小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第39回 O.O.S.『トライ・アンド・エラー』


   O.O.S.『トライ・アンド・エラー』

 下水道・スミスの回廊にて、ブリッツは娘を説き伏せようと、数多の言葉をもちいていた。
「ほんのちょっぴり、待っててくれればいいんだ。な、パパの言うこと聞いてくれよ。デカいケーキ食べさせてやっから」
「パパはいつもそう言うもん! このあいだも遅く帰ってきたじゃない!」
「あれは仕事仲間が俺を脅し……、ともかく、不測の事態だったんだよッ」
「フソクなんて意味知らないもんっ!」
 腰に手を当ててカンカンな愛娘に、ブリッツは片手を額に持っていく。
 誕生パーティができなかったことを、この子は深く根に持っているようだ。
「頼む、ベレッタ。今日は絶対に埋め合わせするから。本当に少しのあいだだ。十分……いいや、五分でいい。Five Minutes!」
 嗚呼、こんな情けないところを目にしたら、別居中の妻はなんと言うだろう。
 己の不甲斐なさを吐き出したくなるのを我慢し、ベレッタに両手を合わせる。
「本当にぃい……?」
 ベレッタは不信感を隠そうともせずに、訝しげな顔をした。
 妻によく似た顔立ちをしているので、ブリッツは妻になじられているような気分になるが、そう考えるとこの状況も悪くはない。……変な意味ではなくて。
「本当にッ! 約束だぜ」
「……しょうがないなぁ」
 ブリッツが小指を差し出すと、ベレッタはやれやれと自身の小指を絡める。
 おませさんの頭を撫でてから、斬鬼≠ヘ急ぎ足でスミスに会いに行った。
 ――部屋に辿りつくと、彼女はどっしりと落ち着き払った様子で、机の椅子に寄りかかりながら古文書に目を通していた。伊達眼鏡をかけて、空いている左手に煙草を構えた姿は、巨匠の絵画から飛び出して来たようなはまり具合だ。
「アネゴ、本を返しに来たぜ。次のも貸してくれ、翻訳してあるヤツな」
「なんだい、いきなり。慌ただしいねぇ」
 駆け込んできたブリッツに、スミスは書物を閉じて応じる。
「光刀武計(こうとうむけい)の本は三冊もあるんだよ? そんな簡単に訳し終えると思うのかい?」
 光刀武計とは――日本に実在したとされる、とある侍の剣技。その俗称だ。本来、その剣士の技に定まった名前はなく、一時的に旅路に同行した戦忍が、仮の呼称として名づけたもの。
 ブリッツはその侍の技を実戦に用いたり、ときに己の性に合った形に改良し、新たな技を作り出したりしている。いわば指南書である。
「何を言ってんだよ、アネゴ。テメェなら、一時間とかけずに訳せるんだろ?」
「アタシだって、いろんな仕事を抱えてるんだよ。アンタばかり構ってられやしないのさ」
 スミスは煙草を灰皿に傾け、机に両足を乗せた。
 そして、パチンッと指を鳴らすと、せかせかと部屋の奥から小男が現れた。小男はひどく腰が曲がっていて、継ぎ接ぎだらけの衣服を身に纏っている。
「お呼びでゲスか? スミス様」
「対応が早いね、グロック。悪いんだけど、ブリッツのために光刀武計の二巻を持ってきてやっておくれ」
 彼女の指示を受け、グロックと呼ばれた小男はぺこりと頭を下げる。
 転びそうな走り方で本棚に向かい、どうにかこうにか書を引っ張り出す姿は、なんとも愛嬌がある。
「……おい、アネゴ…………」
 ブリッツは、こそりとスミスに話しかける。
 彼女は眼鏡を拭きながら、こちらに返事をした。
「どうしたってのさ。あんな奴がいたかって?」
「わかってんじゃねぇか。誰だよ、あいつは?」
「んー、お手伝いさんってヤツだろう。もしくは、召使かねぇ」
「おい、テメェ。召使なんて、どうやって手に入れたんだよ?」
 ブリッツは、スミスが汚い手段で手足となる人間を手に入れたのではないか、と鋭い視線を彼女に差し向けた。
「それがね、アタシにもわからないんだよ。突然ふらっと現れて、『手伝いたいでゲス』ときたもんさ。まぁ、アタシとしちゃ、助かってるからいいんだけど」
「物好きってことか? いいのかよ、勝手に大事な物いじくらせちまってよ」
「悪さするようには見えないしね。一声かければ動いてくれるし、働き者だよ。心配はいらないだろう」
 スミスの他人を見る目は確かだ。彼女の見立てに間違いはあるまい。
 それにしても……と、ブリッツは考える。
 地下下水道を住処にしている物好きな女など、裏稼業人がこぼさなければ、噂にもならないだろう。グロックという男には、業界に属する知人でもいるのだろうか。
「どうぞでゲス、ブリッツ様」
「お……、おう。あんがとな」
 書物を受け取り、礼を述べたブリッツは、相手の顔をしげしげと眺める。
 すると、グロック自身にも、荒事に参加していたような手術跡が見られた。生々しい縫い傷を着込んだ白衣で隠し、にこやかに微笑む姿は、なんだか妙に元気づけられるものがある。
 一般人が目にしたなら、グロックのことを醜いと忌み嫌ったかもしれない。
 だがブリッツには、容姿にとらわれず強く生きるグロックが、徳の高い僧のように感じられた。それに傷跡はあるものの、彼自身の愛らしさが、友好的な空気を全体から放っている。
