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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第64回 64


   O.O.S.『動き出す者たち』

 傷んだ衣服の裾を地べたに引きずるようにして、秋蜘蛛は、迦仙の一階にあるオルガンホールに立ち寄ろうとしていた。
 おびただしい人数の仙術師見習いたちですし詰め状態にされている迦仙には、娯楽と呼べるものは音楽のほかにはない。それも、いまどきの若者が好むような激しいそれではなくて、厳かで力強いクラシック演奏か、しっとりとしたムード演奏の二択である。
「城内シアターでも置いとけよな。喜劇王チャップリンが見たいぜ」
 秋蜘蛛はつぶやくと、髪と額の札を揺らし、オルガンホール内を進んで行く。内部に設けられた椅子は、ずらりと一定の間隔で、規則正しく並べられている。
「秋蜘蛛? あっ、やっぱり秋蜘蛛だった」
「なんだ、おまえも暇してるのかよ。蒼劉」
 ひとりで椅子に座っていた蒼劉が、靴音を聞き、背もたれを抱きしめるように身体を向けた。
 こちらは短く言葉を返してから、彼女の手招きに応じて、左隣に腰をかける。
「秋蜘蛛がこんな所に来るなんてね。グレイたちとの練習に付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「休憩なんだとよ。あいつは例の武具を扱うのに手こずって、バテちまってる」
「そっか。さすがに、有史以前の遺物。飼い慣らすには、もっと時間がいるね」
「有史以前って……まさか、信じてんのか? あの与太話」
彼の者の遺産
 この世界を、はるかなる原始の時代に統べていたとされる存在が残した秘宝。数多なる世界に散り散りとなったそれらは、ふさわしい使い手に出合うことで、その者に合った形状を成し、この世にふたたび具現する。
 ふさわしさの定義は判然としないものの、歴史に名前を残す偉人たちが扱った道具や、各国に伝わる不可思議な品々のなかに彼の者の遺産≠ェ含まれているという事実は、こちら側≠フ住人たちにとって常識である。
「キミは信じないの? 実際に目にしたじゃない、グレイの破魔護符を」
「あれは緋劉とフレアが、どこぞの遺跡内で見つけた武具だろ。古来技術の産物というのは信じられるが、彼の者の遺産≠ゥどうかは、判断しようがねぇ」
 ほかにそれらしい物を見たことがないからな、と肩をすくめる。
 秋蜘蛛の考えからすれば、そんな道具があるなら、より多くの人間が利用しているはずなのだ。
 決して広くない領土を奪い合い、合戦を飽きもせずに繰り返し、戦乱の日々を現在にいたるまでくい止めることままならない。肥え太らせた欲望に負け続け、己自身に打ち勝てず、気にかけるのは自己満足ばかり。
 そうした者たちが彼の者の遺産≠ノすがらないとは、到底思えなかった。
「あまり目にしないのは、誰かが集めているからじゃない? どこか一ヶ所に」
「誰かって誰だよ。世界じゅうから回収するのは、並外れた苦労じゃないぞ?」
「それはわからないけどさ……そうだったら、謎は解けるじゃんか」
 すぐさま否定されたことに、蒼劉は唇を尖らせ、頬をふくらませる。
「ガキみたいな顔すんな。おまえ、自分を何世紀前の人間だと思ってんだ?」
「あたしは永遠の十七歳だからいいんだもんね」
「…………おい、おい……」
 彼女の言葉に、あまり勢いのない合いの手を、二度入れた。
 これは彼女とのあいだのみで通じるお約束だ。ツッコミを受けた彼女は未だに頬をふくらませたままだが、心なしか数分前より機嫌が良さそうに見える。


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