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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第61回 61


   O.O.S.『コインの表と裏』

 中華飯店・木蘭艶紅の営業時間は、午前十時からである。
 満依をはじめとする従業員たちは開店準備に追われて、金曜日という比較的に来客の多くなる今日(こんにち)に気を引き締めていた。
 そして、気を引き締めているという心持でいえば、店構えを両の眼に捉える〈破拳〉も、また然り。
「………………」
 木蘭艶紅を見つめ、道すがら考えた説得の言葉を、頭のなかで逡巡させる。
 それは、ひとつの関係を終わらせんとする連続された符号。
 永かったとは言えない、過ぎし月日を打破せんとする声音。
 愛する女性に自分の意志を伝えるだけだというのに、その程度の要件になぜ、この身は総毛立っているのだろうか。
「ふっ……、なんて臆病者だ」
 蒼は己を嘲ると、衣の背に用意されたホルダーから、小ぶりの剣を抜き取る。愛剣影満だ。デリンジャーの相棒に選出されたときに、満依から送られた品物。
 その光り輝く表装をなぞり、蒼は店に踏み込まんと、扉を片手で押し開けた。
 こちらの存在を認識した従業員たちが、宮廷こしらえの歴史ある間取りより、視線を集中させてくる。
 そうした相手方の面には緊張の色が濃厚に浮かんでいるものの、蒼は物静かに首肯するにとどめ、三池満依の姿のみを双眸で捜した。
「ミツ。直接会うのは、久方ぶりだな」
「そっ……蒼、さま…………」
 数秒とかからずに見つけだせた満依は、驚きに言葉を詰まらせている。
 黄水晶を思わせる瞳を揺らして、軽度の混乱状態にあるようだ。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
「い、いいえ、そんな……私…………私……」
 声をかけた時点で、従業員たちの視線は満依へも、無遠慮に差し向けられる。
 好奇からの眼を苦手としている満依は、着用している衣服の裾を両手で握る。
「私は平気……です」
 蒼は、己自身が追い込んだ満依の現状を、本心から申し訳なく思った。
 急ぎ女将に目で合図をし、従業員を引き下がらせてもらうことにする。
「ミツ。おまえの許しが出るなら、二人きりで話がしたい。かまわないか?」
「……! は、はいっ」
 ――従業員が退出した木蘭艶紅は、心地よき静寂に包まれた。
 蒼と満依は同じ円卓に着き、相手の顔を眼に映す。
 しばらくのあいだは、両者は互いに無言であった。
 この沈黙は、何から話すべきかという思考の時だ。
「髪が伸びたな。似合っている」
「長いほうが、お好きでした?」
 手始めに蒼が口にした言葉に、満依は毛先をもてあそんで問いかける。
「昨日はお休みだったので、切ることもできたんですけど……」
「おろしていると、大人びて見える。弁才天も裸足で逃げ出しそうだ」
 満依に答え、蒼は依然として彼女を見つめ続ける。
 まだひかえめなところはあるけれど、ずいぶん前向きになったと感じられた。肌身に着ける艶やかな絹物に負けないくらい、満依が放つ空気は煌めいている。
「ここでの日々は、どうなんだ? 珍妙な客が来たりはしていないか?」
「女将さんがいてくれているので、大丈夫です。ほかの方々も良くしてくれて、私は助けられてばかりだけど…………ここは楽しくて好きです」
「――――良かった。安心した」
 ホッと息をはき出して、蒼は長椅子に背中を傾ける。
 昨日の無線通話で、何事か悩みがあるのではと邪推していたが、現在の生活を大切に思えているらしい。これならば、きっと彼女は今後も大丈夫だろう。
 満依には支えがある。自らの力で、日の差し込む場所へと歩んでゆける。
「……ミツ。少しのあいだ、俺の話を聞いてくれ。大事な話なんだ」


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