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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第52回 52


「が……、くぁあ…………ッ」
 拳撃を打ち込まれた身体を押さえて、ディアナは蒼からあとずさった。
 口元から血を吐き出して、行きついた壁に背中をあずける。
「嘘だ」と思った。男なんかに負けるはずがないと。
 相手はこちらと同じか、もしくはそれ以上に細身の男に見える。
 こんなにひょろっこい男に、我が身は負けるというのか? 男なんかに!!
 女だからと馬鹿にされ続けてきた、これまでの生活。軽く扱われてきた自身。
 今回の件は、それを払拭する絶好の機会だった。組織を自分色に染めるため、邪魔となる者たちを総崩れにする千載一遇の好機だった。
「諦めろ。おまえは負けたんだ」
「黙れ、野猿! わたしはまだ……くッ……うぅ」
 声を張るだけで全身が痛い。
 気を失えれば楽だろうが、肉体を巡る鋭い痛みが、それすら許さなかった。
 さだまらない視界のなかに、立ち去ろうとする蒼の後ろ姿が見える。
 見逃すつもりでいるのだろうか。
 敵対組織の副団長を、殺さずに行くつもりなのだろうか。
「ふざっ、けんな……!」
 ディアナは残された力を左手に集中させ、鋼鞭ヴァイパーに指を伸ばす。
 嘗められてたまるか。侮られてたまるものか。
 あんたたちくらいは、我が身を戦士と認めてくれたっていいだろう。
「生きろ」
 最後の一撃を揮おうとした瞬間、蒼は振り返らずにそう言った。
「え…………?」
 生きろ、だと? 殺す価値がないのでは、なく……?
「おまえのような者を殺すのは惜しい。生き延びて、ふたたび俺と拳を交えろ。強くなり、仲間の仇を、殺りに来い」
 彼はそう言い終えると、ホテルの外に向かって歩き出した。
 仲間の救援に赴くつもりはないのだ。その必要はないと彼は考えているのだ。
「……大物、ぶりやがって…………」
 そうした仲間に対する信頼感が、己自身には足りなかったのかと、ディアナは手にしたヴァイパーを見つめる。
「そうか――そりゃあ、勝てないわよね」
 掴んでいるヴァイパーが重い。
 使い古した得物の重さを、今になって、やっと自覚できたような気がした。
「いいじゃない。すごくわかりやすい。これでわたしにも、指標ができた……」
 ディアナは、秘密裏に用意していた隠し通路を使い、屋外へと身を這わせる。
 後悔させてやる。いつか、わたしを生かした愚を、後悔させてやるんだから。


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