小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第15回 15


   Memory2-2

 午後の授業を終え、放課後となった教室で、私は大きなあくびをもらした。
 風に揺れるカーテンと、暖かな夕日のまどろみ。
 ランチタイム後の授業は、半分以上寝ていたようなものだ。
 まぁ、聞いていようがいまいが、そんな大した教えを説いてはいないだろう。専門職にでも就かねば、因数分解や他国の歴史を掘り下げていくことなどない。
 そうした学問を教えるのならば、イビリ癖のある年配者へのゴマのすり方や、可愛がられる新入社員講座なんかを教えてもらったほうが、将来の役に立つ。
「クレメンツ、やっと起きたのか」
「ん……ああ、おはよう。エストック」
 両の目蓋をこすりながら、彼に返答した。
 彼は机に腰を下ろして、鞄にロッカーから取り出した教科書をしまっている。
「放課後に『おはよう』とはマイペースだな。お前のことを、リトル・ロックが睨んでたぞ。追加の課題が出されるの、覚悟したほうがいいんじゃないか?」
「追加ってことは、今日も出題されたんだ? 何ページから何ページまで?」
「今日のトコから新章の終わりまで。『きっちりと復習して、来週の水曜日までに提出してください』だとよ」
「復習も何も、聞いてなかったんだけどな。オレは彼の講義なんて。それとも、彼の歌っていた聞きなれない子守唄が、ひょっとして講義だったとか?」
 本人が聞けば途端に呼び出されそうな台詞を、とぼけた顔で口にしてみる。
「そんなこと言ってっと、あの短足の稲妻が落ちるぜ」
「クレメンツは怖いもの知らずなトコがあるからなぁ」
「ケンカふっかけて相手がノッてくれれば、授業が潰れて俺たちも助かるけど」
 会話を聞いていたクラスメイトたちが、面白がるように言葉を返す。
「そうなったら、そのときはオレに何か奢ってよ」
「「「モチだぜ、モチ! 決まってんだろ?」」」
 陽気な彼らはみんな、親指を立てて笑って見せた。
 クレメンツ少年はまたあくびをこぼすと、鞄を開いて教科書を納めようとして……やめた。鞄のなかには、ホーネットの手作り弁当が入っているからだ。
 だからどう、ということもないはずなのだが、なんとなく、一緒に鞄に入れておくとまずい気がした。知識を得て、外に出て行ったりしたら嫌だったしね。
「――んで、クレメンツ。バイトまで、いくらか時間の空きがあって暇だよな? 良かったら、図書館でも行かねぇ?」
「図書館だって? 珍しいね、君がそんな場所に行きたがるなんて」
「まぁな。ほらっ、ククリと待ち合わせをしてるんだよ。もしも、お前を捉まえられなかった場合の保険としてな」
 エストックは少しきまりが悪そうな顔で、ガシガシと頭髪をかいた。
「あいつ、あんまり待たせると文句言うからさ。悪いけど、急いでもらえるか」
「わかったよ、エストック。オレにも読める本があるかも知れない」
 教科書を脇に抱え、鞄を右肩にかける。
 それから、なんの気なしに、図書館でひとり待つククリの姿を想像してみた。
 静かな部屋で黙々と書物に目を通して、記述された文献に一喜一憂する彼女。――なんだか、とても画になりそうな予感がする!
