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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第23回 23


   Memory2-4

「上級生を相手にケンカ、ねぇ……。で、お前たちは隙を見て逃げてきたと」
 ウェッソンさんは酒のつまみを調理しつつ、フライパンを片手に不満げだ。
 私が口にしたことは嘘っぱちであるけれど、彼がそれを見抜いたかは、本当のところわからない。
「どうにも、『逃げてきた』っていうのが面白くねぇわな。きっちりと蹴散らしてきたんなら、咎められなくて済んだものを」
「ケンカは得意じゃなくてね。エストック一人だったら勝機はあったはずだよ」
「ほぉ……得意じゃないのか」
 熱々のフライパンのなかにある挽肉と野菜の炒め物にタバスコを振りかけて、横目でウェッソンさんはこちらを見る。
「おれはだ、クレメンツ。あいつより、お前のほうがセンスあると思うぜ」
「センス?」
「おうとも、おめぇは荒事向きの野郎さ。一見、ひかえめな性格に見えるがよ。その本質は大の不良だろ」
「どうだろう。そんなこと今まで言われたことないし、なんとも言えないよ」
 酒器ならびに食器を棚に収め、とぼけ顔で返事をした。
 ウェッソンさんの言うとおり、クレメンツ少年はそれなりの不良だろう。
 店内に用意されたロッカーには、得体の知れない大金も積み込んであるのだ。
「――なぁ、お前、もしかすると」
「なに?」
「…………いんや、なんでもねぇ。どうも年くうと、馬鹿げたことを口走りそうになるもんでよ」
 彼は空いている手で額をかき、自嘲するように笑う。
 このとき、彼が言おうとしていたのは、己の身に余る大役への打診であった。
 そしてその役目の一端は、図らずもこの身が請け負うこととなる。
 それはまだ、これから先の物語。未熟なる私をニレオ・クレメンツではなく、エヴィル・デリンジャーたらしめる冒険譚だ。
「ほれっ、完成だ。三番テーブルに持ってきな」
「わかった」
 クレメンツ少年は、小皿に移された料理を手に取り、客のもとまで運ぶ。
 立ち上る湯気と香辛料の匂いが、こちらの食欲までも増進させてくれる。
「どうぞ。お待たせしました」
「有難う。良いタイミングだ」
 テーブルについている男は、フォークを手に取り、悦ばしげに微笑む。
「失礼だが給仕君、ひとつ質問だ。君は喰らうこと≠どう思う」
「は……?」
「喰らうこと≠セよ。他者の命を犠牲とし、自らの糧とする行為についてだ。生あるすべてのものが繰り返す、永劫不変の遊戯」
 男は自らの言葉に酔うように、今度はナイフに手を伸ばす。
「人間というのは、思い込みの激しい生き物でね。ついぞ自らが捕食者だ≠ニ勘違いしてしまうことが多い――しかし、事実は異なる」
 なんだ、こいつ? なんの話をしている?
 どことなく気味が悪いぞ、この男。
「我々は奉仕者≠ナあって、それ以上でも以下でもないのだよ。供物を捧げ、許しを得なければ生きられない。脆く、儚く、無力な存在。少なくとも現在は」
 男は、料理を口の高さまで持っていくと、私を見る。
「けれど、そこから抜け出せる者も必ずいる。きっと数は多くはないだろうが、そうした特別な存在がいなければおかしいんだ」
「おかしいって……なんで、そう思うんだ?」
「単純だ。この世にはいくらかの制約がある。まるでプログラミングされた端末のように。であるなら、その機械に誤作動が生じても不思議はないだろう?」
「バカバカしい話だよ。そんなもの」
 いかにも呆れたという態度で、相手の言い分を一蹴する。
 くくくっと、男はこちらの言葉に、口元を大きく歪めた。
「気に障ったかね? だとすれば申し訳ないな。けれど、私はこう思うのだよ。隔てる壁を穿ち、捕食者≠ニなれる者が手を組めば、世界の真理を覆せると」
 男の眼に怪しい煌めきが宿る。
「それすなわち保護存在を退け、この世界の支柱を折り、外側へ侵攻するということだ。考えただけで心が昂る話じゃないか」
 ガチッと歯を鳴らして料理を咀嚼する相手に、私は奇妙な恐怖を抱きながら、カウンターに戻る。
 この恐怖感は、幼い頃に感じた仙術師への感覚と、とてもよく似ていた。
 あるいはあの男が、とも考えたけれど、それにしては妙に薄ら寒い奴だ。
