない。
 ふたりとは、これからだって親しくあれる。私がとるべき行動を間違えさえしなければ、必ずや未来で肩を並べあえる。
 ――――そうとも、絆は永遠だ。
 パイソンと部屋を出ると、階段を下りて玄関へ向かった。
 シュベーアト邸も明日には役目を果たし終え、しばらくのあいだは、何人が住まうこともないのだろう。そう思うと……この邸宅にも感謝を述べたくなる。
 エストックとククリはここで成長した。シュベーアト邸は、私の類なき友を見守り続けてきた、脆弱なる城塞だ。
「クレメンツさんッ!」
 そんなことを考えていたクレメンツ少年を、高みからククリが呼び止めた。
 彼女は急ぎ足で階段を下りてくると、手にしている書物を差し出して、
「『ブレイゾンシュタット解読本』。これ、差し上げます」
 と、息を切らしながら微笑んだ。
 彼女は、図書館でこの本に興味を示したことを、記憶してくれていたのだ。
 包装された書物を受け取り、クレメンツ少年は玄関のドアノブに手をかける。
 その手が震えていたのは、寒さにかじかんでいたからなのか。それとも……。
「コレ、ありがとう。大切に読むよ」
「粗末にしたら、怒りますからねっ」
 涙目のククリに頷き、外に出る。
 身体は冷えるけれど、心は温かい。ちょっと不思議な感じだったな。


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