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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第27回 27


   O.O.S.『Interest』

「なぁ、ククリ」
 バス内の吊り革に掴まりながら、エストックは隣にいるククリに話しかける。
 ククリはハネている髪を手櫛で整えようと頑張りつつ、声でだけ返事をした。
「どうしたの、兄さん。家に忘れ物?」
「いや、そういう話じゃなくてさ。クレメンツのことなんだけど」
 ピタリと、ククリの手の動きが止まる。
 横一列に並んだ乗客らのなか、入り口のそばでバスに揺られる話題の人物は、ふたりの会話に耳を立てている様子はない。
「クレメンツさんが、どうかした?」
「うん。正確に言えば、あいつの話じゃないんだけどな」
「クレメンツさんのことだって言ったじゃない。兄さんは本当に、もぅ」
「怒るなよーっ、お前から見たクレメンツの話なんだって」
 エストックは、朝からお小言をくらいたくないので、慌てて口を動かした。
「ククリさんや、お前、あいつに興味がおありなんじゃないのか。ヒシヒシと、この兄には伝わってきよるわ。ぬっふっふ」
「ああ、そのこと? 兄さんの考えが当たるなんて珍しいけど、興味津々かな」
 ククリはあっさりと認めて、はにかんだように頬を紅潮させる。
 少しからかってやろうとしていたエストックは、妹の反応に、しばらく口唇を開いて硬直する。これでは妹の憧れの相手が明らかになったというだけの話だ。そのように素直に白状されては、こちらとしては当てがはずれてしまった。
「く、くく、ククリさん? それはいったい、どのような興味で?」
「どうって、人間的によ。ニレオ・クレメンツさんをよく知りたくなったの」
 彼女はもういちど、ちらりとクレメンツを横目で見やる。
「あの人はなんだか特別な気がする。クラスの男子のなかには、ああいった人は一人もいなかったし、兄さんともまるで違うわ」
 ククリは、十歳の頃に起きたダーツ場でのことを覚えていたらしい。
 あの頃の記憶が彼女には強烈に残っていて、クレメンツ=ちょっと怖い人物、という図式が出来上がっていたようだが、相手の実態像がそうではないことは、昨日のうちに判断できたとみえる。
「兄さんも良かったら聞かせてよ。わたしの知らないクレメンツさんのことを」
「あいつは見た目どおりだぜ。落ち着いていて、気前が良くって、素直な奴さ。俺と気が合う、大の親友だ」
「…………う〜〜ん、いまいち情報不足かなぁ?」
「じかに本人に聞いたらどうだ。俺は止めないぜ」
 エストックは右手でクレメンツを示し、片目を瞑った。
 ククリが親友に興味関心を抱いたからといって、急速に親密になるようなことはないはずだ。それに、もしもそうなったとしても、エストックはクレメンツを信頼していた。妹と親友が交際したとして、その未来図になんの不安もない。
 …………とはいえ、いくら親友でも妹を泣かせたら痛い目は見てもらうが。
「こういうのは、焦ったら良くないんだって。慎重に慎重を重ねないと」
「他人に好きなってもらうのって、そんなに難しいもんか?」
「兄さんは昔から仲が良かったから、そう思うのよ。それに、男同士だし……」
「男女の違いなんて大したことないだろ。俺もお前も、ごく普通に喋ってるぞ」
「……まぁ確かに、兄さんみたいな性格ならそうなのかもね」
 ククリは呆れたような、それでいて親しみの込められた笑顔で、返事をする。
「二人とも、いやに楽しそうだけど、どうかしたの?」
 様子が気になったのか、クレメンツが車内をかき分け、そばに近づいてきた。
 シュベーアト兄妹は、これにギクリとなる。
「あー、えっとな。ホーネットの話をしていたんだよ。なっ、ククリ?」
「え? え、ええっ、そうなんです。ホーネット先生の、ねっ」
 やや挙動不審ながら、ふたりは平静をよそおい、彼に応える。
 なるほど。突然、無遠慮に心の距離を詰められるはずもない。
「そうです、そういえば、昨日のお弁当は食べられたんですか?」
「……ッ!?」
 ククリの言葉に、クレメンツは鞄の中身を確認する。
 そこには、昨晩と変わらずバケットが収まっていた。
「ヤバい……。コレをすっかり忘れてた…………」


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