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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第17回 17


 メアリーは地下駐車場に向かう合間、恋人兼相棒であるクラスター・ダンへと連絡をとった。今日は仕事の依頼を受けていないので、容易に呼び出せるはず。
「もしもし。こちら、ローズ。返事を聞かせて、クラスター」
 無線機からの応答には、いささかばかり時間がかかった。
 事前通達のない急な連絡だ。相手のほうも、少し慌てたのだろう。
「女か。今日はどうした」
「クラスター! ごめんなさいね、寝ていた?」
「ああ、おかげで最悪の気分だ」
 冷たい口調で、クラスターはあくびを噛み殺す。
 彼は朝が非常に弱い。目を覚ますといつも、ぶつくさ文句をつぶやくほどに。
「つまらねぇ用なら覚悟しろ。ド頭に真っ赤な花が咲くことになるぞ」
「仕事よ。西の〈双神〉所有の港倉庫。急ぎの依頼なの」
 無線機からは、バタンッと、彼が何かを動かした音がする。
 冷蔵庫から飲み物でも取り出して、喉を潤しているらしい。悠長なことだ。
「今日は空いているはずだろ。ほかにまわせよ」
「あなたをご指名なのよ。ブリッツがDieピンチで」
「俺たちはいつでも、年じゅうDieピンチだろうに」
 こちらに負けず劣らずの発音で、クラスターは応える。
 そして、メアリーは渋る彼の言葉に、予定の変更よりも重大な意図を察した。
「クラスター。あなた、怖いの?」
「――何?」
 そう。クラスター・ダンとは、そういう男だ。と、メアリーは心を推し測る。
 クラスターは昔、殺しの師であり育ての親であった人物を見捨て、逃げたことがある。それは師匠ご本人が望んだ行為ではあったが、多感な年頃にあった彼の人格形成に、大きな変化を与える出来事となったとみえる。
「大丈夫、心配することないわ。ブリッツは助けられる。わたしたちですもの、成し遂げられないわけないじゃない」
「女――あまり嘗めた口を叩くなよ。この自堕落なメス豚が」
 過激な暴言をはき、クラスターは語気を強める。
「身勝手な推論を便器みてぇな口から放つんじゃねぇ。虫唾が走るぞ、ふざけたことを抜かしやがって。オマエなんぞにマスターの何がわかる?」
「………………」
「……ハッ。ちょいとなじっただけで黙りこくのか。これだから――」
「クラスター。わたしは死んだりしないわ」
 罵倒を続けるクラスターに、しかし、怯むことなく断固とした声で宣言する。
 この毅然とした口調に、今度はクラスターが押し黙ることとなった。
「あなたもわたしが死なせない。あなたの友達も、決してわたしが死なせない。もちろん、あなたの思い出も穢さない」
 メアリーはすでに駐車場にたどり着き、愛用のバイクに跨ろうとしていた。
 鍵を差し込み、エンジンを吹かして、獰猛なモンスターマシンを調整する。
「加護とは信じる相手にこそ、与えられるものよ、クラスター。もう出るから、しっかりと準備をしておいて」
「おい、女。オマエ…………」
「信じているわ。わたしの可愛い人」
 クラスターはまだ何かをしゃべろうとしているようだったが、有無を言わさず通信を終えた。そして鋼鉄の愛馬を完璧な手綱さばきで乗りこなして、想い人の塒(ねぐら)たる北宿舎区まで駆け抜ける。
 とどのつまりは、クラスターは他者を深く愛せる人物なのだ。
 なぜ、知人の窮地に推参することを拒むのか?
 なぜ、訳知り顔で師匠を語ることで激昂したのか?
 それは相手に対する情があるためだろう。彼が真に冷たい男性であったなら、あのような言い方はすまい。
「……あっ、ヤバい。萌えすぎて鼻血出てきた…………」
 大通りの角を曲がり、ドリフトを披露しながら、ハンカチを片手で探す。
 倒れ込みそうなバイクの傾き具合に、歩道をゆく学生風の男女四人組が驚嘆をあげたが、そんなことは自分にはどうだっていい。今はなにより急がなくては。


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