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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第5回 5


   Memory1-3

 徒歩にして七分程度であっただろうか。
 私とエストック、おまけにククリは、キラークィーンと電球でかたどられた看板がデカデカと取りつけられた店前に、短い足をはたらかせて到着した。
 外から目にする店構えはモダンな木造主体。両開きのドアが設えてある入口の横には簡素な階段があり、二階へとVIPな来客を手招きしているようである。
 ……いや、手招きしているよう、などというのはやや含みがある表現か。
 あの部屋に彼女を誘ったのはほかでもない自分であり、結果として彼女がVIP――私の特別待遇者――となったのだから、これでは順序がちぐはぐだ。
 ああ、ここでいう彼女というのは……おっと、ちょっと失礼。
 …………。すまなかった。もう結構。なにやら背後に気配を感じたもので。
 このような追憶の手記と言えども、相手によっては読まれたくないからね。
 いずれ話題に挙がることは間違いないにしても、いったん、彼女の話をするのはやめておこう。順番的にもそのほうが好ましい。
「ウェッソンさーん、来たぜーっ!」
 入り口のドアをあえてどちらも開け放って、エストックは店内に歩み出た。
 すると、カウンターの向こう側にいる店主と思わしき青年と、酒器のなかになみなみと注がれた液体を喉に流し込まんとする、店主よりも幾許か若そうな人物が反応を示した。
「脅かすな、エストック。腰抜かしたらどうしてくれる」
「まぁたまたぁっ、そんなタマじゃないくせに」
「――へっ、当たり前だ。さっさとこっちきて手伝え、ボウズ」
「あーいよっ」
 エストックの間のびした了解に、店主は苦笑しながら、制服を投げ渡す。
 エストックはそれをうまいこと掴み取ると、店の奥へと駆け込んでいく。
 こちらが彼に声をかけようとすると、ククリが右腕の裾を引っ張ってきた。
「お兄ちゃん、給仕さんに変身するんだ」
「うん。それは知ってる」
「…………」
「い、いや、でも教えてくれてありがとね!」
 そう。親友はここでバイトをしていたのだ。
 飲み屋の店員を給仕と呼んでいいものかは、この際重要ではないので置いておくとして、中学生で飲み屋のバイトなど、親が知ったらなんと言うだろう。
 クレメンツ少年がこんな真似をしたら、父から拳が飛んでくるのは明らかだ。でなくとも、この程度の時間まで出歩いているだけで、どれだけ罵られるか。
 こうした考えをめぐらせると、この頃の私は、躁鬱のサイクルが頭のなかで回り始める。なにぶん、子供の頃は誰しも繊細なのである。
「そっちのボウズ、お前はエストックの友達か?」
「えっ? ああ、はい」
 なるべく失礼のないように、会釈をしてウェッソンさんに返答する。
 そして、相手の顔を正面から目にし、わずかながら驚いてしまった。
 それというのも、店主の整った顔貌、その左半面に雷閃をあしらった刺青が彫り込まれていたからだ。相手は人好きする朗らかな笑顔を向けてくれたが、その刺青のせいで目元がどこか引き攣って思える。
「細っこいが、体格はそれなりだな。どうだ、ボウズもここで働かねぇか」
「いえ、僕はやめておきます。両親が心配するので」
「そうか? 見てのとおり、健全な店なんだがな?」
 ウェッソンさんに促されるままに、私は店内をぐるりと見まわした。
 配置された四つの木製のテーブルで長椅子に腰かけた男女が、とりわけ騒ぎ立てることもなく、二言三言語りかけながら、慎ましく酒を飲んでいる光景が視界を埋める。紳士淑女の社交場という言葉がピタリと当てはまるほど、店の雰囲気は落ち着きを払われ、心地いい静けさを保っていた。
 つまりは、クレメンツ少年のイメージとは真逆のオトナっぽさが、ありありと展開していたわけだ。まともで健全どころか――日々の疲れを癒し、美酒に酔いしれるにはまたとない、上質で緩やかな時間がここには用意されていた。
 けれど、こうした穏やかな雰囲気のなかにありながら、ひとりだけそれらに染まらない男が、カウンターでぐびぐびと喉を鳴らしている。
 屋内であるにもかかわらず、クラシカルな帽子を片目が隠れるようにかぶり、黒を基調とした所々擦り切れたコートを着用したその男性は――本人としてはリラックスしているのだろうが――、抑えきれない威圧を身体から放っていた。
 同様に使い古しているらしいジーンズのベルトは、抜き身の刺突剣がいっそ剣呑も度がすぎて、滑稽にさえ感じる佇まいで巻きつけられている。
 この瞬間の自分にはわかりようもなかったが、この男こそが我が街における裏稼業人の憧れ、業界において三本の指に入る名手、〈狂公〉であったのだ。
 だが、ずばり何者か判断はつかずとも、この時すでに彼が殺人を生業とする暗黒街の花形だろうことは見当がついていた。隠すつもりもない異質な闘気が、彼の奥深きところから押し出ているがゆえに。
「アンタもひと口すすってみるか? お坊ちゃん」
