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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第25回 25


 夜中に見上げる絢爛たる豪邸は、非日常に迷い込んだ神秘的な雰囲気がある。
 誰も住んでいないはずの屋敷のなかには、苦痛に低い声音で呻く人物がいた。男は軋む肉体を懸命に結び直し=A損傷をなんとか食い止めている。
「御体ニ障ルト、申シ上ゲタ筈デスガ」
「聞いていたとも。だが、どうしても私自身が直接、彼に会っておきたかった」
 男に――〈征覆者〉に話しかけたのは、いつぞやの幻影のひとつだった。
 細長い身体は夜の闇に同化し、目が慣れていなければ、見つけだすことさえ困難に思われる。
「おまえたちが目を光らせたおかげだ。いち早く接触できたのは喜ばしい」
「ソノ為ニ、御自分ノ身ヲ危険ニ晒シテモ、デスカ」
「理解に苦しむかね。この私の現状は」
「正直ニ、言エバ……」
 目を伏せる幻影に、裸体を布で隠した〈征覆者〉は微笑みを浮かべた。
「素直でよろしい。おまえたちの良い点は、その素直さだ」
 宝珠の填められた面、肩当て、籠手、具足を装着し、幻影の唇に手をそえる。
「おまえたちを選んだことに、間違いはなかった。二度目となる現はどうだ? 満喫できていればいいが」
「再ビ生ヲ得タダケデ、我々ハ皆、他ニ望ミハアリマセン」
「なるほど。術式の違いのせいかな。霊獣はもっと我がままなものだったがね」
 ――霊獣とは、人間の言うところのあの世、幽界に住まう人間であったものたちのことである。より精神的に解放された世界で試練を超えた霊魂は、限定的ではあるものの、異界の壁すらも通過可能なのだ。
「この娘は、おまえたちほどに従順ではないのだろうな」
〈征覆者〉は一冊の古びた書物を手にして、背表紙を愛おしげになぞる。
 この書物こそが、やがて世の中すべてを喰らうための奥の手。
 最高位霊獣・白龍の召喚書。
「ソレヲ完全ニ召喚シタナラ、保護存在ハソノ事実ニ、必ズ気ヅキマス」
「望むところだ。十二の徒は、いずれ劣らぬ珍味だからな」
 舌なめずりをすると、窓から外界の景色を眺める。
 各区画に配置した幻影の存在は、ここからでも問題なく感知可能だ。
「ランス。ここの守りはおまえに任せても良いか。グロックが私を呼んでいる」
「承知シマシタ。御神木<m事ハ、御心配ナク」
「うむ。なにやら、意味のない小細工を企てている輩もいるようだからな」
 屋敷の天井を、仮面越しに鋭く睨みつける。
 屋根の上にて、外から話を盗み聞きしていた者は、素早く空へ飛び上がった。〈征覆者〉は察知した相手の動作に嗤い、その背後に瞬時に移動してやった。
「……ッ!?」
「噂をすれば、だな。ようこそ、私の狩猟場(テリトリー)に」
〈征覆者〉は手刀で相手を叩き落とすと、籠手の指先にある爪を開いた。
 爪と指のあいだからは、糸に繋がれた奇怪な術が射出される。
 地に身体を打ちつけた相手は、だが立ちあがると完璧に射撃の軌道を見切り、三たび身をかわすだけで難を逃れた。
 そして、上方から襲いくる〈征覆者〉に今度は直線的に跳躍して、空間から出現させた黒塗りの処刑斧を振るう。
〈征覆者〉はこれに歯を見せて嗤い、右手の甲から鋭利な突起を伸び出させる。
 噛み合った両者の得物はわずかに火花を散らし、満月に互いの姿が重なった。
「さすがだよ、集約者。情報収集はお手のものらしい」
「……貴殿こそ、素敵な耳を持っているようではないか」
 言葉を交わしたふたりは、弾かれ飛んで着地する。
 衝突の勢いで地面を滑りながら、〈征覆者〉は、爪のあいだからまたも射撃を放つ。すさまじい速度で撃ち出された物がいったいなんなのか、相手は身をかわしながら観察する。
 繰り出しているのは種≠セった。
 それも小蜘蛛に酷似した、気味の悪い種=B
 相手は、好奇心でかわした種≠フうちひとつを掴んだが、それが摘まんだ指から体内に侵入しようとするので、すぐさまそれを捻り潰す。
「見慣れない術だ。貴殿は何者だ、小生のことも知っているのだろう?」
