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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第20回 20


「なんかビクついちまうよなぁ、こんな大金持ってるとさぁ」
「口に出さないほうがいいよ、エストック。普段どおりにしないと怪しまれる」
「ふっ、普段どおり? 普段のわたしって、どんな様子ですか? わたし、普段と同じにやれてます?」
 あたりを気にし、怯えた様子のエストックとククリに、私は苦笑いで応える。
「普段は普段だよ。いつものようにしていれば…………」
「その『いつも』がわからないんですってばーっっ!!」
 うっすらと涙目になりながら、ククリは詰め寄るように言った。
 どうにも、女性の泣き顔というものは苦手だ。これに惹かれる男性も世の中には多いと聞くが、私にはとても楽しむ余裕がない。
「やっぱりおかしいですよ、こんなお金を簡単にくれるなんて! 役所に届けましょう、今すぐに、早急にっ!」
「お、落ち着きなって。冷静に」
「わたしは冷静です――ッ!!」
 うん。ククリそれ、ダウト。
 嘘をつくのはご法度じゃなかったかい、君の家は。
「そうか。じゃあ、これは提案」
 彼女に笑いかけて、百万ユーロが収まった鞄を、空いている左手で奪い取る。それから、一応「失礼」と口に出し、ククリの取り分を自分の鞄に移した。
「! クレメンツさん、何を!?」
「オレが預かろうかと思ってさ。君のお金」
 当然のことながら、ネコババしようなどと考えているわけではない。
 ククリは根が真面目だ。家のなかに大金を隠し持っているなどという事実は、彼女には過度の精神的負担となるだろう。
 それに、自責の念にとらわれて、両親に今回の一件を話されたら面倒になる。
「オレの家は、ほとんど仕事で父さんが家にいないんだ。母さんも気遣ってか、オレの部屋に立ち入らない。バレる可能性はかなり低いと思うよ。それ以前に、息子がそんな物を持ってるなんて突拍子もないこと、考えつかないだろうしね」
 あの人、のん気だから。と心のなかで呟き、一度に言い終える。
 ククリは、聞かされた言葉を吟味するような顔で、自身の唇を指でつついた。
「言っておくけれど、君のお金を騙し取る気はないよ?」
「い、いえ、わたしはそういうことを考えているわけじゃなくて……」
「じゃあ、何?」
「その――クレメンツさんは、すごく落ち着いているんですね」
 落ち着くも何も、これは貰ったんだよ。
 貰ったならその時点で、それはそいつ自身のただの所有物なんだ。
 持ち歩いていて焦る必要なんてまるでないじゃないか。
 即座にそう思ったが、なぜかそれをククリには言いたくなかった。
 どうしてだろう。心象が悪くなるからだろうか。
 しかし、別に彼女を特別視した覚えなどはないし――可愛いとは思うけれど、それだけだ――、苦手な人物と思われようと、ダメージにはならないはずだが。
「それで、どうする? ククリ。決めるのは君だよ」
 彼女は戸惑っているらしく、エストックに視線を向け、眼で兄に問いかけた。
 そしてエストックは、こちらを瞳へと映し込み、誰にでもなく頷いてみせる。
「俺はクレメンツのことを信用するぜ。家もデカいし、家族はともかくとして、近所にバレても、そんなに噂にはならないだろ」
「たぶん、そうだろうね。せいぜいが、親の金に手を出したドラ息子って勘違いされる程度で納まるはずだよ」
 エストックとクレメンツ少年とは、お互いの意見に悪童らしく笑い合えたが、ククリは怪訝そうに眉をしかめる。
「だめですよ、そんなの! クレメンツさんが笑い者になるじゃないですか!」
「いいって、別にかまわない」
「かまわないって…………そんなの、悔しいじゃないですか」
 ……? いや、全然だけど。
 ククリはどうして、こんなに真剣な顔をしているのだろう。
 やっぱり、根っからに真面目な女の子だからか。いわゆる、委員長タイプ?
「大丈夫だよ、ククリ。仮定の話だから」
「そうだぜ。もしもの話だろ、こんなの」
「……いいです。好きにしてくださいっ」
 ふたりで口々に言えば、彼女は顔をそむけた。そこはかとなく不機嫌そうだ。
 当時は、彼女の気持ちが理解できずにいた。ククリ自身と個人的な付き合いが浅かったためだ。兄の友人とはいえど、自分が積極的に交流していない相手に、そこまで感情移入できるものかな?
 しばしの思考。そして結論。
 無理だ。少なくとも、クレメンツ少年には無理だ。
 そんなに人間が出来てるガキじゃなかったからね。
「あっ!! だったら、こういうことにしましょう!」
「ん?」
 突然、ククリが大声を張り上げる。
 シュベーアト家って、いい考えが浮かぶと声を張る習慣でもあるのだろうか。
「お金はクレメンツさんに預かってもらいます。ごめんなさい」
「いいって、そんなこと気にしなくても」
「そのうえでっ! お家が大変なことになってないか、毎日、クレメンツさんに確認しますね。そうすれば、ヘンな噂も防げるかも!」
「え……うぅん?」
 そんな申し出、予想していないぞ。
 毎日って、学校でってことなのか。まさか。
 むしろ学校のほうが人も多くて、誰に聞かれているかも判別できないのに。
「ならっ、俺が確認とったらいいだろ? 同じ学年とクラスなんだ」
「兄さんじゃだめ。毎日だなんて、絶対に覚えきれていないもの」
 間髪入れずに否定されて、エストックはしょげたような顔になる。
「どうです、クレメンツさん。お昼なら怪しまれないでしょうし、中等部からの移動にも余裕がありますよ――決めるのは、あなたです」
 ついさっき投げた言葉をはね返されて、クレメンツ少年は頭を悩ませた。
 断ってもいいが、そうするのはなぜか嫌なのだ。理由はわからないけれど。
 だがしかし、彼女がいてくれれば、ホーネットへの防壁になるかもしれない。
 それに、可愛い娘と毎日顔を合わせるというのは損じゃない。それどころか、すごいメリットだ。
「いいよ。そうしようか」
「はいっ、決まりですね」
「話がまとまったなら、店に急ごうぜ。ウェッソンさん、俺らを待ってんだ」
 差し出された紙幣を受け取り、私はエストックに頷いた。
 ようやく母から許しの出たバイト初日だ。遅刻なんてしたら怒られる。


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