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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第50回 Memory2-11


   Memory2-11

 クレメンツ少年は、狂公<fリンジャーの背にピッタリとくっつきながら、ついに、自分自身の拳銃をぬいた。
 ウクルがいるのは、兵装収納庫。
 標的の間近に差しかかった回廊で、クレメンツ少年は足を止める。
 デリンジャーも、こちらの気配を察知して、くるりと振り返った。
「お坊ちゃん……どうしたんだ?」
「すみません。オレは、こっちに用があるんです」
 クレメンツが見つめる収納庫シャッターに視線を移して、彼は合点がいったように、小さく頷く。
「あそこにいるのか。君の親の仇が」
「うん。どうしても、自分でやり遂げたいんだ。これは、オレの成すべきこと」
「――そうだな、君が成さなけりゃ意味がない。私にも、やらないといけないことがあるからわかるよ。他人に横取りされたら、たまらないよな」
 静かなる言葉に、クレメンツ少年はぎこちない笑顔で応える。
 すると彼は、私の防寒具の襟元を正し、右肩を軽く小突いた。
「でも、お坊ちゃんは死なないと言った。男は己の言葉を曲げちゃあならない」
「もちろん。嘘はつかないよ」
「Good! 終わったら一杯やろうぜ。今度は杯を受けてくれよ?」
「……!! アンタ、オレのことを…………!?」
 覚えていたのか。初めて会った日のことを。
 よもや。だから私のことを、ここまで……?
「へへへっ、お互いに恰好よく決めようぜ」
 デリンジャーはウィンクをひとつすると、コートの裾を翻して、ストライフ自衛団のトップを目指す。振り返ることなく、駆け抜ける。
 迷わない。ためらわない。そして、顧みない。
 彼は私に対しても、信頼を示してくれたのだ。
 かの狂公≠ェ、私の成功に賭けた。
 嬉しかった。口に出さずとも、彼の声援はこの胸に届けられていた。
「パイソン」
「心得たッ」
 名を呼んだだけで、パイソンは虚空からチェーンソーを取り出した。
 収納シャッターまで進み、シャッターを力いっぱい斬りつける。
 大量の火花が散り、勝手口が作成される。
 パイソンは用心深く収納庫に侵入したあと、すぐチェーンソーを捨て去り、私に片手を伸ばした。その手を掴んで、クレメンツ少年も内部に滑り込む。
 兵装収納庫のなかは、思っていたよりもはるかに広かった。
 しかし内部のおかしなことは、明かりがちっとも点けられていないことだ。不自然にあたりに物が転がっていて、足場も悪い。
 これが誰かの自室ならば話もわかるが、ここは特に注意しなくてはならないシノギの道具の置かれた場所だ。いくらヤー公だからといって、扱う武具には愛着もあるだろう。攻め入る前から、こんなに荒れているのは絶対におかしい。
「うぅぅ…………ううぁ……」
 耳に聞こえたのは男の声――ウクルなのか?
 声が聞こえるほうに、クレメンツ少年とパイソンは足を向けた。
 用心に用心を重ねて、ゆっくりと人影のそばまで移動し、話しかけてみる。
「おい、アンタ。アンタは、ウクル・ストライフか?」
「どぅあっ、誰だっ。……いいや、誰でも一緒だ。ウクルの近くに来るなッ!」
 泣いている? 何があったんだ?
 ウクルは、異名者≠ェ攻め込んで来ていたことを知らないはずだ。
 みなが本格的に動き出したところを見ていないし、行動を起こした時点からすでに、この場に閉じ込められていたのだから。
 ということは、何か別の理由で涙を流しているのか?
「ウクル。これから、アンタに近づくぞ。ただ近づくだけだ、いいな」
「来るなッッ!!」
 ウクルは涙声であったが、その叫びは必死なものだった。
 不可解だが、逃そうとする意志を感じる。真剣そのものに、自らに近づく者を遠ざけようとしている。
「早く、なるべく遠くへ……。遠く、へ…………うああああああッ!」
「ウクル……!? アンタ、何が……――ッ!」
 背中を見せていた相手がこちらに顔を向けたとき、私は思わず言葉を失った。
 見れば、彼の右腕全体がおぞましく膨れ上がっている。その右腕は甲殻類を思わせる強固な装甲で包まれ、少年ほどの太さの巨大な爪が四本も生えていた。
 ウクルの肉体はさらなる変化を残しているらしく、なんとか変化を治めんと手段を尽くした形跡として、例の武具群が足元にいくつも転がっていたようだ。
「この腕……!! この腕なのか!? この腕が!?」
 クレメンツ少年は、父の腹部を穿った傷口を、脳裏に呼び覚ます。
