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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第55回 55


 Bar・キラークィーンに着く頃には、少年は疲れて眠りのなかにあった。
 メアリーとクラスターに送られたデリンジャーは、感謝と別れの言葉を述べ、クレメンツを担いで店内に入り込む。
「よっ! ケジメつけさせてきたぜ」
「おう。酒冷やして待ってたぞ」
 ウェッソンは笑顔で言い、酒瓶をカウンターに取り出した。
 デリンジャーはクレメンツをテーブルに寝かせ、差し出された酒器の中身を、ぐびぐびと喉に流し込んでひと息つく。
「あ〜〜、沁みるねぇ」
「昨日も言っただろ? 値段ほどの物じゃあねぇよ」
「それでも、疲れた身体には良薬なのさ。コイツは」
 上着を脱ぎ、持ち帰った双剣リトル・ウィングをカウンターに置く。
 ウェッソンはそれを目にして、持ち上げていた酒器の傾きを抑える。
「なんだ、持ってきたのかよ」
「感傷に浸ってのことじゃないぜ? とある思いつきが頭に浮かんでね」
 明るくしゃべりながら、デリンジャーは唐突にカウンターを殴りつけた。
 白羽の剣と黒羽の剣は宙を舞い、回転しながら両者に向かって降下する。
「――……ッ!」
 デリンジャーとウェッソンとは、それぞれの剣がカウンターに突き刺さる前に掴み取り、お互いの鼻先に突き出した。
 凍りついた空気のなかで、両者は瞬きもせずに相手を眼に捉える。
 壁に取りつけられている時計の秒針のみが、せわしなく音を立てていた。
「おれを恨むか、デリンジャー?」
 ウェッソンの言葉に、デリンジャーはしばらく口を閉ざした。
 だが、やがて首を左右に振って、白羽の剣の峰で右肩を叩く。
「いいや。カタギに手を出したのはストライフ自衛団だ。アンタらを恨んだりはしちゃいないさ」
 左目の義眼を照明で輝かせ、無作法に両足をカウンターに乗せる。
 普段だったならば、ウェッソンはこうした振る舞いを許さなかったが、今夜は特別だった。
「では……何でコイツを?」
「作り直してほしいんだ。スミスとアンタの二人で」
 デリンジャーは立ち上がり、眠り込んでいるクレメンツから帽子を脱がせた。
 人差し指で帽子を振りまわしながら、続けて口をはたらかせる。
「ニレオには、暗黒街を生き残るだけの得物が必要になる。ホテルの兵装倉庫の様子からして、どうしてなのか武器の扱いは手馴れているらしいが、集団戦ともなれば得物を選んでいる時間もない。状況にかかわらず対処できるだけの装備はあるに越したことはねぇ」
 ウェッソンはリトル・ウィングを持ち上げて、その状態を事細かく審査する。
 担い手が独立してからというもの、整備も調整も一切されてこなかった武具。これを元どおりに戻すだけでも、かなりの歳月を要するだろう。
「時間がいるぞ、こりゃあ。クレメンツがコイツを扱うまで、どうやってシノギをさせるつもりだ」
「しばらくは、メアリーとクラスターに任せることにした。蒼とブリッツには、武術と精神論を叩き込んでもらう」
「ってこたぁ、リトル・ウィングが直ってからが……」
「そう、私のシゴき。真のお楽しみタイムってわけさ」
 デリンジャーは表情こそ和ませたが、眼は煌々とした輝きで満ち足りていた。
〈狂公〉もまた、揺るぎなき覚悟を決めていたのだ。
 ――ニレオ・クレメンツを新神≠ノする――。
 ブレイゾンシュタットを裏から取り締まるには、もはや一刻の猶予も惜しい。ファミリィ同士の潰し合いなどは二度と起きないように、法の秩序と力の象徴を形作らなければならない。
「私はニレオに賭ける。私個人でね。〈双神〉がこの子を気に入らないなら、別の相手を見繕ってくれればいい。候補者は、何人もいてくれたほうが心強い」
 自信あり気な言葉に、ウェッソンは口元を緩めた。
 クレメンツは、デリンジャーを惚れさせるだけの男気を見せたようだ、と。
「わかった。そいつが第一候補だ。お前の弟子がどうなるか、見させてもらう」
 ウェッソンはそう口にするなり、クレメンツを背中に負ぶさり、店の二階へと歩き出す。デリンジャーは相手を見おくり、二杯目の美酒を飲み込んだ。
「あばよ、イカルス・ストライフ。……いや、イカルス・フライハイト……」


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