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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第30回 30


 自宅から中央噴水広場に出た蒼は、満依との出会いを想起する。
 手始めは、決して豊かとは言えない蓄えを旅路の道連れに、実家である道場を離れて、数ヶ月あてのない旅を続けることになった経験からだ。
 その間、いくつか言語や風習を学んだが、よそ者が歓迎されるようなことは、ほとんどなかったと記憶している。見た目も話す言葉も異なるのだ。宿を借りることも食事を分けてもらうことも、蒼には困難きわまりなかった。
 蒼はついには、とある街で空腹に意識を失った。
 そして次に気づいたときには、病院の寝台に横になっていたのだ。
 身体の疲労。過度の精神ストレス。栄養失調。
 それらから蒼を救い、手厚く看護してくれた医師は、目覚めたこちらに向け、
『代金は要らない』と言った。
『私には、君たちのような事情の入り組んだ人々を見下すつもりは一切ないし、そうした者たちから入院費を取り立てるつもりもない。助けたことが迷惑なら、拳骨の二、三発も覚悟しよう』
 その優れた医師は真摯に告げると、消化のいい食べ物を手渡してくれた。
 手渡された食事に手をつけると、両目からは感涙が自然とあふれてきた。
 こんな薄汚い少年に、わけも聞かずに施しを与えてくれる人間がいるとは……そう考えたら、感謝を述べるよりも先に唇が震えていた。
 やっとのことで医師に礼を告げた蒼は、『親切にしてくれたお礼は必ずする』と約束を交わし、この街での食い扶持を探すことを決心する。
 すると医師は、
『万が一、カタギの仕事に就けなかったときは、この女性に連絡をとりなさい。君にその力があるのなら、彼女は選り好みをせずに迎えてくれるはずだ』
 と口にして、〈魔銃のスミス〉の隠れ場所を教えてくれた。ニコムス医師には、これまで診てきたあらゆる患者からのコネがあったのだろう。
 蒼は、何から何まですまない、と頭を垂れた。
 我が身はふたつの僥倖に恵まれていた。
 ひとつは、自らの技量が、暗黒街を渡っていくだけの域に達していたこと。
 ひとつは、スミスが籠手を研究対象武具として新開発していたことである。
 やがて名前の売れはじめた蒼は、ブレイゾンシュタットのとある違法風俗店をつぶす仕事を、ひとりで引き受けることが決まった。
 三池満依は、その店で働かされている娘だったのである。
 彼女は、世界的な女優を夢見て、ブレイゾンシュタットにやって来ていた。
 しかし都会の風は、やはり、よそ者には冷たいもの。身を持ち崩した彼女は、そのうちにポン引きによって、売春の手伝いをやらされる羽目に陥ってしまう。
 この街での彼女は災難続きだ。状況は最悪を通り越して最低。
 満依のおとなしい性格は、そうした目的で店舗に通う男どもに都合のいいものであり、このままでは彼女の精神がまいってしまうことは明白であった。
 蒼は〈双神〉から容姿の良さを見込まれ、女性の恰好をして風俗店に潜入し、暴力団がらみの店を鎮圧。関係者をことごとく役所に突き出すことに成功した。
 そして――蒼と満依はそこで出会ったのだ。
 彼女は利己的な欲にしか目を向けない豚野郎どものせいで、疲れ果てていた。
 蒼には、そんな満依の姿が、他人事とは思えなかった。どちらも都会の凄惨な洗礼を受けた者同士。蒼流星には彼女の姿が、ニコムス医師に出会う前の自身と重なって映っていた。
 初めのうちは……とても彼女は心を開こうとはしなかった。
 それは至極当然のことだ。これまでの経験で、満依は男というものの恐怖心を払拭できずにいる。またこいつも、この身体を道具のように扱うのかと、距離を置いて座っているだけでも、満依は身を震わせて怯える毎日だった。
 悩みあぐねた結果、満依に必要なものは信頼できる友人だという結論に至り、蒼はメアリーに白羽の矢を立てた。あのタフさがプラスとなれば心も回復する。
 ……気がついたら、満依のことばかりを考えるようになっていた。
 彼女には、なんとしても幸福をつかんでほしい。
 そのためならば、己の立場が危うくなってもかまわないとさえ思えた。
 満依は蒼流星の支えとなり、蒼は彼女の人生を支えたいと願ったのだ。
 蒼は、隠し持っている小ぶりの剣、影満を取り出して眺める。
 満依が親切へのお詫びと、相棒との新しい門出を祝い、贈ってくれた品物だ。
 これを肌身離さず持っているかぎり、たとえ遠く離れていても、通じ合える。
 それでいい。もう心は満たされたはずだ。
 肌を重ねることで忌まわしい記憶を呼び起こし、我が身を嫌うように仕向けたつもりでいたが、満依は連絡をとってきた。今すぐではないにしろ、こちらからキッパリと、関係を断ち切らねばならないだろう。彼女のためを想うのならば、そうしなくてはならない。
「なぁ、彼女ぉ〜〜、ちょっと来いよ」
「悪いようにはしねぇってば。な?」
 耳障りな男どもの声が、思考を中断させる。
 見れば、ふたりの男が若い女性に声をかけていた。
 この女性は時代がかかった絹物を着用して、相貌には「護」と表記された札を張りつけた奇怪な恰好だったが、重要なのはそこではない。
 この街には未だに、嫌がる女性に無礼を働く豚がいる、ということだ。
「離してよ、早く戻らないといけないのに!」
「いいじゃんかよ〜〜、そんなこと言わずに……ウゲェッ!」
 女性の手を引いていた男が、当身に意識を失い、地面に倒れ伏した。
 もう片方の男はその様子を見て、顔を青くする。
「ひっ、なんだよ、てめぇは!?」
「卑劣漢に名乗る名は持ち合わせていない。消えろ」
 静かに口にすれば、男は刃物を取り出し、女性に突きつけるようにする。
「来んな、来んなよ! そこから一歩でも近寄ったら――」
「刺すというのか。男のおまえが、丸腰の相手を」
 指の骨を鳴らして、蒼は二歩後ろに下がった。
「かまわんさ。おまえに近づく必要はない」
「……んだぁ?」
 どういう意味だよ、とわずかに構えを緩める男。
 その隙を逃さずに、札を張りつけた女性は、後頭部を男の顔面に衝突させた。
 さらに、女性は怯んだ男の腕を掴み、足払いから華麗なる投げ技を披露する。
 どしんっと、したたかに背を地面に打ちつけた男は、何事か呻いて気絶した。
「情けない奴だ。……いや、これは君のお手柄といったほうが正しいか」
 蒼は卑劣漢の腹部に寸止めの拳を打ち、札を張りつけた女性に向き直る。
 彼女は、ふふんと得意そうに鼻をかいて、微笑んでみせた。
「そっちが手助けしてくれたおかげだよ。なんか、スッゴク助かっちゃった」
 てへっと舌を出して、女性は握手をしようと手を差し出してくる。
「名前はなんていうの、恩人さん?」
「蒼。蒼流星だ」
 こちらが名乗ると、彼女は瞬きをし、
「うっそ!? ものスゴイ偶然! あたし、蒼劉(そうりゅう)っていうんだ。似てる名前だよねっ」
 などと喜び勇んで、興味深い偶然に飛び跳ねる。
 その視界の向こうは、彼女が戻らなくてはならない迦仙がそびえ立っていた。


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