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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第46回 46


 デリンジャー、蒼、ブリッツの三人。そしてクレメンツ少年とパイソンとは、昇降機へと乗り込んで、幹部たちとの決戦に向かう。
 緊迫した状況というのは、普段とはひと味違った心理におちいらせるものだ。
 クレメンツ少年の胸の鼓動は高まり、秘匿しきれないほどに強く響いていた。口腔から臓器はもとより、身体じゅうのあらゆる液体が噴き出しそうな緊張感。足元がふらついているのはエレベーターに搭乗しているからなのか。それとも、自己認識が歪むほどの精神的負荷があるからなのか。
 息苦しい密閉空間。ろくに会話もなしに佇む男たち。
 数分でしかないはずのこの瞬間が、途方もない永き時間と誤認しそうになる。
「小僧、テメェよ……」
 ブリッツ・エンフィールドは汚れた鉢巻を額から外して、換えの鉢巻を頭部に巻き直しながら、クレメンツ少年に話しかけた。
「テメェが、どうしてこのアジトについて来たがったかは、まぁ、ともかくだ。この一件中ないし、一件後に死ぬつもりなら……」
〈斬鬼〉は殺人旗オニキリの先端を、自分の鼻先までもってきて、危険な輝きの灯る瞳を差し向ける。
「介錯してやるから今この場でくたばれ。俺たちは誰も死ぬつもりはねぇんだ。一時的とはいえ、仲間になった以上は、同じ志を胸に抱いてもらうぜ」
 唾を飲み込む音というのは、こんなにもハッキリと聞こえるものだったか?
 ブリッツは本気だ。クレメンツを斬り捨てることに、一片の揺らぎもない。
 そのうえ、デリンジャーと蒼とは、上昇する階層を知らせるランプを見つめるばかりで、我らふたりのやりとりには知らん顔である。
「オレは――」
「あん?」
「オレは、父さんの仇を殺りに来たんだ。だから死ねない。この騒動のあとも、人殺しの業界で生き残る。オレがブレイゾンシュタットの、裏の顔になる!」
 勇気と度胸と覚悟に見栄。およそ男児として持ち合わせるプライドに賭けて、クレメンツ少年は三人の眼前で言い放った。
 なんとも言えず向こう見ずで、考えなしの言動だ。
 業界の猛者に対し、甘ちゃんな小僧が、ブレイゾンシュタットの裏の顔に?
 頭のネジが二、三本……いや、五、六本は抜けていなければできない芸当だ。
 ほとんど救いようのないバカだ。アンポンタンのスカポンタンだ。
「……くはっ、あひゃはははははっ!」
 耳朶を打った痴れ者の言葉を、ヴェイグ・デリンジャーは豪快に笑い飛ばす。右手は額を押さえるように、左手は腹に添えるように、心底から可笑しそうに。
「ヴェイグ。今のは笑う場面じゃない」
「くっくくく、ごめん蒼ちゃん。それと、お坊ちゃんもな……ひひひっ」
 こんなことを言うのもなんだが、〈狂公〉は本当に楽しそうであった。小馬鹿にされているというのに、こちらまでも嬉しくなってくるような喜びようだった。
「いゃあ〜〜っ、いい! いいモン持ってるぜ、お坊ちゃん! サイコーだ!」
 彼はバシバシと私の肩を叩き、片目を瞑ると、蒼になにやら耳打ちした。
 相手は聞き届けた台詞に、顔色を変えて、私のほうを一瞥する。
「正気で物を言っているのか、ヴェイグ。彼に任せられるわけがないだろ」
「いんゃあ、イケるって。俺たちみんなで鍛えればPerfect!」
「皆がそんなことに協力すると思うのか? 幻想から覚めろ」
「なんせーんす! 蒼ちゃん、何度か聞かせたことがあるはずだぜ?」
 デリンジャーは胸元から手帳を取り出して、片手で開く。
 そして、記されている文面をなめらかに舌を躍らせて口にした。
「男の鉄則!! 頭よりも心に従え、ってさ! 大事なものはここより……」
 彼は自身の頭を指差してから、蒼の胸元に人差し指を向ける。
「ここに、あるもんだぜ? そうだろう?」
「…………責任はおまえが持つんだろうな?」
「あーもぅっ、心配ないって。絶対にうまくいくさ」
 デリンジャーは狭いエレベーターのなかであるというのに、華麗なるターンでクレメンツ少年の背後にまわり、ふざけて首元に片腕をかける。
「このお坊ちゃんが、ブレイゾンシュタットの黒光りする未来像だ。この子は、私の弟子にする。私たち全員の弟子にする――決めたぜ」
 取り消しの効かない台詞を言い終えると、彼はにこっと、こちらに微笑んだ。
 この男の笑顔は、無邪気な子供のそれだった。
 子供とは素直で純粋なもの。そのありようは、時として蛮勇。時として残酷。


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