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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第3回 3


 エストックは、感情を的確に表現できる奴だった。
 嬉しいときには屈託のない笑顔を作り、悲しいときには両目から涙をこぼし、怒ったときには拳をぎゅっと握りしめて叫ぶのだ。
 彼は負けず嫌いな性格をしていて、勝負事となればどんなものでも熱中する。
 今にして思えば、私は親友のそうした性格に、憧れを抱いていたのだと思う。
 エストックが見せる熱さは、この胸に芽生えたことのないものだったからだ。
 クレメンツ少年は父のことを嫌ってはいたものの、いずれは自分も父のような医者になるのだろうと、心のどこかで諦めていた。
 定められているレールの上で走るしかない。という呪縛のなかにあったため、無駄に力を入れて何かに打ち込むことに、意味を見いだせなかったのだ。
「おい、ぼーっとするなよ。クレメンツ。次、お前の番だぜ」
「わかってるよ、エストック。上達したダーツの腕前を見せてやる」
 先に説明したエストックの様子は、当たり前のことのように思われるだろう。
 だがクレメンツ少年は、自らの感情を表現することがどうにも不得意だった。まわりから読み解けるような行動を「みっともない」と考え、斜に構えることを「カッコいい」と勘違いをしていたためだ。
 そんな私にとっては、他者に憚らず心のままに振る舞うエストックは、とても異質で惹きつけられる相手だったと言える。
 彼と友になれなければ、自分はより歪み、捻くれた性格になっていただろう。
 親友の真っ直ぐな性格が、私を支える柱のひとつとなっているのは明らかだ。
 とはいえど、同い年の少年に向けるには、私のエストックへの惹かれようは、やや異常であった気がしないでもない。
 在学していた中等部では、課題として憧れている人物のレポートを提出しろ、というものが出題されたことがあるのだけれど――クラスのみなが名だたる偉人についてまとめるなか――、クレメンツ少年はエストックについて書き連ねて、職員室に呼び出された経験がある。
 教員からしたならば、ふざけているように思えたのだろう。
 でなければ単純に、話の通じない子供だとでも思ったのか。
 とにもかくにも、こちらからすれば腑に落ちない呼び出しであった。
 まったく、あの連中は思考が凝り固まっているのではないだろうか?
 おっと、いけない。これでは偏見に満ちた愚痴で、話が脇道にそれてしまう。
「あれっ、エストック!」
「あ、ホントだ! クレメンツもいる!」
 これは同学年の女子生徒たちの言葉である。
 六人ほどで集まって、たまたま、私やエストックが遊びに来ているダーツ場に立ち寄ったらしい。
 古びた遊技場も、女子が登場すると一気に華やかになる。おそらく彼女たちがなんらかの物質を放出して、淀んだ空気を清浄化しているものと考えられるが、これには諸説ある。昨今は新説も唱えられ、解明には今しばらくかかるだろう。
「君たちも遊びに来たの?」
「そうそうっ、喫茶店で喋るのにも飽きたからさぁ」
「この人数で……喫茶店?」
「そうだよ。なんかヘン?」
 別に変ではない。
 だが、女子数名でぺちゃくちゃと騒いできたんだろ?
 そのあとでここまで来て、またさらに遊ぶつもりか?
