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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第14回 14


 ――ブレイゾンシュタット紋章地区、商港倉庫。
 奇抜な恰好をした男が、その場で、五十人の衛兵から拳銃を向けられていた。
 おかしいな。今日の乙女座は一位だったはずなのによ。
 今朝がた見たニュース番組の内容を思い出し、男は溜め息まじりに微笑する。
 愛娘が成長するにしたがって興味をもった、ちゃちな十二星座占いが、今では毎週欠かさず見ないと落ち着かない。
 思ったよりも他者から影響を受けやすいようだと、そんな己自身の単純さに、男は目の前に居並ぶ衛兵そっちのけで自嘲していた。
「オマエ、今日で終わり! ウクル、オマエ殺すッ!」
 なにやら、たどたどしい口調で、敵対している者のうちひとりが喚きちらす。
 安っぽいスーツを着込んだ奴の名前は、ウクル・ストライフといった。
 この市街で七年前から活動している、ストライフ自衛団の幹部。その一角だ。奴らは形成した組織を、得意げに自衛団などと称しているが、やっていること自体は屍拾いの浅ましい乞食と大差ない。名だたる使い手たちが仕留めた標的から金品を奪い取り、臓器を密輸ならびに売却することで相互の利益を生むという、外道じみた方法で組織を拡大させるドブネズミも同然の連中だ。
「面倒くせぇな……。殺(バラ)しちまえりゃあ、楽なんだがよ〜〜」
 右手で頭をかき、左手に持っている包み紙に視線を落とす。
 今日は愛娘の誕生日。占いの結果に気を良くし、贈り物を買いに出てみれば、なんの因果かイカレ頭のパンク野郎にケンカを吹っかけられるとは…………。
「上の二人から『幹部はシカトぶっこけ』っ、つわれてんだ。退いてくれや」
「ウクル、オマエに勝つ! 大手柄! イカルスとディアナ、おれ見直す!」
「テメェ、両耳そろって外出中か。それとも、小汚いカスでふさがってんのか。どっちだ?」
 ああ。よりにもよってなぜ、こんな会話能力さえも備わっていない使い手と、時間を浪費せねばならないのか。
 なにも団長と話をつけさせろとは言わない。
 だが、相手をするならせめて副団長にしてくれ。頼むから。
 やれやれと――ブリッツ・エンフィールドは両肩をすくめた。〈双神〉から注文がなければ、気持よくウクルを小突きまわしているところである。
 ストライフ自衛団はここ何日かで、突然、それまでの屍拾いを中断していた。いずこからか〈双神〉の事実上の引退を耳にし、自分たちに都合のいい法を設立すべく〈異名者〉狩り≠開始したのだ。後ろ盾もなしに掲げるには余りある野望であるが、自衛団団長のイカルスは、それでもしたたかなる人物と判断して良さそうだ。最前線に送るべき者がどういう相手か、しっかり判断できている。
 ブリッツは、足元に転がしていた自身の武器を、片足で地べたから起こした。
 右手に掴んだその武器は、デフォルメチックな大漁旗。大の男の背丈を軽々と上まわる棒芯、その先端には倉庫の上方にある窓からの風にたなびく、己自身を鼓舞するための「鬼」の文字が描かれている。
