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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第18回 18


 港の通商利権は、〈雷光のウェッソン〉が一手に担っている。
 その商港が荒らされるという出来事は、敵対する組織と交戦する理由として、申し分のないものだと言えた。
 だからクラスターは恋人の要請……いや、友人の要請を仕方なく受け入れた。他意などはない。これは仕事なのだ。
「もっと急げ、女。こんなスピードじゃ牛にも負けるぞ」
 運転するメアリーの後ろで、どこにも掴まることなく、声を飛ばす。
 赤いサンバイザーで視界を遮っていようとも、これくらいは造作もない。
「これでも結構な速度よ? 港もすでに視界に捉えられているわ」
「いちいちうるせぇんだ、オマエは。いいから飛ばせ」
 正論を返してくることが、こちらからすればいっそう腹立たしい。
 どうしてこんな奴と組むことになってしまったのかと、頭脳を悩ませる。
 だいたい、ありうるのか? こんな相手が傍らにあるということ自体が。
 クラスターは、メアリーを背後からしげしげと眺めた。
 器量は悪くない。文句を言わずについてくるところからして、気立てもいい。判断も戦場で冴えわたっているうえ、日常でも細かい心配りができる。
 完璧だ。それはもう、完璧すぎるくらいに完璧な女だ。
 だが、だからこそ奇妙な女だ。ともなれば異性から引く手数多のはずだろう。酒場で男どもに気のある素振りでも見せれば、それで相手を切らすこともない。
 それなのに、どうしてこんな男なんかと一緒にいるのだ?
「クラスター? どうしたの、黙り込んで」
「やかましいって言ってんだろ。前を向いてろ」
 恋人に冷たく応じて、サンバイザーをより目深にかぶり直す。
 するとこれに反応したように、衣服のなかの膨らみが動いた。
 襟元から見えた仕草が、あたかもジャラしているように思えたらしい。
「その子、そんなところにいて酔わない……?」
「猫って酔うのか?」
 クラスターは、連れてきたペット、猫のトムに視線を向ける。
 元気そうには見えるけれど、酔うというのなら場所を移そう。
「来い、トム」
 トムは嬉しそうに鳴き声を上げて、右肩に飛び移った。額にみられる十字の傷は痛々しいが、漆黒の毛並みは美しく、ある種の気品を備えている。
 後ろ足で首をかくたび、首輪につけられている鈴が涼しげな音を立てた。
「こんにちは、トム。調子はどう?」
 トムはメアリーにもちゃんと応える。人間に慣れているのだ。
 ゴロゴロと喉を鳴らす様子に、彼女は目を細める。
「バッチリのパーペキって感じね。結構、結構」
「だから、オマエは前を……その顔どうした?」
 後方を気にするように顔を動かしたメアリーに、訝しげに尋ねる。
 彼女は鼻元に乾いた血液らしきものをつけて、なんだか締まりのない様子だ。
「あっ、これ? これはその…………か、壁にぶつかったの。不注意だったわ」
 彼女の返答に、クラスターはますます首をかしげた。
 壁にぶつかったというのは、現在、運転をしているバイクの機上でだろうか。それとも、バイクを拾いに行っている途中でだろうか。
 注意散漫な相棒に呆れて物も言えず、トムを撫でて溜め息をひとつついた。
 それから、いよいよゲート目前に迫ったバイクの上で、兵装を整え始める。
 取り出した銃器をガンベルトに括りつけてあるズタ袋に無造作に突っ込むと、トムに話しかけた。
「いいか、トム。ヘタ打ったらブチ殺すぞ」
 トムはこれに、これまでで最も勇ましい鳴き声で応じるのだった。
 ――五番倉庫と六番倉庫の中間地点まで来ると、機動戦車とブリッツの後ろ姿が視てとれた。ブリッツは成人男性を背負っているとは思えない動作で、銃撃を次々といなし、見切り、なんとか命を繋ぎ止めている。
「……女、トドメは譲るぞ。お膳建ては俺がしてやる」
「ええ。必ず仕留めるわ」
 メアリーの了解だけを耳に受け、クラスターは標的に駆け出した。
 機動戦車はすぐに、こちらの存在に気づいたらしい。
 しかし、それよりも数段勝る速度で、トムが鳴き声を放つ。
 飼い猫の鳴き声、その方向を即座に聞き分け、事もなく銃撃を避けた。まるで見えない相方とダンスを披露するような、なめらかで無駄のない動きにて。
 わけあって視界を封じている〈変貌〉は、飼い猫の指示こそが命綱と言えた。かねてから、こうした荒事に際したときの対処として訓練されたトムは、着実にクラスターを機動戦車のそばへと誘導していく。
 舞うように軽やかに、装甲の隙間に凶弾を撃ち込んでやれば、機動戦車の動きがそれまでの機敏さから一変した。前後左右、それぞれの隙間を特別性の弾丸で撃ち抜かれ、機体に誤作動が起こっているのだ。
 身をかわしながら正確に着弾させた弾丸は、高圧電流を纏った金属筒である。内側からの破壊行為に成功したこちらは、すぐさま、メアリーに叫ぶ。
「やれっ、売女! しくじるなよ!」
 売女呼ばわりには釈然としない様子のメアリーであるが、バイクを降り、胸元から連なる鍵の束を取り出してみせる。
 そのうち一本を選び、バイクへと差し込むと、バイクは起動音を立てて変形。組み上がるバイクであったものの次なる姿は、超特大の規格外拳銃である。
「第一鍵尻尾・獅子(ファースト・キー)、始動(イグニッション)ッ!」
 もはや苦し紛れでしかない荷電粒子砲を起動させんとする機動戦車に、彼女は一片の恐れを抱くことなく、引鉄を引く。銃口からは、やはりこちらも特大の、三十ミリメートル近い弾丸が発射される!
