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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第19回 19


   Memory2-3

 南住居区・住民用バスケットコート。
 北宿舎区・大食堂アイム・ノット・デッド。
 東工場区・廃工場インヴィジブル。
 そしてここ、西商港区(紋章地区)・モーニングスター別邸。
 ブレイゾンシュタット各所を歩き通した私は、くたくたに疲れていた。
 案内のパイソンは、疲れた様子も見せず、気取った態度でこちらを見ている。
「貴殿、少々ヘバるのが早いのではないか。こんなことで疲れているようでは、先が思いやられるぞ」
「先? 先ってなんだよ、ここが最後じゃないか」
「先というのは、貴殿の人生に決まっておろうが」
 それくらい深読みせねばならんぞ、とパイソンはしたり顔をしてみせた。
「さぁさっ、ニレオ。もう説明は不要であろう。頼まれてくれるか」
「わかってる。これまでどおりでいいんだね」
 パイソンに頷き、モーニングスター別邸の門をくぐり、敷地に踏み入る。
 そして両手を重ねて、祈りを捧げた。ほかの場所でも、相手から頼まれて同じことを繰り返し行っていたのだ。これにどんな意味があるのかはわからないが、何かしらの宗教的な意味合いがあるものと私はふんでいる。
『この場にいる悪しき者の力を削いでほしい。奴らを抑え込むため、祈るのだ』
 と、パイソンはそういう言い方をしていた。
 悪しき者とは、何を指しているのだろうか。
 殺人鬼? 窃盗犯? 浮浪者? はたまた、博打うちか?
 まぁ、その実態は置いておくとして、三百万のために祈っておこう。
 遅かれ早かれ、お金というものは必要になるものだから。
 美しい彫刻のなされた玄関を見ながら、つぶさに観察眼をはたらかせる。
 隙間風でもどこからか入っているのか、窓際のカーテンが生きているみたいに揺らめいている。なんだかミステリアスでグッとくる光景だ。
「良し、良し、よーし! そこまでで結構だ、ニレオ。百二十点の出来栄えよ」
「それはどうも。……疲れた……」
 クレメンツ少年は、床に腰を下ろし、溜め息をついた。
 バイト前だというのに、少し金額に目がくらみすぎたか。身体というよりは、心が疲れている。悪事を働いたわけでもないのに、嫌な汗が止まらない。
「……約束だ、一人につき百万ユーロ。ちゃんと貰えるんだろうね」
「心配ご無用。受け取ってくれ、小生には無用な紙切れを、な」
 生活感のない言葉とともに、彼は未練なさげに報酬を支払う。
 札束を取り出し、手渡してきたパイソンに、こちらは問いを投げた。
「パイソン。アンタそれ、いったいどうやって取り出しているんだ?」
「疑問に感じておったのか。尋ねられないので、興味がないものと思っていた」
 パイソンは向かい合うように腰を下ろし、空間から残りの紙幣も取り出した。
「答えてしまっても良いが、貴殿はどちらかというと、自らが仕組みを暴きたいのではないかな?」
「いいや。答えを本人の口から聞き出せるなら、オレはそっちのほうがいいよ。そうしたほうが、確実に理解を深められる。わかったフリはしたくない」
「真理の探究、であるか。やはり血は争えぬと見える」
 意味深なことを呟いたパイソンに、思わず言葉の意味を聞き返そうとしたが、ちょうどそのとき、飲み物を買いに行っていたシュベーアト兄妹が戻ってきた。
 エストックは両手にビニール袋をぶら下げてご満悦だったが、後ろのククリは困ったような顔をしている。
「飲み物をたっくさーんっ、買ってきたぜ! どんな種類も選び放題だっ!」
「兄さん。さんざん言ったけど、どう考えても買いすぎよ。しかも、温かい物と冷たい物を同じ袋に入れたらだめだったら…………」
 聞こえたのは「いい具合にぬるくなってそうだね」と、つい声が転がり出そうになる指摘だった。せっかく買ってくれたのだから文句はないけれど……って、そうじゃない。今はそれよりも重要なことがある。
「パイソン、アンタは」
 さっきの言葉に込められた意味合いを尋ねようとすると、相手は素早く飲み物を受け取り、こちらに向かって寄こした。
「簡単に教えるつもりはないぞ、ニレオ。こういったものは、じっくりと時間をかけて読み解いていくから、面白いものとなるのだ」
 彼は自身の分も手に取り、かかげるようにして喉に液体を流し込んだ。
 実に豪快な飲みっぷりだ。
「が、ヒントぐらいなら教えても良いかもな。貴殿にはコレを渡しておこう」
 そう言ったかと思えば、パイソンは少し得意げな顔で、虚空から文字が記されているメモを取り出した。――どうやら、彼の連絡先のようだ。
「退屈なときや、頼み事があるとき。どんなときでもかまわないが、とにかく、用事があれば連絡を。小生は貴殿の手助けとなるなら、喜んで身を粉にしよう」
 キザッぽく片目を瞑りながら、彼は茶目っ気を込めた笑みを浮かべる。
「それでは、皆の衆。小生はこれで失礼する。もう日も落ちようという時刻だ、気をつけて帰路に着くのだぞ」
 夕闇のなかで身に着けるエナメル生地を反射させ、彼はこの場を離れていく。
 蛇の模様に似たその衣服を見送りながら、私は考える。
「パイソン……大蛇か」
 なんとなく、彼が名乗ったのは偽名のような気がした。
 でなければ、仲間内でのみ通用する渾名か何かだろう。
 妙な奴だとは思うものの、不思議と、彼が悪人とは思えなかった。


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