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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第62回 62


   Memory2-14

 自宅に戻った当時の私は、鞄のなかに衣服や下着、歯ブラシなどの生活用品を詰め込んだ。母が聞き込みを終えて戻るまでに、私物は全部持ち去らなくては。
「あった、これだ」
 部屋のクローゼットを開き、抜き身の二百万ユーロの束を確認する。
 エストックとククリの所持品であるこの紙幣も、返却できるように、大急ぎで鞄に押し込める。
 それから最後に、使い古した机を見た。
 机上には七歳の頃に家族で行った魚釣りの、色褪せだした写真が飾ってある。父と母のあいだで、小さい私が誇らしげに魚を持ち上げているものだ。
 クレメンツ少年はその写真を手に取り、持ち去るかどうかを思案する。
 個人で所持している家族の写真は、この一枚だけでほかにはない。この一枚を捨て置けば、両親の姿を目にする機会は限りなくゼロに近づくだろう。
「ニレオ。貴殿の母君が道を引き返してくるぞ。手早く済ませたほうが良い」
「うん……今、行くよ……」
 パイソンに返事をすると、クレメンツ少年は写真立てから中身を抜き取って、上着のポケットにしまう。その代わりに、独りとなってしまう母へとしたためた手紙を机の上に静かに置いた。内容を要約すると――自分が無事であることと、捜索をやめること、この地を離れることの三点を書き記したものだ。
 お気楽者には刺激が強い内容かもしれないけれども、健勝でいてもらうには、こうした想いを伝えないわけにはいかない。
 その後、私は窓から地面に降りたち、太陽の輝きに両方の眼をしばたたいて、自分を育ててくれたやさしき我が家を振り返る。
「…………」
 クレメンツ少年は頭を垂れ、感謝の気持ちを表明した。
 家族と過ごしたこの邸宅に、比類なき敬意を――――。


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