 意外に女子というのはパワフルだなと、クレメンツ少年は頭の隅で考える。
「そーだ、良かったら一緒にやんない? 私とペア組もうよ」
「嫌だよ。君らで勝手にやればいいじゃないか」
 …………その場の空気が凍る。というか、私が凍らせる。
 当時の我が必殺技のひとつ、エア・フリーズの効果てき面と言ったところか。
 ひとつ、ここでみなさんに伝えておきたいことは、私は別に女性が嫌いなわけではないということだ。異性への興味が徐々に込み上げてくる年頃であったし、そろそろ軽く誰かと付き合ってみたいなぁ、などと思っていたのがこの時期だ。
 けれどもクレメンツ少年は、そのいっぽうで、女子が非常に苦手でもあった。
 理由を挙げるとすれば、
@何かにつけてうるさい。
A他人の話に割り込んでくるのがうっとうしい。
B群れで行動する友情ごっこがめざわり。
 といった具合である。
 典型的な女性軽視型のガキであった自分は、遠巻きに眺めるのはいいが、
友達と仲よく青春してるところに、動く雑音が近寄るなよ
 という基本スタンスをとることが多かった。
 この考え方はとある事件を境に打ち砕かれるのだが、それは高校以降の出来事であるため、ここでは見送らせていただく。
「そんな言い方って、ないんじゃないかな」
「そうよ、エリスが可哀相じゃない」
 取り巻きが積極的に話しかけていた栗毛の女子のフォローにまわる。
「大丈夫だよ、みんな。いきなりだったから驚いただけだと思うし」
「何言ってんの、今のカンペキ向こうが悪いじゃんか?」
 その娘が大丈夫って言ってるじゃないか。黙ってろよ。
「せっかくだから、全員で遊ぼうって言っただけなのにね」
「クレメンツ。ちょっと、あんた。自分勝手なんじゃない」
 勝手に言い始めたのは君たちだろ。何を言ってるんだよ。
 クレメンツ少年は連なる口撃を受けながら、脳裏に浮かんでは消える言葉を、とりあえず声には出さずにいた。
 相手は女子数名。そしてこちらは男子ふたりに子供がひとり。何を言っても、火に油を注ぐだけだろうし、もとより聞く耳など持つはずもない。
 それに正直に言えば、ここまでの相手方の発言や態度はどうでもよかった。
 彼女たちが去るにしろ、自分たちが出ていくにしろ、そんな程度の出来事なら明日にはケロッと忘れられることだった。
 しかし、だ。このあとのやりとりのおかげで、驚くまでにこの日の出来事は、私の頭のなかに残されている。
「あーもう、気分悪い。最悪」
「クレメンツ、あんた――自分の親が医者だからって、調子に乗ってんでしょ」
「目つきがさぁ、見下してんのよ。あたしらのことを」
「わかるー! 自分は特別、みたいな雰囲気してさ!」
 ――――。ああ、すまない。少し気分の悪さに襲われていた。
 ええと、この娘たちは特に悪気があって、こう言ったわけではないと思う。
 こちらを攻撃する言葉として、脳内検索をかけた結果浮上したのが、こうしたものであった。それだけのことなのだと思う。
 けれど私には、それだけのことでは済まなかった。済ませられなかった。
 クレメンツ少年は、耳から脳に伝達される声に、それまで抱えていた不快感が消し飛ばされるのを感じた。一時的に頭と心が空っぽになったみたいだ。
 それから、瞬き程度のごくわずかな間をおいて、カァーッと身体じゅうが熱くなってくるのを悟る。それは言葉には言い表せないほどの激しい怒りであった。
 私はその怒りにまかせて、目の前にいる女子に右手を振り上げる。
 奇妙なことだが、ククリが両の目蓋を閉じるのがコマ送りに感じられるほど、この動作はひどく落ち着いて行うことができた。
 学生たちのほかは遊ぶ客のいない、古びたダーツ場のなかで、めいっぱい力を込めた平手の音が響く。
 平手は、父のことを引き合いに出した女子の頬を張ることはなかった。
 この平手を受け止めたのは、あいだに割って入った親友の手のひらだ。
「…………ッ!」
 これに両目を見開くことになったのは私ばかりではなく、自分を止めてくれたエストックを含めた、会場にいる全員だ。
 またしても、頭のなかが真っ白になった。
 言うべき言葉が見つからず彼を見ていると、彼は急にニッと表情を和らげた。
「いってぇよ、クレメンツ。気持ちは嬉しいけど、もうちょいやさしくな」
「え……? え……っ」
 何を言っているのかわからない私に向けて、エストックは親指で電光仕掛けのダーツ盤を示す。そこには――
「あっ……命中……?」
「Yes! 俺、ド真ん中なんて今まで当てたことねぇよ!」
 無邪気に、エストックは両手の拳を固めて胸元に折りまげる。
 妹のククリも駆け寄ってくると、兄のそばではしゃぎ始めた。
 張りつめていた空気が穏やかに移りいくのを感じて、私と女子生徒たちとは、
「おっ、おめでとう……」
 と、ほぼ同時に兄妹に向かって、自然に賛辞を送っていた。


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