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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第51回 O.O.S.『ファミリエ』 その@


   O.O.S.『ファミリエ』

 男はソファに腰かけながら、蓄音機から流れる音楽に耳をかたむけていた。
 男は、そうした相手を見つめ、かたわらで過ごした日々を思い返していた。
「来たんだな、デリンジャー」
「ああ……来たよ」
 相棒であった者の返事に、イカルスは閉じていた両目を開けて笑う。
「変わらねぇな、デリンジャー。とことん腹を決めたら、口数が減りやがる」
 白衣を着用する己のかわいた笑みに、黒衣のデリンジャーは言葉なく応じる。
 デリンジャーは、相がけになっているもう片方のソファへと腰を下ろすと、抜き身の刺突剣ラ・イールを床に突き立てた。
「イカルス。何があったんだ?」
「何もありゃしねぇさ。俺は俺の組織を、いつものように束ねていた」
 イカルスは双剣リトル・ウィングを取り出し、倣うように床面に突き立てる。
「俺たちは、何もしてねぇ。おめーらが俺たちを罠に嵌めたんだろ」
「馬鹿も休み休み言えよ。双神≠ェそんなことをするなんて――」
「連中の話を、俺に向けてするんじゃねぇッ!!」
 イカルスは眼を見開き、吠えるように言った。
「連中は、俺の夢を黒く塗り潰しやがった! 俺の生涯の友を、弟を、家族を!」
 立ち上がり、長机に用意してある食事のうち、簡素な酒器に手を伸ばす。
 注がれている葡萄酒を一度に飲み干して、デリンジャーを睨みつける。
 かつての相棒は、その視線を真っ向から受け止め、ラ・イールに手を伸ばす。
「てめぇもそう思うだろ。連中がいなけりゃ、俺たちはこんなふうにならずに済んだんだ……」
 イカルスの言葉に、だが、デリンジャーは頑としては応じない。
 怒りのあまり、最後の甘味を口に放り込むと即刻、噛み砕いた。
 イカルス・ストライフには、血縁者がいなかった。
 身寄りがなく孤児院にて成長し、心のどこかで独りであることを、子供の頃から理解していた。
 家族の温もりというものに憧れをもっていた。
 母がいて、父がいて、兄妹がいる。一日の終わりに今日の出来事を報告し、笑い合い、ときにはケンカをして、絆を強くする。
 ささやかなもので良かった。多くの者たちが、当たり前にもっているものでいいから、家族というものを手にしたかった。
『君さ、泣いてるのかい?』
『……誰だよ。あっち行け』
『冷たいなぁ。そんなんじゃ、一人ぼっちのまんまだぜ?』
『うるさいっ! 向こう行けよ!』
 市街の噴水広場でマジックショーが行われているのを、ほかの親子に紛れて見に行ったことが、イカルスには幾度もあった。
 そこにいれば、自身も同じように、独りではないという気分になれたのだ。
 しかし、小さな子に、何度もショーを見るだけの蓄えなどあるはずもない。すっかり顔を覚えられていた少年は、主催者に激しい叱咤を受けることになる。
 殴られた。それも酒瓶で容赦なく。イカルスは裏通りで声を殺して泣いた。
 夢と魔法は制限時間付きで、そのあとは、寒くてつらい夜が待っている……
『よぅ、立てるか? おじさんにひどくやられちまったな』
『…………(また、お前か)』
『さっきの、義理の親父なんだ。おれの』
『…………(そんなこと、どうだっていいよ)』
『金儲け主義っていうの? お客を楽しませることより、金、金、金でさ……。面白くないやり方だよな』
『…………(おなか、空いてきた)』
『…………なぁ、おれの話、聞こえてるかい? もしもーし?』
 語らう相手ができた。友達ができた。家族が――――できた。
 ヴェイグ・デリンジャーは、イカルスの初めての家族だった。