「むろん、もちろんだ。おまえたち保護存在の容姿も、能力も、起源もな」
〈征覆者〉は、左手の甲から突起を伸び出させ、静かに歩みよる。
「最初にその存在を知ったのは、抹消者と呼ばれるお嬢さんのことだった。彼女は移り気なのだろう? 細かに調べれば、あちこちで目撃証言を得られた」
 ぐぐぐっと、〈征覆者〉の衣の背が、四つの触手のようなもので破れる。
 まさに蜘蛛の肢を思わせるそれらは、硬質な樹木の枝で構成されていた。
「他の記憶を消し去るべき抹消者が、誰より人間の記憶にとどまっているとは。少しばかり皮肉な話ではないかな」
「返す言葉もない。あやつの協調性のなさは、小生も頭を痛めている。が――」
 相手は処刑斧を捨て去り、新たに大剣を出現させ、構えをとった。
 月明かりを反射させる大剣には、でかでかと「闘」の文字が刻まれている。
「今までに比べれば、あの女狐のあつかいも楽になろうぞ。これ以上詳しくは、貴殿に説明するつもりも義理もないが」
「それは残念なことだな。お互いに芝居がかった言葉を用いる者同士、気が合うものと感じていたのにな……!」
 樹皮で覆われた肩甲骨上部の二本肢が、瞬時に襲いかかる。
 相手はその攻撃をいなし、間合いを詰めるために走り出す。
 頭を斬り裂こうと試みたが、斬撃は惜しくも残された二本の樹肢に防がれた。
「一緒にしてほしくはないぞ。小生は、こうした言葉遣いが好きでそのままにしているだけだ。貴殿のようなくだらん演出の類ではないのだ!」
 剣圧で押しきろうとさらに踏み込むが、樹肢にはひび割れひとつ生じない。
 それどころか、「闘」の剣が音を立てて傷んでいく始末だ。
「まやかしに頼る者が言えた言葉ではないだろう。違うかな?」
〈征覆者〉は四本の樹肢を開き、剣を夜空へと打ち上げる。
 そのうえで、突起を繰り出して敵方を退かせると、落ちていた処刑斧を拾い、彼に向かって投擲した。得物は弧の軌跡を描いて、深々と胸部に突き刺さる。
「うぐおぉ……ぉぉ……ッ」
 倒れ込みそうになる彼の身体に、続いて四本の樹肢で穴を穿つ。
 相手の身体は固定され、もう逃げることすらままならない。
 傷口からは一滴たりとも血液が流れ出る様子はないものの、身をよじるさまは痛ましいことこの上なかった。
「悲しいが、友達になれないのなら仕方がない。さようならだ、ミドガル」
「待てっ! 殺すな!!」
 両手の突起が首を刎ねようとする瞬間、集約者はどうにか声を絞り出す。
「小生を殺すのは、やめておけ。かなり面倒なことになるぞ」
「いや、殺すよ? 私は他者に指図されたくない性質なんだ」
「……そうか、ではいい。あとで存分に困れば良かろう……」
 目を瞑った集約者。〈征覆者〉はしばしそれを見つめ――両手を引かせる。
「なぜだ? なぜ、いま殺すと私が困る?」
「この場にある者が近づいている。左目には義眼、右手には刺突剣を持つ男だ」
 デリンジャーのことか、と〈征覆者〉は息を吐き出した。
 こんな場面を見られるのは、確かに面倒になる。あの男は仕事以外の殺しを極度に嫌っているのだ。それに、このような姿を目撃されることも、隠れ蓑を失うことにつながってしまう。この場は早急に退かなくてはならない。
「命拾いをしたな、ミドガル。この場でおまえを殺すのは、好ましくない」
 相手の身体を貫いていた樹肢を外し、〈征覆者〉は処刑斧に手をかける。
「しかし、忘れないでおくといい。おまえがあの少年にこれ以上、無用な戯言を吹き込むのなら、私はいつでもおまえを始末する。約束は守るぞ?」
 そう言うと、処刑斧を握り砕き、大剣を踏み砕いた。破壊されたそれぞれは原形をとどめず、どういうわけか、やぶられたカードとして地面に散らばる。
 退いていく〈征覆者〉を、地面に倒れ伏した低い視界から見届けた集約者は、傷ついた身体に目を向けて舌打ちをする。
 これでは、仲間の助けを借りねばならない、と。
「時が流れすぎたら回収者でも治せなくなるか。連絡を急がなければ」


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