〈斬鬼〉ブリッツは、構えた大漁旗で居合わせる全敵兵に見得を切り、わずかに腰をかがめた。
「幹部だけシカトすりゃいいんだろ。アニキとアネゴの言葉は守るぜ!」
「ッ! オマエ、構えたな!?」
「当然だ、タァコッ! テメェは数に入ってねんだ、さっさと去(い)ねや!」
 ブリッツが一足飛びで衛兵との距離を詰めれば、ウクルは大慌てで裏に退く。
「撃て撃て撃ちまくれッ、アイツ殺したら祝い酒ッ!!」
 ウクルは号令をがなりながら、階段を使って倉庫の二階に上がる。
 ブリッツはこれに「しめた」と笑みを浮かべ、得物で衛兵をなぎ倒す。
「そうそう、この俺が殺られてたまるかってぇーのッ」
 吠えるように言い返したとき、大漁旗の征服圏の外にある衛兵たちが、一斉に拳銃の引鉄を引いた。鉛で出来た豪雨が唸り、ブリッツを撃ち抜かんと迫る。
 だが、こちらは拳銃の狙いが定まるよりも二十秒ほど速く、背後からの銃撃に対処した。ブリッツの手中に操られた殺人旗オニキリは、風が音を鳴らすほどのすさまじい回転でもって弾丸を弾き飛ばし、そのうえで狙撃主に突進する。
 今度の踏み込みは、先ほど見せた詰め寄りよりも、一段と速い。
「斬刀――滅鎚!」
 殺人旗オニキリが、鏃陣形に集まっていた衛兵三人の喉元に炸裂する。
 瞬間、三つの頭は横なぎに宙を舞い、彼らの首からは鮮血が噴出した。
「……!?」
 あとに残る衛兵たちが言葉もなく、戦慄におののいた。
 衛兵たちが目にするかぎりにおいて、ブリッツが揮うオニキリの棒芯は金属と思われたはずだ。だが暗黒街に名を刻む〈斬鬼〉ともなれば、その材質も特別な仕掛けが施されていて当然。
 いま起きたのは斬撃だ。鉄柱のような殺人旗は、まさしく三人を斬り捨てた。
 そして、はたと衛兵たちは気づく。それこそが、ブリッツ・エンフィールドの異名の由縁なのだと。対峙している猛者こそが、この業界の森羅万象、あらゆる理のうちを斬殺する鬼なのだと。
 ひとりの衛兵が、ここから逃げ出すために銃器を手放そうとした。
 だけれども、その者にはとても、そんなことをできはしなかった。
 恐怖に硬直した指が、忘我と自意識のせめぎ合う頭が、ただ呆然と肉体を立ち尽くさせる。
 無理だ。俺たちはこの場で死ぬ。
 衛兵たちにとっては、それが殺人旗オニキリが喉笛を通過するまでに感じる、最後の思考であった。
 それからはもう、それは殺し合いとすらも呼べない単純きわまる作業だった。動かない木偶人形の首が、三つ、五つと飛び、倉庫内が死臭で埋め尽くされる。
 ウクルは二階でそれを見ながら、身震いする惨状に両目から涙を流していた。
 とめどなく流れる涙と鼻水を手のひらで拭いながら、なれども、両眼の奥底に煮えたぎるような怒りを湧きたたせ、スーツから小型機器を取り出した。
 嗚咽をもらしながら操作を完了させた彼は、しゃがれた泣き声で叫ぶ。
「いい気になるな、〈斬鬼〉ぃ! オマエが死ぬのはゼッタイだぁぁあッ!!」
 倉庫の防護シャッターの向かい側から、荒々しい起動音が響いた。大型車両を連想させるそれは、シャッターを突き破って戦場へと躍り出る。
「ストライフ自衛団が誇る機動戦車だ! オマエ、ここで死んでおけッ!!」
 ……おいおい、マジかよ?