 こちらの視線が無視できなくなったのか、〈狂公〉は長椅子に腰かけたまま、物静かに手にする酒器ごと片腕を伸ばしてくる。親愛の挨拶に似たこの行為も、あふれ出る闘気の内側にあっては、およそ受け応えられるものではない。
 それに私はこの瞬間、酒器に注がれた液体に反射する顔。〈狂公〉が帽子で見てとれぬようにと隠している左目を瞳に映していた。
 彼の左目は、義眼であった。
 それも純銀細工か、それに近しいもので作られたドクロの義眼である。
 ドクロの眼孔は三つもあり、星形にカットされた宝石が埋め込まれている。眼孔の宝石はその種類までも異なっているようで、紺碧・真紅・翡翠の輝きに彩られていた。さらに口は大きく開かれ、生えそろった鋭い牙がニタリと笑うように噛み合わされている。さぞ壮絶なる痛みのすえ失ったであろう左目を、逆によりいっそうの恐怖のための装飾と化そうとは、男の職務に対する真摯な姿勢が感じとれようというもの。
 ……だけれども、だ。やはり十三歳の少年に。それも育ちのうえで他人より規律や常識を重んじるように教育されている少年にとっては、これは不可解な装いであり、異質さを跳ね上げるだけの悪趣味であった。
〈狂公〉が感情の吐出に慣れていない私の表情を読み解き、そうした許容しかねるものへの不快感を覚えたことを察知できたかは、本人しか知り得ぬところ。
「いらないか。なら、やはりコレは私がいただこう」
 返事がないことに興味をなくして、彼は酒器をそれまでと同じように呷る。
 かすかに喉仏が上下するのを見ていると、なんだか自分も喉が渇いてきた。
 売り上げが増せば、エストックが貰えるバイト代も増えるかな?
 もっともらしい理由を自らの欲望へとくくりつけ、メニューに目を向ける。なにもBarだからといって、酒ばかりを取り扱っているわけではないはずだ。紅茶だろうがコーヒーだろうが、ともかく法に触れない物なら頼んでしまおう。
 そう思案し、カウンターの隅に置いてあるメニューを手に取ろうとしたとき、入り口にあるドアが開かれ、新たな来客が姿を現した。
「ここにいたのか、ヴェイグ。酒など飲み喰らい、いい気なものだな」
〈狂公〉とかねてから親しいと見られるその男は、手入れの行き届いた茶髪を、かぶりを振って微風になびかせる。
 赤と緑からなる身体にフィットした服装に内包されていても、鍛え抜かれた肉体美は見惚れるに申し分なかった。無意味に肥大化された虚栄に酔いしれるためのそれにあらず、あくまで実戦を重視した戦士の装甲。相手もいずれ名のある暗黒街の花形と見受けられた。
「Oh! 蒼ちゃん。どしたん? なんか用?」
「……その口ぶり、おまえは完全に約束を忘れているらしいな」
 蒼という名前らしい男は、あきれた様子で〈狂公〉に語りかける。
 話を聞いている相手のほうは、意識を傾けながらも酒を進ませる。
「今日は試験日≠セ。我ら二人が引き受ける取り決めとなっていただろう」
「試験日=\―。そうか、うん。そうだったな」
 間をおいて応えた〈狂公〉は、知人に対した砕けた調子を、急に引き締める。
「だがな。ソレ、本当に二人も必要か?」
「すでに決められていたことだろう。当日になって決定を覆すつもりか」
 蒼はもはや溜め息をつきそうだ。こういった事態も珍しいことではないのか、今回はどう言い聞かせようかという風情である。
「別にそうじゃないよ。というか、蒼ちゃんだったら私の言いたいことくらい、ピーンとわかりそうなもんだぜ?」
「わからんな。なによりも、俺は意志のハッキリとしない者は嫌いだ。不満に感じるのなら、話して聞かせろ」
 そのあとで判断を下してやろう、と言わんばかりの態度で、蒼は〈狂公〉の隣に腰を下ろしてカウンターに肘をついた。
 けれど〈狂公〉は興が削がれたように、キープされた葡萄酒を酒器に注ぎ、飲み干すばかりだ。話題に出た試験≠ニやらについて語る気配はない。
「ヴェイグ。よもや酒を楽しみたいから、なんて一理にも適わん理屈ではあるまい。あまり手間を取らせるな」
 わがままな子供をそっと説き諭す親みたく、蒼は声音に慈しみを込めた。
 邪さを挟み込む余地が一分として感じられない、相手の物腰の柔らかさは、その場限りを収める仮初の情愛で形成せるものでは決してない。
 ここに来てようやく、自分は会話を交わしているのが、〈狂公〉と〈破拳〉であるとうかがい知るにいたった。
 それまで完全に脳裏から抜け落ちていた思い出が、深層に封じられた情景を開く鍵――生ける伝説と顔を合わせたことで、丁寧に、鮮明によみがえる。
 父の自室に安置された負傷患者に関する詳細報告記録。私はそれを父に隠れ、よく盗み見ていた。この子供の悪戯にしては度がすぎた遊びのなかで、ちょっとばかり好奇心をくすぐる報告記録を、人知れず脳裏に保持していたのだ。
〈狂公〉と〈破拳〉。とある負傷患者を間接的に病院送りにした二名について、報告記録は簡潔ながらじゅうぶんすぎる情報を示してくれていた。


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