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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第16回 16


   O.O.S.『厄介事は重なるもので』

 メアリー・ローズには、心から愛する恋人がいた。
 その恋人というのは、気の弱さゆえ自分自身を欺き、心にもない暴言を吐き、他人を遠ざけるくせに寂しがり屋――人間として繊細すぎるがために、扱い方が難しい男性であった。
 だけれども、そういった彼の意地っ張りな性格こそが、メアリーを惹きつける最大のチャームポイントなのだ。
 それに、メアリーは「生涯で愛する異性など、この世に一人でじゅうぶんだ」という考え方を持っていた。つまるところ、来るべき誓いを果たす男のほかは、有象無象の匹夫でしかないのだ、と。
 それゆえメアリーにとっては、恋人は理想そのものと言っていい人物だ。
 難のある人物こそが、すなわち、愛でる価値のある相手なのだから――。
「困った人ね、〈破拳〉は。こんなにもカノジョを困らせるなんて」
 中華風の装いのなされた店内で、メアリーは向かいに座った相手に言った。
 東洋人と見られるその女性は、いかに言葉を返したものかと、顔を俯かせる。
「あなたもあなたよ、ミィミィ。相手が逃げるなら、捕まえに行かなくっちゃ」
「そ、そんなこと――っ!」
「そんなことをしたら嫌われるの? だったら蒼流星は、その程度の愛情しか、あなたに持ち合わせていなかったのよ」
 ミィミィこと、三池満依(みいけ みつよ)は、この言葉に沈黙してしまう。そうはいわれても、これまで常にひかえめな態度で接してきた相手に、いきなり勇猛果敢に挑める満依ではないのだろう。
「というか、あなたのような……なんて言ったかしら? ほら、戦艦みたいな」
「戦艦?」
「だから、あれよ。ヤマ……ヤマナ? もぅ、ここまで出てきているのに!」
 メアリーは、自身の記憶の曖昧さに苛立ちながら、指先で円卓を叩いた。
 引き出したいのは大和撫子という単語であったが、満依にそれと知られることはついにはなかった。
「とにかく、ミィミィと蒼とはもっと真剣に、本気でぶつかったほうがいいわ。あまりにも、このまま自然消滅というのは酷だもの」
「そうね……。それは、そのとおりだと思う」
「――それにしたって、腹立たしいわ。離れていくならいくで、タイミングってものがあるのに」
 どうやら、蒼が満依に連れなくなったのは、同衾して間もなくのことらしい。それは言い換えると、両者が男女の仲になったあとだ。
 あの堅苦しげな男にかぎってと思うが、あるいはああした男のほうが、利己的なものなのかもしれない。蒼が一時の夜伽のためだけに友に手を出したのなら、メアリーは相手への不信を余儀なくされていた。
 なにせそんな男は、ただの屑。ただの見下げた猿である。
「勘違いをしないで、ローズ。あの人は貴方が考えているような男性じゃない。蒼さ……蒼さんは、お優しい方なの」
「どんなダメ男も、恋をしているあいだは輝いて見えるそうよ。ミィミィの目、ちゃんと開いてる?」
 満依は今度も言い返しはしなかったが、不満がないわけではないようだ。
 あくまでも満依は、関係修復の相談をしているだけのこと。恋人に対する文句など聞かされる趣味はないのだ。
「ねぇ、電話をかけたりすべきなの?」
「電話? そうか、そういう手もあるのね。それなら――」
〈鋭華〉メアリーは、普段から仕事上で使用している通信無線機を取り出した。依頼遂行中の連絡手段として、〈双神〉傘下に浸透しているモデルである。
 電話回線では何者に聞かれるかわかったものではないが、これならば周波数の変化でいくらかの撹乱が可能になる。
「コレを使えば、より安全に連絡をとることができるわ。さ、手に取っ――」
「おい、聞こえるか! もしもし、メアリー・ローズ! 応答をどうぞッ!」
 満依に無線機を手渡そうとすると、そこから切羽詰まった声が流れてきた。
 声の主は疲れきっているらしく、ぜぇぜぇと荒い息遣いをしている。
「もしもし。こちら、ローズ。そちらは?」
「ブリッツ・エンフィールド! こちらは商港倉庫で戦闘中!」
「倉庫……ということは、西ね。何と戦っているの?」
「戦車だ、とんでもねぇ戦車!」
 はい? と思わず、こちらは声をこぼしかける。
 なんでそんな代物が出てくるのだ、と問いかける前に、彼の言う戦車の銃撃が無線を通して耳に届けられた。
「なるほど、戦車みたいだわね。応援に行くわ」
「おう、頼むぜ。旦那を連れて二人でな。〈変貌〉の銃器が、この鉄クズの動きを止めてくれるはずだ!」
「ええ、もちろん。五分で駆けつけるから、それまで持ち堪えて!」
 メアリーは無線を切り、満依を見つめた。
 相手の面持ちも、緊張に張り詰めている。
「ごめんなさい。急用ができたわ。あなたたちのことは、またあとで」
「うん。気をつけて」


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