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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第29回 29


 夢から脱した蒼は、妙にリアルで疲れる疑似体験を終えて、毛布をはぎ取り、深く呼吸をする。
 泡沫に見た満依の顔を思い返して、身体を寝台から起こす。
 洗面台にある鏡を見つめ、歯を磨き、髭を剃り、顔を洗う。
 どうということはない。いつもの朝だ。
 今日は一件、殺処分の依頼がある。昼過ぎには相棒と連絡をとろう――などと予定を立てつつ、寝間着から着替えて、あくびを噛み殺す。寝室からも見られるトレーニングルームは、昨晩使用した肉体改造器具にて占領されている。あれらを片付けるのは、仕事を終えたあとでいいだろう。どうせ同居人もいないのだ。
「む」
 枕元に置いてある通信無線機が反応を示す。ずいぶんと早い連絡だ。
 まさか〈狂公〉がこんな朝方から仕事の打ち合わせをするとは思えない。
 となれば相手は、〈斬鬼〉か銃殺狂者たちか。はたまた、〈征覆者〉か。
 とりあえず、誰とも知れない相手からの通信に、蒼は応じることにする。
「蒼流星だ。そっちは?」
 相手からは返答がない。
 まだ通信は続いているというのに、なにゆえに応えないのだ?
 そちらから連絡しておいて、礼儀に反しているのではないか?
「ヴェイグか? 悪戯なら付き合わんぞ」
 依然、応答なし。蒼はややじれた。
「次に無言で返せば、俺は通信を切るぞ。おまえは誰だ?」
「! そっ……蒼、さま……」
 応答口からは女性の声がした。
 満依のものだ。誰の手引きかは知らないが、満依が連絡をとろうとしている。
「ミツ。おまえなのか?」
「はい……私です。貴方とお話したく、ご連絡させていただいています……」
 聞こえる声は弱々しい。まるで叱られた子供のようだ。激しく問い詰めたわけではないのだが、彼女自身が、こうした行為を申し訳なく思っているらしい。
「話すくらいのことは一向にかまわないが、無線は誰から借りているんだ」
「それは……あの……」
 彼女が口ごもると、向こう側から別の女性の声がする。メアリーだった。
「わたしよ、蒼。あなたは朝からフルスロットルみたいね」
「メアリー。関係のない者に無線を貸し与えるんじゃない」
「まぁっ、聞いた、ミィミィ。関係のない者ですってよ?」
 おまえはどっちと話しているんだ。俺か? 彼女か?
 蒼はもういちど、洗面台に移動して、籠手小竜を手入れする。
 付着した血液や土汚れなどを洗い落とし、彼女たちの会話の終わりを待つ。
 こちらだって暇ではない。仕事現場となる廃工場の最終確認もせねばならず、ぼさっとしていれば時間はすぐに過ぎてしまう。
「それでね、蒼。ミィミィがどうしてもあなたと、顔を見て話したいらしいの。木蘭艶紅、来てもらえるかしら」
「せっかくだが、断る」
「――なんですって?」
 メアリーの機嫌が悪くなったことが、無線ごしでも伝わってきた。
 彼女の声音は感情がわかりやすいのだ。今回はドスの効いた低いものとなり、わずかに舌うちも聞こえたので、すぐにそれと知れたのである。
 メアリーの略歴は元・修道女ということだったが、こうした調子では修道院に長居できなかったのも頷けるというもの。
「俺はこれより東工場区に向かう。廃工場(ゴーストファクトリー)の下見だ。本分をおろそかにするつもりはない」
「仕事とカノジョと、どっちが大事なのよ!?」
「当事者以外から質問されることではないな。それに、彼女はカタギの人間だ。あまりこちら側≠ノ巻き込まないでくれ」
「あなた、そんなことがよく言えたわね。巻き込んでるのは、あなた自身――」
 なんとも舌の回る奴だ。と、どこか冷めたふうに捉えながら、通信を切った。
 まず、メアリーを相手に会話をしていても仕方がないのだ。満依の気持ちは、彼女自身が話さなくては意味がない。
「…………覚めない夢か。シャレにならんな」


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