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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第4回 4


   Memory1-2

 黄昏時となり、私たちは小遣いで購入したアイスを寒がりながら食べていた。
 他愛もないことを言い合って大通りを歩き――もちろん、先ほどのやりとりについては、どちらもノーコメントであったけれど――、談笑に花をさかせる。
 うむ。エストックは気遣いもできる相手であったのだ。
 これまでの生活でも、彼の細やかな気配りに、幾度も助けられてきた。
 エストックは大半の場合、そのこと自体に口を出すことなく、解決する方法を見つけ出して、鮮やかにやり遂げる。
 輪廻転生というものがこの世にあるとして、常世で誰になれるか選択できるとするならば、私は迷うことなくエストックになりたいと願うだろう。
「そうだ、クレメンツ。お前、まだ時間あるか」
「平気だけど、どうかした?」
 体温に溶けだすアイスに苦戦しつつ、私は答える。
「Bar・キラークィーンに行かないといけないんだ。お店の手伝いをするって、店主と約束してあるんだ」
 いささか物騒な名前の店だなと、べたついた指をハンカチで拭きながら思う。
 そして、『Bar』という言葉の響きに、なんとなくアダルティな感覚を受けた。
 頭に浮かんだのは、行きずりの男女が見境なく交遊するのだろうということ。
 その先にあるいきすぎた行為、ホテル方向への誘発……。
 私は頭を痛めた。
 どう考えても私のイメージが間違っているのだが、あまり足を運びたくない、というのが正直な気持ちだった。
「大丈夫なの、その店? 子供三人で行くような場所じゃないよ」
 あえてククリに鋭い視線を向けてみたが、兄君は気にしたふうでもなく、
「大丈夫! お前が思ってるよりまともだぜ。それに、店主のウェッソンさんもいい人ときたもんだ」
 と笑顔を見せつつ、お世辞にも上手とは言えない手書きの地図を取り出した。
 そして、その地図によくよく目を通せば、Bar・キラークィーンはずいぶん、紋章地区に近い場所に建てられていることがわかる。
 紋章地区とは――ブレイゾンシュタットに住まう者ならば知らぬ者のいない、旧市街地のことを指す。古びた街灯を超えた先に広がるその一帯を、なにゆえに紋章地区などと呼んでいるのかは、その場に一歩でも踏み込めば理解しうる。
 各所に刻まれた大小様々な奇怪な紋様。
 近づくことを拒むような独特な雰囲気。
 かの周辺は誰もが避けて通る、忌避すべき場所であった。
 ――ある者は、かの周辺には古(いにしえ)の技術が息づいているという。
 ――ある者は、かの周辺には人ならざるモノが住んでいるという。
 なにを科学隆盛の近代で、と鼻で笑いたくなったが、ブレイゾンシュタットの起源をたどり調べると、私もこれらの噂を嘲ることができなった。
 我が街は、いつから存在するともわからない先住民が開拓したものだ。
 彼らは今の人類では遠くおよばぬ技術を持ち、幼い頃に聞かされたおとぎ話のソレを思わせる力を備えていた。実際のところ、紋章地区内部には人知を超えたギミックがいくつも仕掛けられ、それによって消息不明となった人々の氏名も、正式な記録として残されている。
 もっとも、人間が次々と消えていくなか、記録者がいかにして、そんなものを書き記せたのかは疑問ではあるけれど。
 こんな情報だけでは信じろと言われても無理な話であるが、より噂の信憑性を高めているのは、遠方からこの地にやってきた仙術師たちである。
 仙術師――私はこの歳になっても、彼らのことをよく把握できていない。
 東洋に伝わる秘儀を体得した特殊な集団組織であるようだが、彼らがそれらを修めた目的も謎であるし、その秘儀を誰のために用いるのか、そんなことをして金になるのか。謎が尽きない。まるで玉葱の皮だ。
 儀式的な礼装に身を包んだ彼らが、迦仙(かせん)なる居城を建造し、この街へと移り住んできたのは、紋章地区で起きた例の事件の数週間後である。
 消息不明となった人物のなかでいちばん有名だった相手は、モーニングスターと呼ばれる貴族の少年だったか。
 濁りのない眼に、利発そうな顔。礼を失せぬ立ち振る舞い。
 私も父のおかげで富裕層の一角であったが、彼にはそれだけではない優雅さがあった。貴族かそうでないかではなく、もっと根深く煌めかしい優雅さが。
 あれほどの気品に飾り立てられた人物が、一時の不幸で姿を消すとは。世の中とは斯も酷なものかと、さしたる縁もなしに落胆したことを思い出す。
 そのうえ、これがまたやりきれない話なのだが、少年の家族は事もあろうに、息子が姿を消してからすぐ、屋敷を引き払っている。こんな不気味な土地に身を置いてはいられないと、捜索もそこそこにブレイゾンシュタットから出て行ってしまったのだ。
 こんなことが許されようか?
 もはや、これは悪鬼の所業である。
 私に言わせれば、紋章地区に住まう人ならざるモノとは、この両親のことだ。
