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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第22回 22


 エタンダール邸の門を叩くこと。それ自体は至極簡単だったが、結果として、様子を伺いにきた生徒と話すことはできなかった。
 デリンジャーとホーネットの話を聞いたのは、神経質そうな母親のみだ。
 しかも、この母親は鉄仮面のように表情をくずさず、
「シュライクは健康ですよ」だとか。
「時間の無駄ですから、お帰りください」と、まるでこちらに取り次がない。
 こんな家なら非行に走りたくもなるだろうと、デリンジャーはかぶりを振る。
 ……いや、むしろ外に逃げ出せる弟君のほうは幸福だと言えそうだ。
 気を張ってばかりで息の詰まりそうな母親と、一日じゅう過ごさねばならない兄のほうは、こんな所にいたら余計に気が滅入ってしまうのではないだろうか。
「お話はできなくともかまいません。かまいませんけども! シュライクくんと会わせてもらえませんか!」
 キレ気味のホーネットの気迫に押され、母親はしぶしぶ、我々を部屋に導く。
 案内された部屋のドアを開くと、ホーネットは明るい声で、
「シュライクくん、あたしのことわかる? 担任だぞーーっ!」
 と、お楽しみ会に招待された学友のようなテンションで、相手に話しかけた。
 だが、相手もそれに気づき応えようとすると、すぐ母親がドアを閉めるのだ。
「はい。会いましたね。では、ごきげんよう。さようなら」
 この暴挙に、デリンジャーはかなり、引いていた。
 ハッキリ言って、この態度は異常だ。どう考えてもまともじゃない。
 せっかくの訪問者なのだ。部屋にいる相手だって嬉しかったはずなのだ。
 こんなことをする奴なんかは無視だ、ええい、無視無視!
「おーい、キミぃいいッ! シュライクって、言うんだって〜〜?」
「ちょっと、貴方なにを!? 横暴はやめてちょうだい!!」
 ドアを続けて叩き、大声を出したので、母親はヒステリックな叫びを上げる。
 これにデリンジャーは、負けじとさらに声音を拡張して、正面から対抗した。
「きっと、み〜〜んなが、キミに会いたがってるぜ! 早く元気になれよ!!」
 ――こうして目的は、本来のBar・キラークィーンを目指す、というものへと戻される。デリンジャーとホーネットは、意気消沈して、とぼとぼ歩いていた。
「すまなかったね、マダム。こんなことになってしまって」
 摘み出されることになった現状を謝罪し、こちらは頬をかいた。
 十数年ぶりの再会だというのに、これではいいとこなしである。
「ううん、そんなことない。シュライクくんも元気づけられたよ」
「そうかな。……いや、そうだよな、きっと」
「そうそう、だから落ち込まないでよ。ヴェイグ」
 ああ、気にしてない。
 そう応えようとした刹那、ホーネットの発言内容に脳処理が追いついた。
 すぐさま顔を向けると、彼女はこちらに柔らかな微笑を浮かべてみせる。
「やーっぱり」
「ホーネット……俺……いや、私は何も……」
 名乗らなかったことを謝ろうとすれば、彼女はまた笑い、両手を後ろで組む。
「こっちも気にしてないから。元気みたいだね」
「それだけが取り柄さ。よく知ってるだろう?」
「うん。騒がしさなら一等賞だもんね」
「そうとも。にぎやかチャンピオンだ」
 ホーネットと思っていたより自然に会話ができ、心の内側でとても安心する。
 実のところ、二度と彼女と話すチャンスは訪れないだろうと思っていたのだ。尋ねたいことも伝えたいこともあるが、そんな機会はあたえられないだろうと。
「けど、よく私だとわかったな。見た目とか服装とか、いろいろ変わったろ?」
 立場も関係も、あらゆるすべてが、である。
「変わったけど、会ってすぐに、似てると思ったよ? ヴェイグっぽいなって」
「そうか。アンタって、すごいんだな」
「マジシャンの目は何も見逃さないのだよ、きみ」
 得意そうに胸を反らして、ホーネットは片目を瞑った。
「奇術教師ホーネットか。漫画のタイトルみたいだな」
「いいね、その題名。誰かが書いてくれたら売れちゃうかも」
 ホーネットは、腕にぶら下げていた鞄を肩にかけ直し、サイドテールを払う。
 彼女の動作は妙に板についていて、立派に先生として勤務しているのだなと、デリンジャーを妙に喜ばせる。
「ホーネットは明るいからね。生徒から人気あるんじゃない?」
「そんなことないよ。最近は、寂しさを埋めるために生徒に固執してばっかり」
 寂しさを埋めたい。
 彼女がそんなことを口にするとは、こちらは思いもしなかった。
 義姉にも何らかの転換期が訪れているのだろうか。気にはなるけれど、自分はこの話題を掘り下げられるような立場ではないなと、デリンジャーは追及の言葉を抹消する。
「ヴェイグは? いま何してるの?」
 相槌を打たずにいると、ホーネットのほうから水を向けてくれた。
「えっと…………解体業みたいな?」
「ふふっ、なんで疑問形なんだよー」
 やるのは解体だけとはかぎらないからだよ。ホーネット。
 口が裂けても彼女には言えないことを考え、〈狂公〉は溜め息を呑みこんだ。
 自身と彼女では、完璧なまでに生きる世界に溝が出来上がってしまったのだ。
 今、その現実が、胸にじわりと染みわたる。
「もっと話したいけど、もう暗いな。ってわけで、また会う日まで。あでゅー」
 デリンジャーは踵を返して、彼女と別れることにする。
 いつまでもこんな時間帯に一緒にいれば、厄介事に巻き込みかねない。
 なによりも、己自身としては、この出会いだけでじゅうぶんに満足している。これ以上、隣にいると余計な欲が出てきそうで、それが個人的にはとても怖い。
 ――のだけれども、彼女はといえば、
「久しぶりなんだよ? もっと話そうってば」
「や、だからさ。私もできればそうしたいんだよ」
「? じゃ、話せばいいじゃない」
「だぁぁ、かぁぁ、らぁぁあっ!」
 デリンジャーは髪をかき乱したくなる衝動をこらえ、両手の指を動かした。
 一から事細かにきっちり説明すれば、理解してもらえるのだろう。だけれど、そうした場合、我が身が殺し屋であると彼女に打ち明けることになってしまう。
 なんとか、それを避けてホーネットを説き伏せるいい策はないものだろうか。
「お夕飯おいでよーっ。あたし、奮発したげるから!」
「あー、そのー、あああああああっ」
 頭をはたらかせているつもりだが、妙案は降りてこない。
 もう、こうなれば破れかぶれだ。
「今日は忙しいんだよ、二日後にしよう。二日後だったら私も暇だから!」
「決っまりぃ。だったら、二日後の夜にね。中央噴水広場で待ち合わせよ」
 …………おいおーい。約束してどうする気だ、私よ……。


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