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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第12回 12




〈征覆者〉が用意したマジカルなオモチャ箱。
 そいつが効果を発揮するまで、タイムリミットは七年だという事実。
 クレメンツ少年は、そのような危険など、当時まるで理解してはいなかった。
 それどころか、現世の向こう側≠ノ属する者たちすら、そんな計画が進行しているとは知らなかったのだ。
 私が〈狂公〉と〈破拳〉の二名に出会ってから知った事柄といえば、自らの父がどこまでもわからず屋で、母はとんでもないお気楽者だということだけだ。
 ――光陰矢のごとし。月日は流れ、砂時計は器を満たさんと作動し続ける。
 これから記すのは、高校時代の出来事だ。
 経過した年月は四年。私は十七歳となり、自分をオレ≠ニ呼ぶようになる。
 そして中学時代との決定的な違いは――読んでもらえばすぐにわかるはずだ。





   Memory2-1

 カフェテリアは学生たちに占拠され、学年の区別もなくごった返していた。
 クレメンツ少年は取り分け方式の昼食を、食器へ移して座席まで運んでいく。
 この日は、デザートに有名店で取り扱っているチョコレート・プディングが並んでいて、生徒の数名はそのあまりのまばゆさに両目をしばたたいている。
 もしも、宇宙人が攻めてきたと伝えても、彼らは目の前のごちそうのほうが大事だと答えるかもしれない。このプディングは、それだけレアな存在だった。
 まぁ……私にはどうでも良かったのだけど。
「よっしゃーーっ! コイツが食べたかったんだっ!」
 隣で喜びを叫ぶのは、やはりというかなんというか、友情が長続きしているエストックその人だ。
「そんなに欲しかったら、オレのもあげようか」
「にゃにぃいッ!? いいのか、クレメンツ!」
 このときに限り、エストックの眼が輝いて見えた。光物を見つけた猫みたく。
 彼は相変わらず素直な性格のままで、ある種の名物として、ますます学園の人気者となっていた。親友が広く受け入れられていく過程は、見ていて楽しい。
「受け取った限りは返さないぞ、俺。あとで気が変わったって言っても」
「疑りすぎだって。それとも、オレはそんなにさもしく見えるのかい?」
「…………たははは……。そっ、だな。じゃ、遠慮なくもらうぜぇッ!」
 エストックはほぼ飲み込むように、プディングの容器を口元に傾けた。
 ツルッと、食後に取っておくべきデザートは、彼の胃袋に収められる。
「んっほぉ! 芳醇っ!」
 意味がわかっているのかいないのか、エストックは感嘆を吐いた。
 と、そんなおりに、誰かが彼の後頭部を軽く小突く。
「てりゃっ」なんて可愛らしいかけ声のあとで、その娘は兄の顔を見下ろした。
 正直に言って、彼女を目にし、ずいぶんと綺麗になったなぁと感じたものだ。元がいいと、成長した姿も可憐であるらしい。
「兄さん。みんながいるところで大声を出さないでよ」
「うまいんだからいいじゃねぇかっ! 無料なんだし!!」
「無料なわけがないでしょう! 両親が払う学費に、昼食代も含まれてるの!」
「な……、なんだってぇえッッ!?」
 ガビーンという文字が幻視できそうな驚きようで、彼は身を仰け反らせる。
 ククリは兄の姿に溜め息をついて、クレメンツ少年に顔を向けた。
「クレメンツさん。正直に言ってくださいね?」
「えっ、何が」
「兄さんと一緒にいると……その、疲れません?」
 いいや。まったく。期待はずれかもしれないけれど、これが私の本音だ。
 彼の存在は、ただ息をしているだけであっても、生き方の手本と言える。
 そうした相手の隣にあって、疲れるなどということはあるはずもない。
「そう言う、君はどうなの?」
「はいぃ?」
 聞き返されるなんて考えていなかったのだろう。
 ククリは、妙ちきりんなイントネーションで声を発し、片眉を下げた。
「その、だから君は、お兄さんが好きじゃないの?」
「う……っ、質問に質問すると、テストでいい点とれませんよ!」
「――ああ、そうか」
 ククリに頷き、こちらはやや意地悪な表情を浮かべて見せる。
「オレはエストックが好きだし、一緒にふざけ合うことに疲れた試しはないよ。それで、君はどうなのかな?」
 きちんと解答したうえで、相手に対して問いを投げる。
 これなら筆記試験で赤点をとることも、相手の機嫌を損ねることもないはず。
「…………」
 ――と思われたのだが、彼女は空いている席に座り込むと、無言で自分に鋭利な視線を送ってくる。控えめな敵意が加味された視線だ。
 これは――どういう事態であろうか?