 そんな言葉が思わず、ブリッツの喉から出かかった。
 小金集めに精を出しているのは承知していたが、こんな物が購入できるほど、相手方に金銭的余裕があるとは思っていなかったのだ。
「ざっけんな、テメェ! こちとら生身だぜ!?」
 おびただしい銃撃をしのいだ直後で口にするには、やや説得力のない発言だ。
 とはいえ、目の前に姿を現したチタン合金の虐殺兵器をしかと眼に捉えては、文句のひとつも叩きたくなるのが人間というもの。
 自衛団お抱えの技術者が買いつけた兵器を再構成して作ったのか、はたまた、どこかのマッドサイエンティストが制作したものを取引したのか。
 事の真相はどちらにせよ、この機動戦車はひと目見ただけでも、オタノシミが仕込まれすぎている。
 真正面に取りつけられたセンサーカメラは、ブリッツの姿を舐めまわすように捉えて離さない。連結内蔵された熱源探知機能部位は、どこかの映画に出てくる異星戦士よろしく、サーモグラフィーによる六色の世界を眺めているのだろう。
「心外だぜ。せっかくめかし込んでるのによ。ちゃんと俺の姿が見えてんのか、おい鉄クズ」
 素肌に身に着けたジャケットを、挑発するように、ばさばさとはためかせた。見え隠れする浅黒い素肌には全身、刺青がほどこされている。これまで排除してきた人数分掘り込んだこの芸術も、機動戦車には理解できていないことだろう。
 挑発に反応を見せたものか、敵機は前装甲部双肩に取りつけられた大型機銃、六連銃身からなる掃射部位をブリッツへと向けた。反り立っていた正面装甲は、なめらかに駆動するため緩やかに滑り込んで、キャタピラを防御する。
「見えてはいるってか……? あばよッ!」
 ブリッツはニッコリと笑ってから、倉庫内の物陰へと走り出す。
 一手遅れて、機動戦車は双肩の六連銃身から火を噴いた。人の指先とは比較にならない素早さで、掃射ユニット部位の銃撃が薄暗がりの倉庫を照らしだす。
 ブリッツはコンテナや柱に体躯を隠しながら、機動戦車の裏手に回り込もうと走り続ける。左手には愛娘へのプレゼント。右手には殺人旗オニキリを持っての全力疾走は、まだまだ若いつもりである〈斬鬼〉をしても、なかなか堪えた。
 まかり間違い、何かに両の足をもつれさせるようなことがあれば、ブリッツの生涯はそこで終わりだ。
「しこたまブッ放しやがって……! 娘の花嫁衣裳を見るまでは死ねるかよ!」
 走り抜けたコンテナ群が撃ち砕かれるのを尻目に、ブリッツは転がるように、機動戦車の脇腹を狙える柱まで移動する。
 プレゼントの入った紙袋を口に咥え、空いた手で上着の内側を探った。
 ブリッツには、戦時におけるはずせない流儀があったのだ。
 それは相手がどんな人物、機械であろうとも、戦士として誇り高く屠るという誓いである。悪戯に快楽のみを求め、他者を殺める愚者には決して到達できない武士道の誉れ=侍魂(サムライソウル)!
 ワビ・サビ・マインドを解するブリッツは、決着の瞬間には鉢巻を身に着けていなければならない。そして、仮に己自身が敗れたときには、その鉢巻でもって相手の手柄を証明する。いわばこの流儀は、侍魂の根幹に課した究極の格式美。
「おわッ!?」
 必要以上に長い鉢巻を額に巻いている最中、機動戦車が上体をスライドさせ、柱に隠れるこちらに狙いをつけた。キャタピラに巻き込んでいる衛兵どもの死体による減速を計算に入れていたブリッツは、敵の動きに間抜けな声をあげる。
 それから、なにより失敗であったのは、愛娘へのプレゼントを口に咥えていたことである。
 驚いた拍子に開かれた口元を離れて、紙袋は投げ出される。
 一時は、プレゼントを取り戻さなくてはと思ったが、鉄クズがばら撒く弾幕の危険度を考慮して、当初の予定どおりに戦車の裏手に続く方向に駆け抜ける。
 機動戦車は、近くで動く物を優先的に銃撃するように仕組まれていたらしく、二分ほど浮遊した紙袋はすぐさま蜂の巣にされた。空中では女の子に人気の高いウサギのキャラクターが、ボタンでできた眼を撃ち抜かれ、愛らしいふくらみのある腹をえぐられた。
「――――ッ!!」
 この光景に、ブリッツ・エンフィールドはすさまじい衝撃を受けていた。
 繰り返すことになるが、あれは……女の子に人気の高いキャラクター商品だ。
 娘と一般的な家族団欒を過ごしていれば、どんな親でも子供の熱中ぶりを知ることができる。あれは彼女たちにとって、幼心のなかの親友なのだ。
 ブリッツはこのキャラクターの人形を買うため、二週間前から予約していた。本当ならば前もって購入したあと、気の利いたドレスアップを行い手渡すつもりだったのだが、出向いた日はすでに売り切れ状態だったのだ。
 ようやく予約に合わせて購入した時は、心から安堵した。これで愛娘の笑顔は約束されたも同然だからだ。
 父と慕う娘に「生まれてきてくれて、ありがとう」と伝えることができると、「これからも健やかであってほしい」と祈ることができるものと確信していた。
 それが…………今コイツ、何をしやがった?