「それじゃ、みんな。明日も学校で」
「バイビー。またなっ」
 私とエストックはクラスメイトに別れを告げ、図書館に向かう。
 図書館は学校から通りを抜けて、十分ほど歩いた先だ。親友との歓談の合間に行き着いた館内の歴史書コーナーにいたククリは、予測より簡単に見つけることができた。彼女が手に取っていたのは、ほかならぬブレイゾンシュタットの歴史について記された、分厚い書物である。
「クークリーッ、来たぜぇっ」
「あっ、兄さん。それに、クレメンツさんも」
 ククリは読んでいたページを指で挟み、落ち着いた様子で振り返る。
 想像どおり、彼女の知的なたたずまいに、図書館の雰囲気は似合っていた。
 司書さんなどになったなら、街の住人の話題をかっさらうこと請け合いだ。
「それ、面白いの?」
 ククリが手にしている本を指差して質問する。
 他国の歴史や闘争の記録などに興味はないが、生まれ育った街の成り立ちは、多少ながら気がそそられる。
 そもそも、私が知り得ている情報などはいい加減なものだ。この街を開拓した先住民とは、どのようにして生まれたのか。このような文明を築くほどの技術をどうやって得たのか。紋章地区をはじめとする、多くの場所で見られる文様とはなんなのか。それらひとつとして、私は正しく理解していないのである。
「すっごく面白いです! とんでもない説も見受けられて、わたし、無我夢中でページをめくっちゃって……!」
 ククリは興奮気味に瞳を輝かせる。とっても可愛い。
 相槌を返しながら、彼女の持つ本の題名を確認する。
『ブレイゾンシュタット解読本』と銘打たれたこの著作物を、いずれ借りよう。暇をつぶすにはもってこいだろうし、とんでもない説とやらも知っておきたい。
「ともかく、どっかに座ろうぜ。お前、立ちっ放しで足が痺れないのかよ?」
「もぅ。兄さんも読書くらいしたら? 痺れなんて気にならなくなるものよ」
「俺は感覚が麻痺するような危ない本、読みたかないね〜〜だっ」
 エストックは、あっかんべー、と舌を出した。
 童心を捨てない清々しさ。もはや感服である。
「まぁまぁ。エストックが言うように、どこか座ろうよ。あの辺りはどうかな」
 兄妹に休憩所を指で示して、ふたりに先立ち、足を進める。
 真っ直ぐに歩んで行く途中、ある入館者と肩がぶつかった。
「おっ……すまんな、そこの御仁。小生は少々、よそ見をしていた」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで」
「そうか? では、そうさせてもらうことにするが――」
 入館者は、クレメンツ少年を通り過ぎたかと思うと、首だけをこちらに向け、
「ところで、こうして逢うたのも何かの縁だ。小生の頼み、ひとつ聞いてみてはくれまいか?」
 と、唐突に頼み事を申し込んできた。
「また、いきなりだね。なんでオレに頼むんだい?」
「ははっ、言葉が足らぬのが小生の欠点でな。心配せずともタダとは言わん」
 相手は微笑むと、空間から引き抜くように、分厚いお札の束を取り出した。
 私もエストックもククリも、これにはギョッとなって両目を見開く。
「これでいかがかな。生憎、今は手元に三百万しか持っておらぬのだが」
 三百万……『しか』? 『しか』ってことはないだろう、大金だぞ!?
 というよりか、その札束を今どこから取り出した? 隠し持っていたようにも見えなかったけれど。
「お金の使い道に迷っているのなら、施設に寄付でもしたら? 正直に言って、君すっごく怪しいんだけど」
「むふふっ、良い良い。そうした警戒心は、身を守るためには大事なものよ」
 彼はあしらうように口にして、札束をトランプでも切るようにもてあそんだ。
 余裕のある面差しで、休憩所の机に円を作るように紙幣を並べた彼は、そばにかけるように指先で私たちを呼びつける。
「安心をしてくれ。これはキレイな金ぞ。後ろめたい真似をして、不当に稼いだものじゃあない。言ってみれば、小生の上司からの配給品のようなものでな」
「配給品……?」
「然様、然様。貴殿もお若い、シャバで遊戯に興じたいであろう? それには、いかんせん、先立つものが必要になるはず。小生がそのための援助をしよう」
 私は、初対面であるこのとき、話しかけてくる相手にきな臭さを覚えていた。いきなり現れたと思ったら、『援助』などという言葉を待ちかけてくる輩なんて、ちょっと普通じゃない。
 けれど、信じられない話なのだが、彼の目的は本当にそれだけだった。
 彼はおそろしいほどに人情に篤い人物で、この私を――いいや、クレメンツを『援助』することだけを考えて生きていた。
 この人物は親友と双肩を成す、本心から信頼できる同志となるのだ。
「受けるかどうか決めるのに……。まずは、内容を聞かせてもらえるかい」
「うむ、では手短に」
 彼は、コホンッと、咳払いをする。
 そして先ほどの札束のように、またしてもどこからか、地図を引き抜くようにして取り出して見せる。目にする者の度肝を抜く光景であるが、自分たち以外の入館者に、彼の行動を注視する者はいない。それどころか、机上の紙幣にさえ、みんなは気がついていないようである。
「この街が東西南北、それぞれの区画に分けられていることは承知のうえよな。それら区画のとある場所に、共にご足労願いたい」
「…………それだけ?」
「これより先は、その場に辿り着いてからだ。二時間ほどで済むと思うのだが」
 ものの二時間で三百万ユーロ、か。割りが良すぎて心が痺れる話だ。
 しかし……本当にただそれだけなら、ひょっとして、オイシイんじゃないか?