 もしや、またもエア・フリーズが発動してしまったのか?
「クレメンツ……さんも…………」
「う、うん?」
 ククリは真剣な面持ちで、意を決して言葉を放った。
「クレメンツさんも、わたしをブラコンだって言うんですかぁーーッ!」
 ククリの剣幕に、周囲の生徒たちの視線がひとつとなって、私に集まる。
 兄に負けない大声を発した彼女は、はたと我に返るなり、咳払いをした。
「…………」
「…………」
 ククリは気まずさに、自分は何をどう言ったものかと、互いに黙る。
 エストックはといえば、心配りの視線に両眼を右往左往させている。
 ……さて、まいった。
 昔から他者への発言に配慮が足らないのは理解していたつもりだが、相手の胸中に設置された地雷というものは、何を機に起爆するか知れたものではない。
 ともかくは、相手の機嫌を損ねたこちらが、場を取り繕うしかなさそうだ。
「ククリ。君は……ブラコンって、クラスメイトにからかわれているの?」
 キッ――と、彼女の眼がこちらを射抜く。
どうせ知っているくせに≠ニ、眼が責めたてている。
 そんな目つきで睨まれようとも、私は彼女の学園生活など把握してはいない。
 もっと言うなら、ブラコンという言葉の意味すら、きちんと理解していない。
 今度、辞書でも引いてみようかな。
「わたしは……別に兄離れができていない、というわけではないんです」
「うん。オレから見ても、ククリは自立した女の子に見えるよ。だからなんで、そんなことを気にしてるのかと思って。良かったら、聞かせてくれない?」
 この発言は嘘偽りではない。ククリは実際、しっかり者だ。その挙動と言動において、親友の上をいき、司るところは彼女のほうが姉上であるかのごとしだ。
「クラスの娘が、この歳で兄妹仲が良すぎるのはヘンだと。兄がうざったくて、目障りに思うものだと言うんです。だけどわたしは、そうした様子がないって」
「ははぁ、それで妙に意識してしまっていると」
 相槌を返したなら、彼女は言葉なく頷いた。私はククリを見つめ、こういう仕草さえも可愛らしいなと、頭の片隅で感じていた。……バカバカしい話だけど。
「クレメンツさんも、ヘンだと思いますか。こんなのは、おかしいっていうか」
「いや? いいんじゃない?」
 今にして思い返せば、なんとも軽薄な返答である。
 真面目に答えてやれよ。彼女には深刻な悩みなんだから。
「オレは一人っ子で兄妹がいないから、正直、そういうのがわからないんだ。けど、だからこそ憧れている部分があるんだよ。年の近い肉親がいたら、毎日にぎやかなんだろうなー、って」
「――――。こんな手のかかる兄がいたら、にぎやかなんてもんじゃないです。動物園のほうがまだ静かってもんですよ」
 話題が移ってからはじめて、ククリの表情が和らいだ。対照的に、威厳などかけらも感じられていないと悟ったエストックは、沈鬱に表情を曇らせだす。
「それでいいんだって。家族ってそんなもんだよ。嫌っていないなら、無意味にツンケンする必要なんかないんだ」
「そう……ですよね。クレメンツさん、ありがとうございます。頭の中にあったモヤモヤが薄れました」
 お礼というにはおよびませんけど、と彼女はクレメンツ少年に顔を近づける。
 そして、ひそひそと小声で、
「わたしは……時々ですけど、一緒にいて疲れますよ、兄さん」
 と耳打ちする。クレメンツ少年は、これに思わず吹き出した。
 これも兄妹たればこその感覚だとすれば、いちど至ってみたい境地である。
 そんなふうに思った、私の思考を妨げる者が現れたのは、この直後のこと。
「こーらぁっ! 学生が真っ昼間に、イチャコラしとるとは何事かーっ!」
 背後から聞こえたのは、聞き馴染みのある声だった。
 それというのも、高等部に移ってからは休みなしに、昼休みと放課後に自分に会いに来る人物のものであったためだ。
「センセィ。オレはイチャついた覚えはありませんけども」
「イチャついた生徒は誰もがそう言うの! 騙されないから!」
 イチャコラする奴らは、嘘つきのお仲間だったのか。
 ということは、なに? 泥棒のご親戚か何かですか?