「くっ、くへへへへへへ……」
 顔面の筋肉が痙攣する。
 何ひとつ可笑しなことなどないのに、我ながら気味の悪い声が喉をついた。
「テメェおい、こら鉄クズ。この損失どうしてくれんだ?」
 機動戦車は当然、返答などよこすことはない。
 代わりにウクルがこの変化に、大きく距離を隔てた二階ですら後ずさる。
 身体じゅうの毛穴がすべて開いたような、ゾクリとする感覚を味わっているのであろうウクルは、手にした小型機器のとっておきのスイッチを見やった。
 どんなに恐ろしい相手であろうと、コレさえ使えば倒せないはずはない、と。
 高揚と恐怖の入り混じった顔で、彼は汗ばんだ指を使い、スイッチを入れる。
 機動戦車は騒音を立てて、前装甲部をキャタピラから起き上がらせた。さらに装甲は変形を続け、こちらを指差すように大口径の特殊砲身を延び出させる。
「あぁん? んな粗末なモンでどうしようっての、テメェはよぉ」
 移動距離五歩圏内にまで迫り出た特殊砲身を睨み、ブリッツは首を鳴らした。
 高めに高められた不機嫌はもう、極限状態にまで達していたのである。
 何が今日の占いだ、今日のあなたは運気最高潮だ、イラつかせやがる。
 これが済んだら、少し格は下がるだろうが、娘へのプレゼントを選び直そうとブリッツは考える。そしてついでに、新しいテレビも買おうと心に決めていた。
 現在のテレビは、今朝がたのニュースキャスターがブラウン管に映り込むのと同時に粉砕してやる。じかに頭蓋骨を叩き割られないだけありがたいと思えと、定まった今後の予定に鼻を鳴らした。
 機動戦車はそうした思惑などは露と知らず、特殊砲身の補佐部位を車体後方で作動させ始める。扇形に展開された装置は不具合なく機能を開始して、大気中に含まれる静電気を取り込んでいる模様。供給電力を受けて発光する特殊砲身は、また別個の吸入装置と同化しており、なんらかの砲撃を執り行うつもりらしい。
 怒り心頭で見つめる〈斬鬼〉の第六感が、危険信号を打ち鳴らす。
 この兵器、どういうわけか妙に見覚えがあるではないか?
 近頃、目を通した漫画のバックナンバーを脳内で整理する。
 確かに、こうした様相の兵器が描写されていたはずなのだ。それは無茶苦茶な破壊力をもち、永遠の男の憧れ、レーザービームを放つ超科学兵器であった。
 その名称を頭から引き出す頃合いになって、戦車の姿は光で見えなくなる。
「こいつは、まんま荷電粒子砲じゃねぇかッ!!」
 ブリッツは正体が見知れるや否や、殺人旗オニキリを用いて、いち早く倉庫の二階に棒高跳びの要領で跳躍する。ついでにウクルに膝蹴りを浴びせかけ、彼を担いで窓から外にのがれた。
 抱え込んだ人物が砲撃に巻き込まれて死んでしまったら、それは〈双神〉との約束事を違えるということだ。それだけは、装填終了が間近に迫る荷電粒子砲を相手どるよりも、なお避けねばならない。侍とは目上の使い手に、いついかなる時も敬意を払う者。実際、日本育ちの〈破拳〉が口にしていたのだから、疑念を差し挟む余地はない。
 侍魂を受け継いだと自負するブリッツは、どうあっても片手間で敵機の相手をするほかにないということである。
「!!」
 地面に着地するのと同時に、高密度に圧縮された粒子が、熱線をけたたましく放出させた。一直線に解放された熱線は、それまでいた四番倉庫を撃ち壊す。
 熱線は商港を越えて、はるかに続く海原まで水飛沫をあげて消えていった。


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