 この腕についた爪で、父は瞬時に命を奪われた。
 だが、しかし、これは――
 これは、ウクルの意志ではない。それどころか、人知を超えた何かだ!
 彼の頬を伝う涙と、こちらに向ける言葉は真実だ。この光景が、あの病院内でも起こったのだ。
 だとすれば、ウクルは医者殺しの犯人ではない。
 彼は被害者だ。巻き込まれただけだったのだ。
「パイソンッ! 隠し持っている武器をすべて使えるようにしてくれ!」
 事情が変わった。アンタは、私が助けるべき患者だ!
 拳銃を向けるなり、ウクルは狂おしい叫びを上げた。
 ウクルの体内に存在する何かが、防衛本能で宿り主の肉体を組み替える。
 巨人のように肥大化した怪物は、したたり落ちる血液のごとき真っ赤な眼で、クレメンツ少年とパイソンを睨みつけた。
「行くよ、パイソンッ!」
「合点承知よ、ニレオッ」
 クレメンツ少年が引鉄を五度引くあいだに、パイソンは虚空から小型機関銃を二挺構えて、敵の肩に向けて乱射する。
 ばら撒かれる薬莢の数のわりに、相手の装甲が受けた被害は少ないようだが、手始めとしては敵の動きを封じられればそれでいい。
 必要なものは情報だ。コレを止められる情報が欲しい……!
 パイソンが抑えてくれているあいだに、クレメンツ少年は敵の背後にまわる。
 組み替えるといっても、限度はあるはず。素体が人間であるならば、人体の急所を試しに攻めてみるべきだろう。
 頭のなかを、読み漁った医学書の文献が飛びまわる。
 もてる知識をフル活用し、ウクルを病から救い出す。
「おあああああッ!」
 引鉄を引く都度に、父の顔が視界を横切った。
 なぜだろう? 本当に不思議な体験だったんだ。
 視界の端に映る父の姿は、嫌っていた父の怒りの表情ではなかった。
 視えるのは朗らかに笑う顔。聴こえるのは年を重ねてからシワの深くなった、罅割れの入った岩石のような彼の哄笑。
 物心つく前にしか、父の微笑みなどは見たことがないくせに。
 いなくなればいいとさえ思い、父の存在を疎んでいたくせに。
 ――私は、どうしようもない大馬鹿者だ。
 込み上げてくる涙を全身で振り払い、クレメンツは敵から間合いを計る。
 きっと父は彼を……ウクルを助けたかったのだ。そのために戦ったのだ。
 医者として、人間として、ニコムス・クレメンツとして。
「ニレオ、危ないぞ!」
 感傷に動きを止めた自分の前へと、パイソンが滑り込んできた。
 虚空から大ぶりの片手剣を引き抜き、鋭利な爪から私を守る盾となる。
「パイソン…………!」
 逆手で片手剣を揮う右腕。その腕には、ひと目でわかる痛ましい傷があった。
 私はそこでやっと、パイソンが連絡するまで姿を見せなかった理由を知った。パイソンもまた戦っていたのだ。おそらくは誰かのために。
 デリンジャーも、蒼も、ブリッツも、クラスターもメアリーも。他がために。
「パイソン、なんで言わなかったんだ。一言あったなら、オレは……!」
 私は軽率だった。
 私は自分の一族の問題に、手負いの他人を巻き込んでいたのだ。
『これは、オレの成すべきこと』
 私は己自身でそう言っておきながら、多くの者を頼ってこの場にいる。
『賢しく、抜け目なく、冷静沈着。そして、度胸も据わっている』……?
 いいや、まったくの逆だ。パイソン。
 私はアンタを、都合のいい助っ人としか考えていなかった。
 都合よく使えばいい駒と考えていた。
 クレメンツ少年は、握りしめた拳銃で自分の頭を殴りつけた。
 額からわずかに血液が流れだしたが、その甲斐あって、頭が研ぎ澄まされる。
 これは誰が、何のために、どうして行うのか。
 現場というものを理解して、クレメンツ少年は感じとれていた。
 自己満足や愛情論は善ではない。善とは行動で表せられるもの。
 父は善の人間だった。
 父の意を受け継ぐというのなら、私も善を求めて生きる。
 殺すために戦うのではない。守るために戦う。
 奪うために争うのではない。与えるために争う。
「パイソン。いいや……ミドガル・ド・シュランゲ」
「――――なんだ、ニレオ」
 真の名で呼ばれたパイソンは、敵の爪を弾き返してこちらを見やる。
「後方で敵の情報収集を。戦いは、オレが一人でやる……。オレのことは気にせず、解析だけに集中するんだ」
 彼は驚きを隠せずに厳しい顔をしたが、私の眼を見つめ、頷いてくれた。
 ウクルを助けるにはそれが最善だ。
 私は、この道筋を貫き通す。誇らしき父の生き様を。


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