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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第59回 59


 通り過ぎてゆく夜風を受けながら、クラスターはキャッツの機上で嘆息する。
 冷気に白く視界に映ったそれらを見つめつつ、戻ってくるのが遅いメアリーに苛立っている己自身に苛立ち、地に足をつけるなり、愛猫に指令を下した。
「いいか、トム。オマエはこの場に残ってこのポンコツを見ていろ。怪しい奴が近づいて来ようものなら、自慢の爪で引っ掻いてやれ」
 クラスターの指令を聞いたトムは、威勢のいい返事をして四肢の爪を伸ばす。日頃から磨がれた爪は切れ味バツグン。何が現れても怖いものなしだ。
「そうだ。ためらわずにやれよ」
 クラスターはトムの頭を撫で、礼拝堂に歩み寄った。
〈鋭華〉の行う儀式なんかはどうだっていいが、そんなもののせいでメアリーに倒れられたら、相棒である自身が困る。
 クラスターはそうした理屈を何度も頭に言い聞かせ、礼拝堂の門を蹴り破る。
 内部の中央には、罰せられたがりの変な女が主≠ノ跪き、釈明の言葉を延々とつぶやいていた。かまわず彼女の背後に近づくと、いつかのように力任せに、御座から立ち上がらせた。
 彼女は苦痛に表情を歪ませて、凍える身を震わせながら、呻き声を絞り出す。
「この聖なるバカ女が。いつまでこんな真似を続けるつもりだ?」
「わたしの気が済むまで……よ。ふふふ……」
「………………」
「そんな顔しないで、クラスター。わたしはこの程度で『死んだりしない』わ」
 メアリーはこちらの頬をなぞり、微笑みかける。
 この手をはねのけ、彼女の身体を両腕で抱える。
「表情なんぞ、見えてねぇんだろ」
「見えなくたってわかるわ」
 妙に自信に満ちた声音で言うので、黙らせようとサンバイザーを彼女の鼻先に押しつけた。そうして庭へと歩み出ると、キャッツを見張っていたトムを右肩に飛び乗らせ、用意しておいた上着を彼女に貸してやり、仏頂面で機体に跨る。
 上着に袖を通したメアリーは、こうした態度に口元を緩めつつも、エンジンを起動させた。
 それから、走り出す前に、
「見えなくったって、わたしにはわかるわ」
 と、念を押すように繰り返した。


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