「…………。なんの用です?」
「なにさっ、あからさまに嫌そうな顔しちゃって」
 女性教諭、ホーネットは腰に手を当てて、溜め息をついた。胸元に垂れ下がっているサイドテールの毛先が、武器のようにこちらを向いている。
「で・も! 今日はこれまでのようにいかないんだなぁ、コレが。スペシャルな秘策を以て、堅固なる鉄壁を今より取り壊さん!」
「それはまた、一段と張り切ってこられたようで」
 冷め切った対応で、ホーネットの言葉をやり過ごす。
 ハッキリ言って、ちょっとこの人のことは苦手だ。
 なんていうのかな。こういった手合いはむしろ、あしらうのが礼儀というか。遺伝子レベルで、冷遇を義務づけられている気がする。
「きみを籠絡するためだけに早起きして、大事にこさえたリーサル・ウェポン! くらぇええっ、手作り弁当を! バァーンっ!!」
 ドヤ顔を披露しながら、ホーネットは言葉どおり弁当箱を取り出した。
 こちらとの温度差を体感できていないらしく、再度、強調するのための効果音を口唇から発する。
「――バ、バァーンッ!!」
 鈍感力の高さは時に罪深い。今しがた修復されたばかりの空気を容易に壊す。
 勢いだけであらゆる説明を乗り越えようとする彼女の行動に、私のみならず、エストックとククリも言葉を失っている。
 というよりか、周りの生徒も目を合わせないようにしていないか、これ。
 私のエア・フリーズはいつの間にか、彼女に伝承されていたようだ。
「う、うぅ……。バ、ババ、バァーン――!」
「うるさいです、センセィ。何ふざけてるんですか」
 温度差にややあって気づき始めた相手に、言葉の針を投げつける。
 途端にホーネットは黙り込み、静かに弁当箱を包んでいる布をほどきだした。
 三十一歳になるにしては、かなり少女趣味なバケット型のお弁当箱を広げて、彼女は三重に連なっていた手料理を露わにした。
 それらの品々の出来栄えは――お世辞にもおいしそうとは言えない――独創性にあふれており、一般の家庭では再現できない――壊滅的な味と臭いからの――奇跡の御業が集結されている。
「どうぞ、召し上が――」
「嫌です」
 差し出されたうちひとつを拒否すると、ホーネットは軽く涙目になる。
 だが、彼女はこれで諦めるような軟弱者ではない。彼女は強い女性だった。
「い、今なら少し恥ずかしいけど、あたしの『あーん』が先着一名様について」
「誰が得するんですか、それ」
「…………うっ、ぐす……っ」
 うっわ、やべっ。泣かせてしまった。
 そこは教諭なんだから食べなければ成績に響く≠セとか、いろいろやり方もあるだろうに。というか、ホントよくなれたな、学校の先生とか。
「うぅ。だ、だべでぐれでも……食べて、ぐれでもぉ、バチはあだらないよ?」
 すいません。本当に泣きやんでください。
 そして、それを食べるのだけは嫌です。味見とかしてないでしょ、絶対に。
「食べてやろうぜ、クレメンツ。さすがに不憫だろ、この姿は」
「そうですよ、クレメンツさん。あまりにもあんまりな姿ですよ、これは」
 エストックとククリが口にするよう勧めてくる。
 確かに、ものの哀れを誘う様子ではあるけれど……。
「センセィ。ひとつ、よろしいですか」
「あに……? 食べてくれるの?」
「いえ、今はまだその前段階です」
 彼女の目を見ながら、ゆっくりと話しかける。
