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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第21回 21


   O.O.S.『時の流れは残酷である』

 時間は、クレメンツたちが騒ぎ立てる、ほんの少し前のことになる。
 Bar・キラークィーンにて学生らの訪れを待っていたウェッソンは、商港倉庫での出来事の連絡を受け、デリンジャーを店に呼びつけていた。
 そしてデリンジャーは平常どおり、急ぐでもなく悠々と、歩を進ませている。
 そんなのん気な〈狂公〉の両の眼に、ふと、見覚えのある人物が映り込んだ。
 なにぶん月日が過ぎ去ったもので、いささか容姿には変化が見られたものの、ことデリンジャーが、その姿を見間違えるはずはなかった。
「アレって……なんでいるんだ?」
 注視しているのは、とある女性である。
 マルチロール家に生を受けた、自身より五歳年上の義姉。子供っぽい性格や、幼さの残された言動、見るものを和ませる笑顔はなんとも微笑ましい。
 記憶が確かであれば、自分を向かい入れてくれた家族のなかで、真っ先に心を開いてくれたのも彼女だ。
 温かみある彼女との交流は、それこそ、微笑みの絶えない日々であった。
 楽しさと明るさを実の家族とともに失くしかけていたデリンジャーは、彼女の存在がなければ、いじけた性格のままだったかもしれないのだ。
 年上としての魅力という観点からすれば、彼女にそうしたものは希薄だった。けれども、人間としての魅力は、はち切れんばかりに詰まっている。
 彼女に好意を抱くことに、あまり時間はかからなかった。
 雪解けを終えた新芽が鮮やかに色づくかのような、内面的変化に戸惑うこともあったけれど、デリンジャーはその想いを手放さないことに決めた。
 元来、手先が器用とはいえない男だったが、多少なりとも彼女に近づくため、必死に手品を練習した。うまくいかずに癇癪を起こしそうになるたびに、彼女のことを頭に思い浮かべ、気持ちをあらためる。あの素晴らしい笑顔が見られるのならば、これくらいの苦労はわけもない。
 もちろん同じ家に住んでいる以上、秘密練習は幾度もバレそうになった。
『ヴェイグ。いま大丈夫?』
『! な、なな何!? どうかしたのかい?』
『ん〜〜? 何か隠したな、見せてよソレっ』
 ノックひとつせず部屋に入ってくることもよくあった彼女に、デリンジャーは数えきれないほどヒヤヒヤした。こちらから言わせれば、部屋で黙々と手品師の腕前を磨いているという事実は、恥ずかしい行為であったためである。
 それも、下心を含めた理由を考えればなおさら。
『ヴェイグ、最近になって上手になってきたよね。手品』
『そ、そう? 才能、目覚めちゃった?』
『かもね♪ ――あたしに比べたら、まだまだだけどなッ!』
『Oh……、手厳しいねぇ』
 彼女はどんなときでも、どんなことでも全力投球であった。
 情熱が滾りすぎて明後日の方向へと頑張ってしまうことも多々あったけれど、やる気に満ちあふれた真剣な横顔からは、普段見せる子供っぽさが消えうせる。その横顔に、いつもドキリとさせられたものだ。
 そして今、視界に現れた彼女は、そうした真剣な表情をしていた。
 手にしている地図に視線を落とし、なにか考え込んでいるらしい。
「声、かけよっかなぁ」
 デリンジャーは、自分でも空々しく思える台詞を、小声でつぶやいた。
 本格的に夜になってしまえば、ほどなく同業者たちの出勤時間になる。ひとりにさせておくのは危険だ。デリンジャーは気配を殺して近づくと、咳払いをしたあとで話しかけた。
「失礼ですがマダム、何かお困りで?」
「っ! はい、家庭訪問に来たんです」
 マルチロール家を出て行ったのが、ちょうど変声期中頃であったからだろう。彼女のほうはこちらの声を聞いても、義弟だと識別できた様子はない。
 少しだけ残念な気持ちになりながら――されども、どこかでホッともして――質問を続けてみる。
「家庭訪問ですかぁ……それで、どちらのお宅に?」
「エタンダールさんのお家です。そこのお子さん、前々から身病欠気味だから、心配だな〜〜って」
 彼女の言うことに、街の構造を脳内で描き出す。
 その付近で評判になっている少年のことが、頭をよぎった。もっとも、彼女が訪ねたいのは噂の悪童のほうではなく、病弱の美人さんのようだけれど。
「それなら私に任せてください、マダム。ちゃんと送り届けますよ」
「本当ですかっ! いやー、良かったぁっ。ここいらはいやに入り組んでいて、あたしにはサッパリでしたから」
「あははははははっ。そいじゃ、行きますか!」
 良かった。彼女は昔と変わりないようだ。
 結婚したことは風の便りで知っていたが、たぶん旦那様もいい男なのだろう。
 デリンジャーは彼女――ホーネット・マルチロールへ、明朗快活に哄笑した。


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