 仙術師は呼び名のとおり、仙術を修めた集団のはずである。そのために彼らは厳しい鍛錬に耐え抜き、己自身を高めんとしている。清らかな聖者であるはずの彼らが、あのような雰囲気を身にまとっているものだろうか?
「どうした、クレメンツ。浮かない顔してるぜ。あの客になんか言われたか?」
「……いや、違うんだ。オレは心配いらない」
「そうか? なら、いいんだけどよ。で、どうだ? バイトのほうは」
「初日だから偉そうなことは言えないけど、ずっとこうなら続けられそうだよ」
 心配して話しかけてくれたエストックが、まとわりついた恐怖を払いのける。
 そう。恐れることは何もない。私たちはずっとひとつだ。
 親友が隣にあれば、何度だろうと道は照らされる。
「そろそろ上がりだしな。今日も働いた、働いたーっ」
「働いたぁ? 笑わせるぜ、ボウズ。まだレジ打ちもまともにできねぇのによ」
「んなことねぇっての、さっきのはレジが悪いんだよっ!」
「レジが悪いって、お前それ、どんな言い訳だ。あーん?」
 ウェッソンさんがエストックをからかい、両者はいくつも言葉をぶつけ合う。
 このふたりも仲がいいな、なんてことを私はぼんやりと思う。
「あーもう、うっせぇなぁ! もう手伝いに来てやんねぇぞ!」
「だとすりゃ、代わりを探すだけだぜ。次は綺麗な姉ちゃんがいいかもなー」
「来るわけないだろ、こんな店に!!」
「こんな店とはなんだ、このヤロー!」
 ふたりはなにやら、似非拳法の構えをとる。
 おそらく両者の脳内では、突風やら地割れやらが巻き起こっているのだろう。
 そうしたふたりのやりとりの横を、先ほどの妙な男が静かに通り過ぎていく。
 相手は、ウェッソンさんに目で合図を送ったように見えたが、店主のほうには特に反応を示した様子はなかった。
「よっ、まだやってるくぁ〜〜いっ?」
 男が出て行ったことに安堵したのも束の間、強烈に記憶に残っている人物が、陽気にBar・キラークィーンに来店する。
 底抜けに明るいヴェイグ・デリンジャーは、ヅカヅカと内部に踏み込んだ。
 いつぞや浴びせかけられた殺気や剣呑さは、此度はいささかも感じられない。あの刺突剣を装備していないために、少し印象が異なるのかもしれなかった。
「何か食いもんあるかい? 飲み物も欲しいねぇ」
「大遅刻だぞ、ヴェイグ」
「堅いこと言うなよ、ウェッソン。ちょいと外せない用があったんだ」
 カウンターにある椅子に腰かけて、彼は話し続ける。
「ついでに、己の不甲斐なさに気分もエンプティーだ。まずはエネルギー補給が先決よん☆」
「本当に勝手な野郎だよなぁ、お前は」
 ウェッソンさんはコンロに火をつけ直して、カウンターから食材を取り出す。着々と料理の準備を進めながら、こちらに声をかけた。
「お前ら、もう帰っていいぞ。こいつが帰ったら店を閉める」
「おう。それじゃあ、バイビー。さっ、行こうぜクレメンツ」
 親友に話しかけられても、私はデリンジャーを見つめることに集中していた。
 彼は、殺し屋だ。金銭で他人を殺す外道だ。
 しかし……なぜだ? 彼からは先ほどまでいた男のような嫌な感じがしない。
「作るんならパスタにしてちょーよ。エンゼル・ヘアー!」
「うるせぇってんだ。メニューは店主のおれが決めんだよ」
「なんだよっ、ケチくせぇ。ケーチ、ケェーチっ」
「ずいぶんな物言いじゃねぇか。さては、何か悩んでんな?」
 そんな者が、こんなに朗らかに笑えるものなのか。
 奇怪さを覚えることはあっても、寒気を感じるような恐怖はない。
『失礼だが給仕君、ひとつ質問だ。君は喰らうことをどう思う』
 気づけば、あの男の言葉を考えていた。
 裏の世界に生きる者たちも奉仕者≠セと仮定するならば、彼らが奪う命は、何に捧げられていくのだろう。
 それとも、いまだ知り得ない何かが、この世界に存在する?
 ソレを生かすためだけに我々が存在するなら、人間とは、いったいなんだ?
「クレメンツ。行・く・ぞ、クレメンツ」
「…………あっ、ああ、うん。わかった」
 ――いいや、そんなわけはない。こんなものは無駄な思考だ。
 店の奥へ歩きながら、クレメンツ少年は自嘲する。
 今日は変な奴に何人も会った。だからおかしなことを考えるのだろう。
 着替えを済ませて早く帰ろう。今日は疲れたから、ぐっすり眠れるはずだ。


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