 仙術師が秘儀を用いて、何者かを討ち果たさんとするのであれば、そうすべき真なる相手はこうした者たちではないかと考える。
「でっけぇよな……」
 Bar・キラークイーンに立ち寄る道すがら、視界に入り込んできた迦仙を見、エストックは上半身を後方にそらす。
 その右手にはしっかりと、ククリの紅葉のような左手がつながれているので、彼女もまた胸をそらして、転ばないように体勢を支えるのに必死だ。
 厳かな白塗りの城塞。その正面には、毎日正午になると鳴り響く立派な大鐘楼が上方に備えられている。さらに、それより小ぶりな鐘が、西と東に設けられた離棟に鐘つき堂ともども用意されており、仙術師たちは用途に応じ、それぞれの音を打ち鳴らしているのだ。
 近隣住人からしたなら迷惑きわまりないけれど、これに文句を言うため迦仙に乗り込んだ相手の話は、これまでに一度として聞いた試しがない。
 むろん。それは身体的、技巧的に優れた仙術師への畏敬、などという聞こえのいい理由ではなく、得体の知れないよそ者とかかわりをもたないためである。
 とはいえ、もはやどちらも同じ土地に骨を埋める同士。特別な親交があるわけではないが、特別に険悪というわけでもない。
 というより、むしろ仙術師とブレイゾンシュタットの名物である裏稼業人は、こうして肩を並べる以前から、どこか近しいところがあったのだ。
 彼らは双方ともに実力主義であり、技術の高さが常に物を言う。
 でなければ生き残れない場面が生活上にあふれ、下手をすれば、本来の役目を成す前に、仲間内の手合わせで絶命することもありうる。
 そして彼らは、自らの心技体に磨きをかけることを至上の喜びとしたうえで、現世の向こう側にある力≠熕Mじていた。
 にわかには受け入れがたい、各地に伝わる摩訶不思議な伝承。
 鵜呑みにするにはためらわれる、人界に生ける魑魅魍魎の記録。
 何度となく議論を呼ぶ、私たちと隣り合う、異なる世界の存在。
 仙術師と裏稼業人はそれらすべてを当然のこととして、互いの分野をさらなる高みへと押し上げるべく、日夜努力を続けているのだ。
「エストック。君は、彼らのことをどう思う?」
「彼らって、仙術師のことか?」
 尋ねれば、エストックはこちらを振り返り、左手で自身の顎をさする。
「なんていうか、怪しいよな。外でも会わないし。普段は何してるんだろうな」
「君は……怖くは、ないの?」
「へ?」
 エストックは予測していなかったという顔で、間の抜けた声を出した。
 どうやら、怪しいとは思いながら、恐ろしいと感じたことはなかったらしい。
 私はこの頃――子供であったゆえか――仙術師に明確な恐怖心を抱いていた。
 医者として食いっぱぐれがないだろうという楽観と、ブレイゾンシュタットに住んでいるのなら当然という感覚も手伝い、裏稼業人を怖れてはいなかったが、彼らは別だ。彼らは自在に、現世の向こう側にある力≠サのものを操ることができるのだ。それらは医学や科学が通用しない領域。
 もしも、そんなものが自分自身を、あるいは家族を、または友人を襲うことがあれば、それに抗う手段が浮かんでこない。
 万が一の事態を考えると、私は夜も眠ることができないほどに怖ろしかった。
「あの城にいる人たちがホンモノなら、僕は彼らが怖い。とても、怖いと思う」
「怖い、かぁ……」
 私から真っ直ぐに見つめられ、エストックは両の腕を組んだ。
 やがて瞳を二度、三度と回転させ、あっ!! と大声を発する。
「それは考え方が後ろ向きなんだよ、クレメンツ」
「――と、言うと?」
「いいか、よく聞いとけよ」
 彼は思いついた事柄を、咳払いをして雄弁に語りだした。
「あいつらが俺たちに何か仕出かす。こう考えるからいけないんだ。あいつらが俺たちに何かしてくれる! これなら楽しくなってこないか?」
 たとえばアレだ、とエストックは夕日を指差して続ける。
 迦仙の一部を茜色に染める夕日の照り返しで、親友もかすかに色づいていた。
「夕日ってのは綺麗な割に、あっという間に沈むだろ? だけどそれを、仙術師なら好きなだけとどめてくれるかもしれない。このアイスだってそうだ」
 アイスのコーンについていた包み紙を路地に置かれたゴミ箱へと投げ捨てて、エストックは口を休めることなく、進める足までも速めていく。
「仙術師がその気になれば、ビデオを巻き戻すみたいに新しいのが生えてくる、なんて芸当もできないことはないだろうさ。代金一回きりで食べ放題!」
 なるほど確かに。仙術師が秘儀を虐げるために使う、と決まったわけではい。エストックが言うように、ロマンと夢にあふれた芸当をやってのけ、人々の心を温めてくれるのかもしれない。すべては仮定の思考遊技だが、どうせ考えるなら前向きであるほうがいい。
 まったく、エストックという奴はにくいことに、私では露とも思い浮かばない発想で、この身の内側に光をもたらしてくれる。
 クレメンツ少年は、この日で二度目となるエストックへの感嘆を吐き出して、彼が歩んでいく進路を、相手に悟られぬように唇をほころばせてついて行った。


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