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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第34回 34


 グレイ・セイントは、手にした途方もない力に、内心で震えていた。
 一人前の使い手であると老師に太鼓判を押されはしたけれど、これほどまでに強大な力を制御したことは、今までにいちどだってなかった。
 与えられた武具、破魔護符は、渦を巻くように身体のまわりを浮遊している。修練相手であるフレアからの遠距離攻撃を防ぐには有効な形態ではあるものの、意のままに揮うのとは程遠い姿だ。ひとたび、破魔護符を攻撃に転じさせれば、きっと思惑を離れた破壊行動を為すだろう。
 おそらく――いいや間違いなく、この力は暴走する。
「グレイ、心を澄ませて。難しく考えてはドツボに嵌るわ」
「わかってる……やり遂げなくっちゃね」
 グレイは、厳しい修行をともに乗り越えた彼女のことを、篤く信頼していた。
 フレアの仙術師としての技量を信じ、己自身も信じてみることにしよう。
 老師はその能力があると見込んで、この手に破魔護符を託したのだから。
「――展開せよ! 我が意に応えて敵を討てッ!」
 号令で護符の群れは防御形態を解き、突き出した右腕の前に十字の形に集う。
 破魔護符の攻撃形態のひとつ、十字型(クロス)である。
「行くよフレア、覚悟して!」
「No Problemよ。いつでもどうぞ」
 フレアは己の得物である光弓の弦を引き、輝ける矢を補充した。
 仙術師の扱う武具はみな、基本的に使い手の心のあり方によって定まる。
 煌めきを放つ武具を操る両者は、どちらも称号持ち≠フ仙術師。本来ならば迦仙を独立して師の立場にあっても不思議ではない強者だ。
 間合いの開けた位置から、荒ぶる破魔護符を向かわせる。聖性の込められた指からなる指示にそい、破魔護符はフレアに直進していった。
 だがしかし、暴れ馬である破魔護符は、迸る力で支配権から逃れようとする。ただ真っ直ぐに走らせるだけでも、グレイの感じる負担はとてつもなく重い。
 いっぽうのフレアは、迫りくる破魔護符の速度を落とそうと、光弓から目にも留まらぬ速さで射撃を繰り出した。放たれるたびに輝きの尾を伸ばす連射撃は、護符に行き当たると弾き飛ばされ、城壁や石造りの床に突き刺さる。
「無駄か……だったらッ!」
 彼女は突風に巻き上げられた木の葉のように跳躍し、手元に残っている六本の矢を交わらせて、一本の大型の矢に変化させた。横に猛回転しながら、上方まで追ってくる破魔護符に、狙いを定めて弦を絞る。
「弓よ、煌めけ! 矢よ、轟け!!」
 高められた光矢の持つエネルギーは、射撃を放ったフレア自身までもを反動によってさらに上空に打ち上げた。彼女はそうした高い視点より、せめぎ合う秘儀を両の瞳に映す。
「…………つくづく、仙術師の操る術技とはとんでもないものね」
 そして、それを悪用していると思わしき我々の未知なる敵勢は、必ず止めねばならない存在なのだと、フレアは唇を堅く引き締めた。
「見っけた、見っけたぁ! グレイ、フレアーーっ!」
「「!?」」
 物々しい空気などなんのその、蒼劉が秋蜘蛛と城内広場に姿を見せる。
 その緊迫感のない声に、グレイとフレアは、思わず気が削がれてしまった。
 支配から離れた力は暴走。破魔護符は輝ける矢を砕き、直進しようとする。
「フレア! ……秋蜘蛛ッ!」
 同期の危機を救えと、グレイは秋蜘蛛に声を飛ばした。
 秋蜘蛛は煙のように身体を霧散させたかと思えば、フレアの間近に姿を現し、彼女とともに攻撃範囲を遠ざかる……つもりでいた。
「ちぃっ、俺の速さに追いついてくるのかよ、こいつ!」
 破魔護符は背にぴたりと追走してくる。身のこなしに自信のあった秋蜘蛛は、この事態にさり気なく、かなりのショックを受けていた。身体をかわそうにも、下手に動けば迦仙が破損するだろう。両腕に抱えるフレアを乱暴に扱うわけにもいかない。八方ふさがりか。
「秋蜘蛛、蒼劉よ。彼女のほうに走って」
「蒼劉……。なるへそ、そういう手かッ」
 取り乱した素振りを見せないフレアの考えに、秋蜘蛛は間髪入れず同意する。
 蒼劉だったら、この場をどうにか治めることができる。
 それだけの能力が、相方の身体には備わっているのだ。
「トチらないでくれよ、蒼劉! 考えは読めてんだろうな?」
「どーんと来なよ。受け止めちゃうからっ!」
 蒼劉はぱしぱしと自らの頬を叩き、気合いを注入。
 青と白で彩られた衣服を翻して、呪文を詠唱する。
 小柄な体躯のまわりに、急に旋風が舞い上がった。
「条理を捻じ曲げ、人界に戻り来る我に助力を与えたまえ! 過程を捻じ伏せ、事象を撥ね退ける力を与えたまえ!」
 蒼劉が祈るように両手を合わせれば、その中心に半球状の結界が展開される。
 向かい来る破魔護符は、結界に突き刺さりこそしたものの、それ以上は前方に進めずに阻まれる形となる。
