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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第60回 60


   Memory2-13

 気がつけば、見覚えのない天井が目に映った。
 しかし、建築様式や壁と床の色合いで、バイト先であるBar・キラークィーンだと感覚的に判断する。どうやら、上がったことのない二階であるらしい。
 寝台から身を起き上がらせると、ダイニングキッチンと収納棚が見てとれた。どうやら、生活に必要な最低限の物しか置かれていない、といった感じである。
 いくらか埃も溜まっているようだし、清潔とは言いがたい。
「却って落ち着くか。整頓されすぎていてもね」
 クレメンツ少年は顔を洗い、埃を払い落したタオルで顔を拭いた。
 ガラスで透けているテーブルに腰を下ろして、昨晩の出来事を思い返す。
 結局、父の仇が何者かはわからず終いのままだ。
 被害者のウクルを救出することもできなかった。
「パイソン。いるの?」
 つぶやくと、収納棚の近くの空間が歪み、パイソンが何も言わずに現れる。
 彼は一枚のカードを胸元から抜き取り、絵柄をこちらに見えるよう裏返した。描かれているのは、トーストとオレンジジュースだ。
「朝食をいかがかな。メニューが気にくわぬなら、ほかにも持っているが?」
「いいや。食べたいのなら、一人で食べていいよ」
「然様か。では、食べきれなかったときには、貴殿にお裾分けを」
 パイソンがカードをテーブルに押しつけて、三秒後に右手を静かにどかせば、盛り上がるようにして湯気を立てた朝食が出現する。
「それが、瞬間的に地図や大金を取り出せた理由かい? 面白いカードだ」
 と、まるで天気を尋ねるみたく、こちらは話題を移らせた。
 質問された事柄に、パイソンは焦ることなく、トーストを飲み込んで応える。
「小生たちの扱う、虎の子とでも言うべき情報再現機器。特別、名称などは用意されておらぬでな。皆、そのままカードと呼んでいる」
「アンタはそのカードを自分の力で隠し、虚空から呼び出したかのように相手に思わせる。そうすることで、相手の不安を煽って自分のペースに引き入れる材料にしている……駆け引きにはもってこいだ」
 私の分析の言葉に、彼は困り顔で頬をかく。
「そのように言われては、さながら悪徳手法だな。小生は切れる手札を温存しておきたいだけなのだが……。もしも保護存在がぶつかり合った場合、手のうちが知れている分、奥の手が重要になるであろう?」
 保護存在。この単語を耳にするのは、これが二度目だ。
 バイト中に食事に来ていた男も、同様の単語を得意げに口にしていた。
「パイソン。その保護存在ってなんなんだ?」
「読んで字がごとしよ。人界と人類を護る者なり」
 彼は二枚目のトーストに手をつけ、指先でくるくると回転させる。
「保護存在は全員で十ニ名。そのうち各地域で行動を起こすのが、小生を含んだ十一名だ。小生たちは法復者(ほうふくしゃ)より任務を受け、人々を護る」
「護るって、具体的には?」
「護り方は各々で異なるさ。だが極端に分別するのなら、小生たちは直に脅威を処理する実戦部隊と、その際に生じるリスクを担当する支援部隊との二通りしかおらぬ。――脅威については、説明せずとも想像がつくであろう?」
 語られた言葉に、ありし日の私は深く頷いた。
あちら側≠ノ属するすべての者は、ふとした瞬間に脅威と成りうるのだ。
 私が籍を置くと決めた領域は、多大なる責任を求められる混沌たる魔境。
「そこまで話聞かせてもらえれば充分かな。オレはこれから、ウェッソンさんにうかがいを立てて外に出ようと思う。家にはまだ私物が置いてあるからね」
 アンタはどうする? と尋ねるまえに、パイソンは全身を虚空に融け込ませ、一階に向かうためのドアを開いてくれた。
「お供するとも、ニレオ。ぶつくさとのたまったが、小生には任務なんぞより、重要なことがある」
「そんなんでいいのかい、ミドガル・ド・シュランゲ」
「かまうことはない。実際のところ、保護存在のうち任務に注力しているのは、四名しかおらぬのだ」
 姿はもう見えないが、なんだか私は、パイソンがウィンクをした気がした。
 ――――酒場である一階に立ち入れば、そこに店主の姿はなかった。
 不審に思い、耳を澄ませると、従業員用のロッカールームから話し声がする。
「どれだけ言い聞かせればわかる? もしも奴さんの行方をおれが知ってれば、隠し立てせずに教えてるってんだ」
「クレメンツが訪ねそうな場所は、この店が最後なんだよ! ウェッソンさん、あいつから何か聞いてないのかよ!」
 話し込んでいるのは、ウェッソンさんとエストックらしい。
 聞こえてくる会話内容から、起こっていることも大まかながらに理解できた。エストックは、友人が姿を消したことを聞きつけ、捜索活動を行っていたのだ。
 ということは、私の母が早朝に異変に気づき、役所に連絡した可能性が高い。――もっとも〈双神〉の影響力ならば、言付けのひとつでもあれば、それだけで多方面の動きを鈍らせられる。役人たちが私を見つけだすのはまずありえない。
「パイソン。オレがこの場にいるのはマズそうだ」
「ふむ。そのようだな。それでは、いかんとす?」
「巻き込んでくれ=v
「……是認した」
