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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第36回 36


   O.O.S.『望まない力』

「このダボハゼッ! スットコドッコイのボケナスがぁッ!!」
 激しく憤り、ディアナ・ストライフは、ウクル・ストライフを蹴り飛ばした。
 彼女の露出過度なカウガールファッションは、目にする部下どもの血流を促進させるのには効果てき面かと思われるが、怒りに満たされた強張った表情では、なびいていた者たちも裸足で逃げ出すことだろう。
「怒らないでくれ、ディアナ……! ウクル、そんなつもりなくて…………!」
「あんたがどんなつもりだったかはどうでもいいんだよ、こんの田吾作ッッ!」
 ディアナはウクルの頭髪を掴むと、乱暴に引きずりまわす。
「カタギに手ぇ出さないのは、最低限のルールよねぇええっ、ウクルぅぅう!」
 壁に叩きつけられ、ウクルはゴホッとむせる。これまでにも失敗を責められたことはあったが、こんなに苛烈な叱責は初めての経験だった。
「わたしらの世界で起こったことは、わたしらの領分で片をつけるのが当然! あんたはそれを破った。ストライフ自衛団すべてに泥を塗ったんだ!」
 ディアナは執拗に彼を殴り続けたが、一向に怒りは収まらない。
 それどころか、男のくせにピーピー泣き叫ぶ弟に、憤怒は増すばかりである。
「クールになれ、ディアナ。まずはウクルの話をきちんと聞こうぜ」
 それまで沈黙を守っていたイカルス・ストライフは、ソファに沈めていた身を起き上がらせ、ゼブラ模様のスーツからキャンディを取り出した。
「甘くてク〜〜リィミ〜〜な、コレを舐めて気を落ち着かせろ。そらっ、二粒」
 イカルスはキャンディを投げ渡し、足を組み直す。
 ディアナとウクルは団長を見つめて、ゆっくりと甘味に手を伸ばした。
 両者はそれを舐め転がし、互いの顔を見やる。彼女がすぐに顔を逸らすので、ウクルはがっくりと肩を落として、キャンディを吐き出してしまう。
「気分が和らいだろ?」
「少し、だったら……」
 それならいい、とイカルスは組んだ足に両手を乗せる。
「ではでは、愛しき弟よ。聞かせちゃくれねぇかな。事の顛末ってヤツを」
 イカルスは穏やかにウクルに尋ねる。
 弟分が動いたことを責め立てるつもりは毛頭なかった。ストライフ自衛団団員に指示を出したのは、団長であるイカルスだ。だから、その旨にしたがい行動を起こした弟を褒めることはあっても、罰したりは決してしない。
 が、結果が見過ごせるものでないことも確かである。聞き出せたところで結果が変わるわけではないが、気持ちのうえで理解を示すことはできるようになる。事の始末をつけるのは、それからでも間に合うだろう。
 たとえ無理でも間に合わせてやる。それが頭を張った団長の務め。
「あ、ああう……。その、そそそ……」
「ハッキリ喋れ! みみっちくても付いてんだろう!」
 ディアナが痺れを切らして、武器である鋼鞭で床を叩いた。
 打ち砕かれた破片は宙に浮き上がり、いっそう、あたりの埃を際立たせる。
「だーから、クールになれ。話し出しそうだったのに、仕切り直しじゃねぇか」
「こんな畑の肥料にさえなれない抜け作の話を聞いてどうなんのさ! キレてるイカレポンチよ、こいつは!」
「だとしても、弟だ。痛めつけていい理由はねぇ」
 イカルスは立ち上がり、ジーンズに繋いである鞘から双剣を引き抜いた。
 リトル・ウィングというのが、手にした双剣の銘だ。怪鳥の両翼を連想させる刃の表装は厳かに煌めいて、果てなく続く闘争の果てまで羽ばたく覇気勇心を、揮う者にもたらす。
「ディアナ。おめーの武は今後の予定に取っとけ。言っている意味、わかるか」
「わかるわよ。当たり前じゃない。団長だからって、上から物を言わないで」
「馬鹿にしたように聞こえたか?」
「だいぶ、凄く、かなり――――ね」
 嫌悪の表情を露わに、ディアナは鋼鞭をしならせて、イカルスに放った。
 生きているように襲いかかる鋼鞭を左手に持った剣ではね返すと、イカルスは的確に双剣リトル・ウィングを投擲する。解き放たれた鋭利な飛翼はディアナの衣服を射抜き、勢いのまま標本のごとく彼女を壁に打ちつけた。
「……! いつまでも偉ぶれると思わないで! 男社会なんてクソくらえよ!」
「吠えるだけなら誰だってできる。現状を変えたければ、きちんと腕を磨きな」
「…………く、クズ野郎どもめ……!」
 ディアナは双剣リトル・ウィングを抜き取り、蟹股でドスドスと部屋を去る。
 ウクルはおろおろとふたりを見、自らのせいだろうかと、深く溜め息をつく。
 イカルスはそうした弟の頭に手を置き、気にするなと声をかけた。
「そんな暗い顔するなよ。ディアナは体調の不如意があったんだ。でなければ、今日は好物のBLTサンドが食えなくて荒れてるんだろよ」
「……………………」
「……元気を出せっ、ウクル。おめーが理由もなく医者を殺すわけがないのは、あいつもわかってる。問題なのは、肝心な理由をおまえが話さないからだ」
「理由……殺した、理由は――」
 ウクルは、ぽつりぽつりと、商港倉庫から先に起こった出来事を話し始めた。
 気を失い倒れ込んだあと、〈斬鬼〉に運ばれてニコムスの勤める中央病院の正面に投げ捨てられたのだ、と。しばらくは力なく倒れ込んだままであったのだが、そこにひとり男が姿を見せた。仮面で顔を覆い、鎧や籠手で全身を包んだ男だ。
 おぼろげに意識を取り戻したウクルに、その男はこう語りかける。
『個体としては悪くないな。生きている人間にはいままで試したことはないが、君なら第一被験体にピッタリだ』
 男は人差し指の爪を開いて、何かをウクルに撃ち込んだ。
 途端に感じた激痛に、狂ったような叫びをあげ、病院内の医師を呼び寄せる。
「イカルス団長……ウクルは、夢でも見ている気分だった……。夢だったなら、どれだけ良かったか……ッ……!」
 運ばれた部屋のなかで、己自身の全容がおぞましい怪生物に変化したのだと、ウクルはあふれ出した涙を拭いながら話す。己の意志とは無関係に膨れ上がった肉体で医師たちを引き裂き、噛み砕き、喰い荒らしたのだと。
「ウクルはやってない。あんなの、おれは望んでない……!」
 ウクルは両手を見つめ、得体の知れない自分自身に恐怖していた。
 いずれ仲間のことさえ見境なく殺すようになるとしたら、ケダモノと同じだ。
「クールだ、クールになれ、ウクル。おめーに何が起きたのかはわからねぇが、俺たちがファミリィであることに変わりはねぇ。俺はおまえを疑わねぇよ」
「団長……! 団長ぉおおお……!」
「っておい、引っついてんじゃねぇよ。高級なスーツが汚れちまうだろうがよ? ……こりゃあ、もう一着買わねぇとだな」
 イカルスはこすりつけられた涙と鼻水に、苦笑いしながら息をついた。


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