「昇天なさいませぇぇえッ!!」
 この言葉を言い終えるのと同時に、機動戦車は為す術なく大破するのだった。
 ……ようやく終わった激戦に、ブリッツは息を吐き出し、その場に座り込む。機動戦車の残骸は、落ち着いて眺めれば粗悪な玩具だ。その凄惨たる滅びように彼が引き攣った笑みを浮かべているので、膝をまげ声をかけてやる。
「生きてんのか、サムライマン」
「どうにかな。しっかし、くたびれたぜ」
 ブリッツは肩に担いでいたウクル・ストライフを地面に寝かせて、思いっきり両腕を広げてあくびをもらす。
「どっちかってーと、生きているのか心配すべきなのは、この野郎のほうだな。クラスター、お前にはどう見える、こいつ?」
「俺に向かってそんなことを聞くんじゃねぇ。俺はただの人殺しだ、人間の容体なんて診れるはずねぇだろ」
 威力の込められていない蹴りをウクルに放ち、トムを撫でる。
 喉を鳴らすトムを見上げて、ブリッツは口元を綻ばせた。
「いつもながらに、似合わないショットだぜ、クラスター。猫より蛇あたりでも首に巻いていたほうが、よっぽどテメェには合ってるよ」
「あらっ、そうでもないのよ」
 メアリーが獅子の意匠が施された得物を元型のバイクに戻し、麗らかにふたりに近づいた。
「猫は気まぐれっていうじゃない? 彼とは相性がいいのよ、きっと」
「イメージの話か? メアリーにゃ、コイツも借りてきた猫みたいなものだと」
「まさか。クラスターはこのとおり、予測不能な人でしょう? わたしには彼の考えなんて、とても読みきれないわ」
 彼女はかぶりを振り、身に纏う修道服――彼女なりの改良が施されたもの――から手帳とペンを取り出した。
「ところで、今回の報酬についてなんだけど……半分いただけるかしら?」
「はっ、半分んんッ!?」
 ブリッツは飛び上がって驚いた。
 裏社会の法のひとつとして、戦闘中の人物を手助けした者には、望みの報酬を相手から受け取ることができるというものがある。
 メアリーが要求しているのは、なかでもオーソドックスな金銭の要求である。ブリッツが現在持ち得ている所持金のうち、半分を支払えと言うのだ。
「待て、待ってくれよ、二人とも! 半分ってのはさすがにボッタクリだぜ!」
「命を救われておいて、言う台詞がそれか」
 クラスターは自らの得物である銃器、電銃ライトニングを相手に突きつけ、わずかに口元を歪める。
「金ならまた稼げ。幸い、おそらくこれでストライフ自衛団は反撃に出てくる。次のドンパチは間髪入れずに巻き起こるだろう」
「…………けどよ、やっぱ半分は盛りすぎじゃ――」
 どうにか、もう少し金額を減らしてくれるよう食い下がろうとするブリッツ。
 だが、メアリーが鍵の束を取り出すと、すぐに態度を変えた。
「待った! 俺の『待った』を待った! いいよ、わーった、持ってけっ!」
 彼は分厚く盛り上がった革の財布を投げ渡す。
 それを拾い上げると、メアリーは片眉を下げ、顎に人差し指をもっていく。
「あなた、普段からこんな金額を持ち歩いているの? 不用心じゃない?」
「なら、銀行なら安心なのかよ」
「……ふふっ、あそこに預けるのなら、カジノに預金したほうがマシだわね」
「だろだろっ、そういうこったよ」
 俺もちゃーんと頭使ってんだぜ、とブリッツは腕を組んで微笑んだ。
 クラスターは紙幣を指で一枚一枚はねつけながら、相手には伝わらないように心のうちで笑う。
 何を得意げな顔をしているのだ、大バカ野郎が。
 オマエは命をドブに捨てるところだったんだぞ。
 だというのに、それを綺麗さっぱり忘れて、お気楽な奴だ。
「…………あぁ、そうだ。いまブッ壊した戦車のほうはどうする?」
「ん? アレなぁ……スミスのアネゴなら欲しがるんじゃねぇの?」
 あらゆる技術に興味を示し、研究と発明に喜びを見出すスミス相手であれば、確かに機動戦車が無駄になることはないだろう。
 まがりなりにも我々の元締めであることだし、恩を売っておくというのも、先々を考えたなら悪くはなさそうだ。
「悪いが、俺には急ぎの用があるんでな。運ぶのは頼むぜ、お二人さん」
 ブリッツはさっきまでそうしていたように、ウクルと殺人旗オニキリを持って移動を開始する。慌ただしい男だ。
「女。このクズ鉄、運ぶつもりあるか?」
「いいえ、ちっとも。そう言う、あなたのほうは?」


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