 こちらへ承諾の意を放って、パイソンは私の身体のまわりに空気の層を張る。光の屈折と気層の密度により、クレメンツ少年は空間に融け込んだ。
 なんとも奇妙な感覚である。気層の内側の視界では、通常どおりに自分自身の肉体を見ることができる。多少の歪みこそあるが、周辺の景色もクリアだった。
「忠告しておくぞ、ニレオ。こうなると、距離感をつかむまで少々かかる」
「距離感?」
「小生は貴殿の言葉のとおりにした。いま貴殿が感覚的に知り得ているように、小生らはひとつの気層のなかに二人でいる≠フだ」
「……アンタから離れすぎるなってこと?」
「うむ。それと、物に触れるときも気をつけなくてはならぬ」
 パイソンは右の人差し指を立て、カウンターに置かれた酒器に体勢を向ける。彼と酒器との距離は大きく隔てられているように見えた。
「屈折による遠近感の誤認。人間のマジックでもよく使われるものよ」
 彼が軽く右手を伸ばすと、離れて感じられた酒器が瞬間移動をしたみたいに、指先に捉えられた。
「うわ――オレがとある教師だったら、アンタを褒めちぎってると思うよ?」
「褒める褒めないは別として、言いたい事柄はご理解いただけたと思うが?」
 パイソンに頷き返し、クレメンツ少年は自分の目蓋に片手をやった。
 気層に内包されている限りは、眼に映るものは信用ならないようだ。
 とすれば、行動を起こすには集約者に続いたほうが利口というもの。
 自分はパイソンの背後にまわり、ロッカールームで続けられている会話へと、聴覚を割いた。
「いいから、お前は学校に行け。学生がフラフラしてんじゃねぇぞ」
「友達がいなくなってるんだぞ!? そんな場合かッ!」
「学生は学生らしくだ。ボウズ、お前は学校に――」
「学校なんか、俺はもう辞めさせられてるんだよ!」
 ……!? 辞めさせられた!?
 親友からの発言にロッカールームの戸に近づきそうになりかけた自分自身を、ギリギリで理性がくい止める。
 わずかに早まる鼓動を胸に覚えながら、私はエストックの次の言葉を待った。
「俺は、明日にはブレイゾンシュタットから離れるんだ。だから、どうしたってクレメンツに会いたいんだよ」
 エストックの声音は重みが増していた。
 ウェッソンさんは間を置くと、彼の言葉の真意を読み取り、
「お前の親御さん。危険を感じてるんだな」
 と、静かに問いかける。
 応じないエストックだが、その態度が包み隠さず事実を語ってしまっていた。
「クレメンツの親父が急死し、本人は神隠し。ご両親としては、子供がそうした危険な家系とかかわっているのは不安要素でしかない。そこで思いついたのが、一家全員でよそに移ることってか。世知辛いこったぜ」
「そこまで読み解いても、教えてくれるつもりはないのかよ。俺はクレメンツを見捨てるような真似して、この街を離れたくないんだ!」
 エストックの友情に満ちた言葉に、私は胸が張り裂けるような想いでいた。
 いますぐにでも戸を破り、彼の眼前に立ちたかった。
 だけれど、それはしてはならない行為。エゴ。欺瞞。
 よく思い出せ、愛情論は善ではない。最善を考えろ。
「ボウズ……いいか、ボウズ。おれはセコい安居酒屋の店主だぜ。この街の顔役でもなんでもねぇ。そんな奴に、過度な期待をするもんじゃないぜ」
「そうかよ……ガッカリしたぜ、ウェッソンさん。俺はあんたのことを嫌いじゃなかったけど、最後の最後で大嫌いになったよ」
 わなわなと唇を震わせるエストックの姿が脳裏に浮かぶ。
 裏口のドアが開く音がして、ロッカールームは静かになった。
 彼はこれから自宅へと戻り、引っ越しの準備をするのだろう。
 おそらくは、ブレイゾンシュタットには二度と戻らない。
 そう、それが最善だ。親友に生きていてほしいのならば。
 だが…………だが私には――
「そうだ。オレには約束がある」
「ぬ?」
 つぶやいた言葉に、かたわらにあるパイソンが眉をしかめる。
 パイソンは我々の約束を聞いていなかったのだから、こうなるのは当然だ。
「うかがいを立てるのは取りやめだ。書き置きを残そう。時間がなくなる」
 私はパイソンに向け、右腕を伸ばした。紙とペンを受け取るためだ。
 そして、奪い取ったカードを発動させて、ペン先を用紙に走らせた。
 集約者はクレメンツ少年の記す文を覗き見、段々と顔をニヤつかせていく。
「あぁ……貴殿は本当によく似ているな」
「父さんのこと?」
「いいや、ニコムスではない。小生の記憶、そのはるか彼方にいる相手に、だ」
 いずれ貴殿にも語り継ごう、とパイソンは書き終えた文をカウンターに置き、感慨深げに頬を緩める。
「人間は不思議なものよな。受け継がれた血には絆がある」
「生まれはついてまわるってヤツか」
「然様。そして絆は、永久に不滅だ」
 パイソンはこちらの肩に腕をまわした。
 私も相手の肩に腕をまわし、同意する。
「では――参ろう!」
 集約者の声音を合図とし、足元へ枝分かれした輝きが集い始める。
 輝きの一本一本がすべて、余さずブレイゾンシュタットの情報だ。
 パイソンの能力で私の脳に送り込まれるのは、街全体の大型見取り図である。
「最短・最速ルートで行くぞ。小生の情報、信じるか? ニレオ」
「当たり前だろ、パイソン。アンタの情報に間違いがあるもんか」


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