「良し。その頼み、引き受けた」
 あっさりと、といっていい口調で、クレメンツ少年は承諾の意を示した。
「うぇえっ、マジかよクレメンツ!」
「クレメンツさん!」
 エストック、ククリのふたりが声を荒らげる。どちらも、相手を疑うべきだと考えていたのだろう。兄の顔は険しく、妹の顔はわずかに青ざめている。
「大丈夫だよ。すぐに戻るから」
「戻るったってお前、向こうで何が起こるかもわからねぇのに……」
「大丈夫だってば。けど、もしも遅れたときは、ウェッソンさんによろしくね」
 こう言い聞かせれば、エストックはムッと顔をしかめた。
「なんだよ、そりゃあ。クレメンツ、一人だけで行く気か。寝言は寝て言えっ、俺も行くからな! こんなヘンな奴と一緒にできるか!」
「ヘンな奴、であるか。まぁ良い。貴殿も立ち会いたいというなら、断る理由はないのでな」
 相手は札束をひとつにまとめ、エストックに差し出した。
 あらためて目にすると、今一度、その厚みに圧倒されそうになる。
「貴殿ら三人で分け合えば、ちょうど一人の取り分は百万ユーロ。大事に使うと良かろう、エストック・シュベーアト」
「――――ちょっと待て、おかしいぞ」
 クレメンツ少年は、相手を鋭く睨みつけた。
 背後でククリも、こくこくと頷いている。エストックは、首をかしげていた。
「君、今なんて?」
「だからだな、ニレオ。シュベーアト兄妹と分かち合えば、皆の取り分は……」
「なんでアンタ、オレたちの名前を知っているんだ」
「変ですよね。どう考えても不自然ってもんです!」
 彼は立て続けに指摘された事柄に、二拍ほど遅れてハッとなる。
 だが、すぐに落ち着きを取り戻したように、飄々とした口調で、
「いやなに、貴殿らは有名人なのでな。本当は、貴殿がここに来ることも知っていたのだ。教室で話していたのを聞いていて、な」
 と、自身の額をぺしぺし叩いた。
「教室でだとぉ?」
 エストックが聞き捨てならない、というふうに、耳にした言葉を繰り返す。
「嘘こけってんだ。お前みたいなの、クラスで見たことないぜ」
「それは貴殿の両の眼が曇っておるゆえ、気づかなかっただけのことだろうよ。小生は確かにそのとき、学校におったのだ」
 相手はエストックを視線から外すと、こちらを横目で捉えて話しかけてくる。
「小生はな、ニレオよ。貴殿に前々から一目置いておったのだ。貴殿は賢しく、抜け目なく、しかも冷静沈着だ。そしてどうやら、度胸も据わっておるらしい」
 自身の目に狂いはなかったと、彼は機嫌よさ気に目を細めた。
「これより、長い付き合いになりそうだ。小生はパイソン。お見知りおきを」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 1021