 書物を胸元にしまうと、グロックはもう一度ぺこりと頭を下げ、奥に下がる。
 その足取りも使命をやり遂げた満足感を放っていて、ブリッツの唇は綻んだ。
「あれでも、アンタには悪者に見えるのかい?」
「いいや。あれは善人だ。仲良くしとくことにするぜ」
「今後、何度か会うだろうしね。いっそ、翻訳もあいつにやらせようか?」
「そこはアネゴがやってくれよ。読めなきゃ意味がねぇんだ」
 そりゃあそうだねぇ、とスミスは表情を和らげた。
 一年に一度あるかどうかという頻度ではあるが、彼女は稀に、慈母がごとき笑みを見せる。彼女も人間だ。人付き合いが嫌いだと豪語していても、孤独を好んでいるわけではない。関わり合いを持ってくれる人間に親愛を感じていることが、気が緩むと顔に出てしまうのだろう。
「何を見つめてやがる、サムライマン。次の嫁にでも狙ってんのか、オマエ」
 心を休めていたふたりの視界に、ダウンジャケットを身に着けたクラスターが入り込んだ。赤いサンバイザーは薄明かりのなかで煌めき、彼特有の粗暴な雰囲気をかもし出している。
「クラスター……。言っとくが、俺はまだ離婚してないぜ?」
「実家に帰られていれば同じことだろ」
 クラスターは面白くもなさそうに、電銃ライトニングをスミスに差し出した。銃器に不具合が生じ、彼女に点検を依頼に来たらしい。
「全然違ぇってんだ! 娘の耳に入るかも知れない距離で妙なこと言うなよ」
「可愛げのないマセガキだったな。父親に似ちまって可哀相に」
「余計なお世話だ。つーか可愛いだろ!? 天使のようによォ」
 ブリッツは、首元に下げている牛の頭骨を模した首飾りにしまわれた写真、愛娘ベレッタの姿をクラスターの眼前に突きつける。
「見ろ、可愛いだろ? 愛らしいだろ? ほのかな色気があるだろ?」
 クラスターはこちらの親バカぶりに呆れつつ、もう一挺の銃器を取り出した。
 この銃器は銘をスティングといい、弾丸にカミソリの刃を放つ特注品である。
「刃銃スティングも誤作動したってのかい? 扱いが雑だねぇ、まったく」
「もごもご言わずに直せ、スミス」
「テメェら、人のこと無視すんなよ! 可愛いだろ、ベレッタ!?」
「「はいはい、可愛い可愛い」」
「気持ちが込もってねぇんだよぉおおッ!」
 ブリッツが叫べば、スミスはなんとも言えず、楽しそうに笑って見せる。
 クラスターはぼそりと、「チャカが万全ならなぁ」と不穏な台詞を呟いた。
「落ち着きなよ。お嫁に逃げられた、元・旦那さま」
「だから逃げられちゃいねぇよ。ちょいとシンキングタイム≠ネだけで――」
「「そう言い続けて、もう三年になるよな」」
「…………うっるせーーっ!」
 拗ねたようにブリッツが顔をそむけると、いよいよスミスはプッと吹き出す。
斬鬼<uリッツ・エンフィールドの結婚相手は、イギリスの資産家の娘――いわば令嬢というものに当たった。
 令嬢の名前はイノクシア・ブリガディール。高潔なる姫君そのものであった彼女にはブリッツの粗野さが魅力として映ったようだが、なにぶん、育ち方に天と地ほどの差がある夫婦。それまでの境遇や価値観が手枷足枷となることも、仕方がないと言えば仕方がない。
 それにともない、ブリッツが愛娘の養育費のために裏稼業に手を染めることになったのも、これまた仕方のないことだ。
「もう四分か。今日は、ベレッタと誕生日のやり直しをするって決めてんだ」
「それ、これからってことか?」
「ほかに何があんだよ。当然、決まってんだろ?」
「そいつは、またも気の毒なことだな」
 クラスターは調整された銃器を受け取って、足早に部屋を出て行こうとする。
「気の毒……って。おい、なんだよ、意味わからねぇぞ」
「よくあることだろ。予定の変更は俺らにはつきものだ」
 予定の変更? 仕事が出来てしまっているということか?
斬鬼≠ヘ、連絡された覚えのない用事に小首をかしげる。
 しかし、メアリーがとクラスターと別行動をしているということは、彼女は彼女で、仕事の準備に取りかかっているということかもしれない。
「はいよ、こちらスミス。……ウェッソン? どうしたんだい?」
 不意に、通信のつながった無線機へと、スミスが応じる。
 話している内容は急を要するらしく、数分と置かずに彼女は険しい顔となる。
「北宿舎区のヤツだね。ああ、了解した。押しかけ方法はどうするつもりだい」
「押しかけ? こっちにも説明しろよ、アネゴ」
 ブリッツが話しかけるが、スミスは片手を上げて配下を黙らせる。
「なるほど、そいつはにぎやかだね。発案者は? だろうねぇ、予想してたよ」
「おい、シカトしねぇでくれよ。エクレア・スミ――」
 本名を呼び注意を引こうとすれば、彼女は迷わず、拳銃アルマに手をかけた。
 こちらの喉から五センチ離れた箇所に、鉛色をした弾丸がズガンと着弾する。穿たれた壁の弾痕からは、わずかに硝煙が立ち上った。
「そうかい。うん、ここの二人も向かわせるよ。集合場所は木蘭艶紅で」
 彼女はなにくわぬ態度で通話を終え、硝煙の上がるアルマに息を吹きかける。
「ブリッツ、急ぎの仕事だ。何がどうしたかは集合場所で聞きな。さっ、働け!」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 356