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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第44回 44


 舞台上で腕時計の針を気にしていた楽団員のひとりが、腰元に巻きつけている模造刀のようなものに手をかける。
「そろそろじゃあないかい? 始めようか」
「まだだ。おとなしくしておけ」
 隣にいる者がグローブらしき物を両手にはめる。他者も何か手にしたようだ。
「じゃあ一回、マジで演奏しとくってのは? ヘヴィでパンクでロックなのを」
「……いつものことだが、おまえは仕方のない奴だな」
 溜め息まじりに、みなは楽器を手に取った。
 曲はロックアレンジの効いた、ベートーヴェン交響曲第九番歓喜の歌=I
 演奏楽団はそれぞれに楽器をかき鳴らし、紅一点の歌姫が美しい声をホールに響かせる。パーティ会場の飾りつけをしている衛兵たちは、無許可に奏でられる大喧騒に、誰もが一様に目をつり上げた。
「お前たち、幹部様方の命令もなしに何をしている!? 静かにしていろッ!」
「何方に呼ばれてここに立っているか、お前たちはわかっているのか!?」
 衛兵たちの身を包む空気は剣呑だが、口からこぼれる言葉は自らの立場を守る意味合いのものが大半だった。三幹部の部下とした場合、この者たちは真の意味での役目を果たしていない。
「狗畜生どもが。キャンキャンとやかましいんだよ」
「なんっだと、貴様ァ! そこの奴、顔を見せろ!」
 衛兵のうちひとりが、小声でつぶやいた楽団員に銃口を向けた。
 しかし、長身のその相手は、嘆息して両肩をすくめるのみである。
「銃は覚悟のある奴以外が抜いていい物じゃねぇ。それはわかってんだろうな」
「うるせぇッ! 眠たくなるような音楽と耳が腐りそうな歌声聞かせやがって、この――」
 頭に血が上った衛兵は、声を張り上げながら楽団のいる舞台へと近づいた。
 その瞬間、長身の楽団員は歌姫の前に立ち、右手に持った銃器の引鉄を引く。銃口から発射された弾丸は、衛兵の眉間を鋭く穿ち、真っ赤な血液を会場の床面に飛び散らせた。
「なっ、なぁああッ!?」
「そんな……! てめぇ、ふざけんなァ!!」
「どういうことになるか、わかってんだろうなァ!」
 倒れた仲間の姿に、衛兵たちは一斉に拳銃を抜き、構える。
 長身の楽団員はいかにも面倒くさそうに楽器を捨て、左手にも銃器を掴んだ。
 長身の楽団員――もとい、〈変貌〉クラスター・ダンの発砲にはそれなりの理由があった。その理由とは相手方と自身との距離間であり、実際に銃撃戦となったときの間合いだ。
 衛兵がはじめに話しかけた距離間からでは、拳銃の射程圏内ではあるものの、弾丸は命中しない。銃器類や投擲武器には飛投誤差というものがあり、たとえば敵の構えた拳銃であれば、弾は空中で十数センチ右に逸れて着弾する。命中度を上げるためには五歩以上近づかねばならない。
 そして最後の極めつけは、相手が名指しに近い状態で侮辱した人物にあった。その人物への言葉が、他者と同列であったなら、まだ良かったのかもしれない。
 だが不幸にも、相手は言葉を選ばなかった。その結果は……見てのとおりだ。
「あーらら。どうすんだよ、クララ。まだ時間じゃなかったんだぜ?」
「……るせぇ」
「クララ〜〜、『るせぇ』だけじゃ会話にならないだろ? フレンドリーにさぁ」
「るせぇ。黙ってろ」
 デリンジャーの言葉を、クラスターは刃銃スティングを突きつけさえぎった。
 困り顔になったデリンジャーは、片目を瞑って蒼へと合図を送る。彼が無言で首肯を返したので、かたわらにいるクレメンツに話しかけた。
「行くぜ、お坊ちゃん。しっかり、私のあとにくっついてきな」
「わかった。やってみる」
 クレメンツの返事に、デリンジャーは微笑みで応える。
 すると、衛兵たちの狙いが、一挙にこちらへと移った。
 これに臆することなく、腕時計に視線を落とし、笑顔で秒読みを開始する。
「さーぁんっ」
 デリンジャーに続き、〈異名者〉は数を数えた。
 予定時刻へと進む時計の針が、今、落ちる……。
「「「「「にぃーいっ、いーちぃっ、――It's Showtime!!」」」」」
 デリンジャーが一段と声を張り上げたかと思えば、クレメンツを背におぶり、舞台後方に跳んだ。蒼たちも場所を空けるために舞台袖へと側転して、残されたメアリーだけが自身の得物である可変式殲滅兵器(Compilation Active Trance System)、通称キャッツ≠起動させる。
 この場で彼女が用いるのは、倉庫で使用したのと同じ大型拳銃だ。
「いざ逝かん、楽園の御座へ――――ッ!!」
 メアリーは宣言も勇ましく特大の弾丸をブッ放ち、衛兵たちをはね飛ばす。
 声も上げられない彼らを撃ち砕いた弾丸は、突き当たった防壁をも穿ち砕き、視界に捉えられない彼方まで直進を続けた。
「……ったく、どんな天国の門の叩き方だ」
「天国? あの人たちがゆけると思うの?」
 外套を脱ぎ捨てたクラスターに、メアリーは自身も外套を捨て去って応じる。
「悔い改めることも祈ることも知らない彼らは、決して、御霊(みたま)を還らせることなどできはしないわ」
「まるで自分は違う、とでも言ってるように聞こえるが」
 蒼は軽く身をほぐして、ふたりの会話に混ざった。
 メアリーはやや顔をしかめると、キャッツに次なる鍵を差し込む。
「すべての勤労は祈りに通じるのよ。ついでに言っておくと、不貞も罪のひとつですからね? あなた、気をつけたほうがいいんじゃない。蒼」
「…………なんのことだか見当もつかんな」
〈破拳〉の返答は、オートバイに変形したキャッツの起動音によって、たちまちかき消された。もとよりメアリーに相手の言葉を聞くつもりはなかったらしい。
「第四鍵尻尾・黒豹(フォース・キー)、始動! 今度こそ、作戦決行でかまわないわよ、クラスター」
「仕切るな、女。早いとこ飛ばせ」
 クラスターは悪態をついてキャッツに跨り、上着から現れたトムを撫でた。
 移動手段を持っているふたりの役目は、衛兵どもの陽動である。
 なるべくクイックサンドホテルの中心に踏み込み、必要以上に派手に暴れて、敵勢を惹きつける。移動手段がそのまま多様な殲滅兵器へと変形するのだから、メアリーとクラスター以上に、この役にふさわしい者はほかにいないと言えた。
「さぁて、俺らも行こうぜ。目指すは隠れアジトの三幹部だ」
「無論だ。ヴェイグ、行けるな」
「アイアイサ〜〜。ミラージュ、地下入口は頼むぜぇ?」
 デリンジャーは仮面を被った〈征覆者〉、ミラージュに話しかける。
 耳にした声に、ミラージュは格式ばった一礼をし、
「心得ているとも、デリンジャー、君も積年の怨敵と決着をつけるといい」
 と、唇を歪めて答えた。慇懃な彼の手には大ぶりの矛がおさまり、粉砕された衛兵の遺体が鏡のごとく刃に映り込んでいる。
 クレメンツはそうした不穏な彼の態度に、ほかの〈異名者〉にはない違和感を覚えたらしいが、デリンジャーたち三人に遅れぬようあとに続くことに必死で、そんなことはすぐさまどうでもよくなったようだ。


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