 蒼劉が自身を誇るように結界の内側で会釈をするので、グレイたちはみんな、蒼劉に拍手をしてやることにした。
 すると蒼劉は、ジェスチャーで三人に意志を伝えようと、腕を動かし始める。
 まず指差されたのは、破魔護符だ。
「なんだい、蒼劉。それがどうかした?」
 グレイが話しかけるなり、蒼劉は指先をこちらへと向ける。ついでに、小首をかしげる動作もして見せた。
「貴方の物かを訊いているようね」
「あっ、そういう意味か。そうだよ、その破魔護符は僕のっ」
 訳してくれたフレアの言葉を受け、グレイは両腕で大きく円を描く。
 そうしたなら、蒼劉はまた破魔護符を指差し、両手の親指を立てる。
「そうだね。すごい力だ。使いこなせるまで苦労しそうだよ」
 返事を聞いた彼女は、こくこく頷いてから、人差し指を立てて左右に振るう。
 グレイ、フレア、秋蜘蛛の三人は順番に、蒼劉のジェスチャーを読み解いた。
「確かに、すごいけれど?」
「あたしの結界のほうが」
「もっとすごいよ……か」
 三人は彼女の意志を解して、顔を見合わせる。
 そんなことはわざわざ説明されるまでもなく、見ればわかることであったが、彼女としては強調しておきたい事柄だったに違いない。
「ええ、そうね。貴方の結界を破れる力なんて想像もできないわ」
「でっしょう!? でしょでしょっ!」
「って、結界内でも普通に話せるんじゃないか!?」
 グレイは蒼劉の戯れに片足をフラつかせ、転びそうになるのを踏み堪える。
 フレアはそんな様子を、くすりと笑った。
「グレイ。貴方のそういう、からかい甲斐のあるところ。私はとても好きよ」
「いやフレア、それ褒めていないよね。バカにしてるよね」
「そうよ? バカな子ほど可愛いってよく言うじゃない?」
「耳にはするけど、違うからね? 僕はバカな子じゃないから。賢い子だから」
 現在進行形で賢くなさそうな返答をし、グレイは困ったような顔をする。
「と、とにかく、破魔護符をしまおう。いったん、修練は終わりだ」
 こちらのそばまで、破魔護符を手繰り寄せる。あらかじめ仙力(せんりき)の充填された荒縄ですべての護符をひとまとめにして、法衣の内側に忍ばせる。
彼の者の遺産#j魔護符。
 真の担い手を称するには、もっと長い訓練期間が必要なようだ。
 把握しきれていないが、使用可能な形態には何十とおりものバリエーションが用意されているものと考えられる。やや気難しいきらいはあれども、いくつもの場面に対応できる可能性を秘めた武具なのだ。
「飼い慣らすのは難しい?」
「No Problem.ワンちゃんも、初めから言うことを聞いてくれるわけじゃない。仲良くなって絆が生まれて、そこから芸を覚えてくれるようになるんだ」
「なら、急いで仲良くなれよ」
「あはは……簡単に言わないでほしいなぁ」
 グレイが苦笑ののち額をかけば、フレアと秋蜘蛛が口元を緩める。
 そうしたやりとりを目に、蒼劉が結界を解き、三人に声を飛ばす。
「みんな、トンファーがお呼びだよ。作戦会議だって」
「作戦? 立てても、いつも本人が台無しにするのに」
 フレアが確信を突いた言の葉を放てば、着用する衣服が輝き、突然、ひとりの女性が広場に出現した。女性の顔には「戦」と記された札。そして、その衣は、赤と白に彩られた蒼劉と色違いのものである。
「本当のこと言わない。トンファー、その手の言葉にヘソ曲げんだから」
 彼女の名前は緋劉(ひりゅう)といい、蒼劉の実の姉であった。
 緋劉、蒼劉、秋蜘蛛。三名は人間ではない。
 仙術師が行う秘儀、識神だ。
 死して幽界へと旅立った霊魂を、生前の品を媒介とすることで呼び戻す術式。その効果によって呼び出された、過去の仙術の戦士たちである。
「姉さん! 姿が見えないと思ったら、サボり?」
「英気を養っていたの。戦略的休息よ」
 物は言いよう。緋劉は肩をすくめて話し続ける。
「それに、ナビゲート役も疲れるもんよ。フレア、何度言っても覚えないから」
「助かっているわ、緋劉。とってもね」
 緋劉の言葉に、フレアは頭を下げた。
 何を隠そう、フレア・ヂャミングは、壊滅的な方向音痴なのである。
 フレアの方向感覚のなさは、住み込んでいる城内でさえ迷ってしまうほどだ。
 日々鍛錬に明け暮れ、目が回るほどに多忙であることはわかるが、だとしてもいい加減、迦仙の構造程度は把握してもらいたいというのが、フレアに幽界から招かれた緋劉の本音に違いない。
「無駄話をしていていいのか。トンファーのトコ、行くんだろ?」
「うん。老師を待たせてはいけない。怒鳴られたりしたら怖いよ」
 秋蜘蛛の発言を受けたグレイの呼びかけに、それぞれ首肯する。
 作戦がどのようなものになるのかは、まだ推測すらもできない。
 しかし計画だけに終わったとして、準備が大事なのだ。
 ブレイゾンシュタットに広がろうとしている邪悪なる企て。それを成敗するは自分たちのほかにないはずと、五人は最上階に向けて足を進めた。


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