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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第63回 Memory2-14 そのA


 クレメンツ少年は、パイソンと一定の距離を保ち、エストックの家に向かう。
 道中、パイソンと会話らしい会話を交わした覚えがない。焦っていたのだ。
 エストックとククリは、明日、ブレイゾンシュタットを去ってしまう。
 ならば早く会うことで、せめて数多くの言葉で語らおう。
 親友との別れに際して、出来うるだけの情愛を示そう。
「二人は部屋におる。引っ越しの支度をしているらしいぞ」
「部屋か。家の鍵はどうなってる?」
「まかされよ。閉じられているが心配無用ぞ」
 パイソンはシュベーアト邸の玄関に歩み寄り、鍵穴に人差し指を突っ込んだ。そしてグニャリと彼の指が液状になったかと思うと、穴の形に合わせて変化し、いともたやすく開錠してしまった。
「さっ、立ち入るとしよう」
 いやいやいやいやいやッ!! 何が『立ち入るとしよう』だよ!
 …………すまない。私のキャラではなかった。
 誰かが手記を目にすることを考えたら、ユーモアも必要かと思ったんだ。
 話を元に戻そう。ふざけていたら記憶が飛びかねない。
「〈保護存在〉はなんでもありかい?」
「ありだな。このくらいは誰でも備わっている基本能力だ」
「アンタたちがその気なら、物盗りで大成功できそうだね」
「あっはっはっ、その必要はあるまいよ」
 彼はカードを取り出し、絵柄を見せる。描かれているのは紙幣の束である。今、親友に手渡しに来ているものと同仕様の、パイソンの上司からの配給品だ。
「……なぁ、これって広義の意味で、ニセ札にはならないの?」
「んー、なるな。うむ、なる」
「なるのかよ。どこが『キレイな金』なんだ」
「小生が創ったわけではない。それに普通の人間の化学では、あの御方≠フ発明を見抜けはせぬ」
あの御方=H いったい誰のことだ?
 クレメンツ少年は疑問に思ったが、相手が家のなかを先に進んで行くので、エストックたちの兄妹部屋に自分も歩き出した。
 階段を駆け上がり、部屋の扉を大きく開け放つ。
 クレメンツとパイソンはすでに実体を現していたので、シュベーアト兄妹はこちらの姿に、見るからに驚愕した反応を示した。
「クレメンツ! お前っ!?」
「クレメンツさん、ほ、本物!?」
 エストックは手にしていた飲み物を落として、液体で床一面をびしょ濡れに。
 荷物をまとめていたククリは、近づこうとして、足元の鞄で転んでしまう。
「……おはよう。二人とも」
 クレメンツ少年は彼女に手を貸したあと、親友の前に立った。
 そうしてからパイソンを振り返ると、彼はカードからタオルを取り出して、こちらに投げ寄こしてくれた。
 流れにまかせ、私がそのまま床を拭いているあいだ、エストックとククリは言葉に困ったのか、この作業を無言で見つめている。
 さあ、これまでのことをどう説明しようかな。
 兄妹の視線を感じつつ、私は両者が納得しうるだけの嘘を考える。
 真実は話せない。彼らに無駄な心配をかけないようにしなくては。


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