 そして、その家族とともに、イカルスはこの業界への扉を叩いた。
 厳しい「試験」を通過した両者は、互いに上を目指す約束をした。
 頂きへと昇りつめ、陰ながらブレイゾンシュタットを守ろうと誓い合った。
 ……けれど、少年はまだ知らなかったのだ。この業界の厳しさというものを。
 デリンジャーには素質があり、スミスとウェッソンにも気に入られている。両者のあいだに実力の差が開いていくことに、さほど時間はかからなかった。かたや狂公≠フ異名を持つ猛者。かたや無名の殺し屋。溝ができないほうが不自然というものだ。
『イカルスって言ったか? アイツ』
『狂公≠ノ気安く話しかけてやがるぜ。身のほど知らずだな』
『取り入ろうとして必死なんじゃない? つまんない男』
『やめな。目をつけられたら面倒でしょ』
「逢魔の会」では、大勢の人間がイカルスを嘲笑った。言葉はなくとも態度で。
 イカルスはそれにいちいち相手などしなかったが、歯痒さと悔しさを味わわされるのは、耐えがたい苦痛であった。
 身のほど知らずだと? 友とは、家族とは、身分を問われるものなのか?
 実力さえあれば、高い身分さえあれば、他者を見下して良いというのか?
 イカルスは、あるべき家族の姿について考えた。
 家族を得るためには名を上げる必要がある。あるいは一から組織を立ち上げ、自らが法を掴み取るかだ。
 ――イカルスは功を急いだ。速攻性を求めて劇薬に手を出してしまった。
電光のウェッソン≠フ隠し口座に手をつけ、自らの組織を興すために離脱。己の夢にすべてを賭す覚悟を決めた。
 だが双神≠ノは面子がある。ふたりに育てられた狂公≠ノは恩義がある。
 男には、やらねばならないことがあった。退くに退けない事情があった。
 イカルスとデリンジャーの戦いは一晩続き、対決は、男が犠牲にした左眼球にて終結した。男は手にした大金の代わりに、大切な者を取りこぼした……。
「ちくしょうがぁあ……ッ!」
 そして男たちは、もう一度、お互いの想いを貫くために戦っている。
 双剣と刺突剣は火花を散らし、衣を破り、肉を裂き、部屋じゅうを破壊する。
 年代物のレコードは、両者の剣技を彩っていた。
 きめ細やかな調べを奏で、戦士を鼓舞していた。
 イカルスの鋭い太刀筋を刺突剣でいなし、デリンジャーは喉元へ刃を伸ばす。
 紙一重でこれを避けたイカルスは、右手に持った白羽の剣を逆手に持ち直し、相手の左肩に投擲した。
「ぐぅ……ッ!」
 とっさに左肩をかばい、身を崩すデリンジャー。
 イカルスはそんな彼に、黒羽の剣を突きつける。
 両者は親友の姿を見つめていた。昔の相棒の姿を眼に捉えていた。
「どうしてだよ、デリンジャー。なぁっ、おい!?」
「………………」
「答えろ……どうして、俺たちはこんなバカな真似をしてるんだ……?」
「――――俺が、愚かだったんだ」
「そんな台詞が聞きたいワケじゃねぇッ! 詫びろと言ってんじゃねぇんだ!」
 イカルスは得物を投げ捨てると、膝をついて頭髪をかきむしった。
「俺たちは間違えなかった! 間違えなかったはずだろうッ! なのに……!」
 両翼を失った男の脳裏に、これまでの人生が駆けぬける。
 家族こそが男の夢だった。しかし、家族は大勢死んでしまった。
 家族を殺めたのは誰だ?
 家族を裏切ったのは?
 家族を利用した者は?
「俺、か……? 俺がいなけりゃ、こんなことには……」
 イカルスは両手を床について、跪くようにして呟いた。
 組織が崩れる音がする。ストライフ自衛団崩壊の音が。
「――いいや、そもそも始まる前から、崩れていたのかもしれないな」
 両目からこぼれる滴の温かさを頬に感じつつ、イカルスは口元を歪めた。
「デリンジャー。おまえと一緒に始めた夢だ。おまえが、終わりにさせてくれ」


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