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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第56回 56


「ぷっっはぁっ! うっかり死にかけたぜ!!」
 崩壊したクイックサンドホテル。その瓦礫の山から這い上がったブリッツは、新鮮な空気をたっぷりと吸い込んで、振り払ったオニキリにてあたりの障害物を吹き飛ばした。天へ伸び出ていた樹木も、この一撃でばっさりと斬り倒される。
 時間にして換算すれば、敵アジトが崩れたのは〈鋭華〉の愛機が駆けめぐり、クレメンツたちと脱出した十五分後といったところだ。
 渾身の斬撃で地下入口まで降りていったブリッツは、衛兵の逃走を防ぐために奮闘するミラージュに会っていた。
 ミラージュは衛兵をなぎ倒し、仮面から覗かせる口元に笑みをかざっていた。
 それ自体はなんら不可思議なことではなく、荒事に喜びを見出す戦闘者特有の快楽によるものである。ブリッツ自身も、そうした気持ちをまるで理解できないわけではない。
 それよりも気にかかったのは、ミラージュが衛兵と戦う間合いである。
 近距離武器で戦っているわりには、衛兵との間合いが開きすぎていた。
 得物としている矛が大ぶりであるとはいえ、入り口から敵を逃してはならない条件付きの戦場で、上から幾人の衛兵が流れてくるともわからないというにの、あのような状況が発現するとは思えない。
 そもそも、あんな状況では、衛兵のほうが有利に推し進めるため進撃せざるをえないはずなのだ。敵対している使い手は暗黒街の花形、〈征覆者〉ミラージュ。業界に根深く名を刻みこんだ武辺者だ。それを理解したうえで、手を休めるなどという戦法は、たとえどんなに知恵のめぐりが悪くとも用いるはずがない。
 そうだ。どちらかというと、妙なのは衛兵どもだった。
 衛兵は間合いを広げた場所から、跳びかかるようにミラージュを襲っていた。銃器を手にしている者でさえも、跳躍した上方からミラージュに攻撃を仕掛け、首を刎ねられていた。
 ……まるで、相手がそうしやすいようにお膳立てをするかのごとく。
 我ながら薄ら寒いことを考えているな、とブリッツは身震いをする。
「気持ちの悪いことを考えちまった。ベレッタのとこに早く行ってやらねぇと」
 脳裏に焼きついた光景を捨て去ろうとするが、どうにも違和感に満ちた疑念が頭のなかを取り囲んでくる。
 加勢のため敵勢を二分にして戦ったのだが、斬り捨てた人数が三十四を超えたところで、地下入り口の床面にぴしりと亀裂が入った。
 亀裂から伸び出てきたのは、樫と思わしき巨大な樹木である。樹木は地べたを赤く染めている血液を吸いとり、信じがたい速度で即時成長。屋上に向かって、見る見るうちに高さを増していった。
 破壊されていく柱や壁、天井の破片をかわし、ブリッツはミラージュに叫ぶ。
『おいミラージュ、ここはヤベェよ! ズラかるぞッ!』
『君は先に行くがいい。私は今しばらく成長を見ている』
『何を言ってんだよ、死ぬぞー!?』
『観察せねばならないのだ。特別な餌を与えたらどうなるか、知っておきたい』
 相棒の口にしている内容は、さっぱりブリッツには意味がわからなかった。
 それに発していた言葉が、こちらが聞いたとおりのものだという確信もない。
 破損した瓦礫が山と降り注いでいたのである。相手のことを気にしていれば、自分自身が死んでいただろう。
「……あの野郎、無事に逃げたんだろうな?」


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