「それを食べたら、オレのことは諦めてくれますか。縁がなかったって」
 念のために言っておくが、この台詞は大真面目なものだ。
 なによりも、このようなアプローチの仕方は、彼女自身が誤解されてしまう。あとになって校長や教頭から大目玉をくらった≠ネんて伝聞が耳に届いたら、こちらとしても気分のいいものではない。
 彼女は断じて、生徒に熱を上げて自らを売り込むような女性ではないのだ。
 ホーネットがこちらに執心するのは、宝の持ち腐れとなることを防ぐため。
 自分としては有用な才覚ではないのだが、どうやら私には、マジシャンとして見込みがあるらしい。
 ――私と彼女との縁は、帰宅途中に立ち寄った雑貨店にて、物色した日用品をくすねようとしたことに始まる。つまるところ、万引きだ。
 クレメンツ少年には、店員の目を盗むことなどそう難しい芸当ではなかった。盗んだ品物はなんだったか――もはや記憶に定かでないが、三つほど品物を上着に素早く仕舞い込み、何くわぬ顔で店を後にしたつもりが、
『ニレオ・クレメンツくんだよね? あたしのこと、わかるかな?』
 面倒なことに、ホーネット・マルチロールに見つかてしまったのだ。
 奇術同好会なるものの顧問を務めていたホーネット女教諭は、この窃盗行為を他人に告げ口しないことを条件に、クレメンツ少年を勧誘してきたのである。
 常人の目を盗む指の動き、顔色ひとつ変えない大胆さ、雑踏に紛れる気配り。それらはすべて、マジシャンとしての有効技能なのだ、と。
『きみなら業界の大スターになれるよ! 先生が保証しちゃうっ!』
 彼女からの保証など、私にはなんら価値のないものだったが、彼女自身の性格そのものは嫌いではなかった。いや、むしろ好きな部類だと言っていい。言い方を選ばなければ、大好物だと言っていい。
 思考に先んじて行動を起こし、しかも失敗して空回り。計画性がなく無鉄砲な己を顧みることなく、最終的にいつも泣き脅しに転じる彼女の姿たるや――実に人間的で魅力的な好人物だ。
 人格面に冷めた部分がある私には、こうした憎めない人物はとても好ましい。
「オレ、マジシャンとか、なるつもりないんですよ。よっぽど売れなかったら、商売にならなそうだし」
「だからぁっ! きみならスターになれるんだよっ!! ね、やってみよう? 結論は試してからにしよう?」
「……センセィはいつまで、オレへの勧誘を続けるおつもりで?」
「そりゃあもう、この胸にたぎる想いが失われるまでは永遠に!」
 おい。そういう誘い方が誤解されるんだよ、おい。
 自分で自分の首を絞めてるのがわからないのかな。
「ともかく、今日も今日とてお引き取りを。オレ程度の才能だったら、探したらすぐに見つかるかも知れませんしね」
「……ううぅ〜〜〜〜っ」
 ついには威嚇する動物みたいな鳴き声を出しはじめたよ、この女性。
 いや、愛嬌があるからいいんだけれども。
「ホーネット先生。とりあえず、ご飯食べたら? ランチタイムが終わるぜ」
 昼食をかき込むようにしながら、エストックがくちばしをはさんだ。
 ありがたい。こうした姿勢こそが、憧れを覚える親友の本領である。
「ご飯……、コレしか作ってないもん…………」
「「「えっ?」」」
「朝、早起きして……全力で作ったんだもん。おいしく、ないはずないもん」
 ホーネットはちらりと、お手製のお弁当に目を向けた。
 そのうち口を利いて自己紹介でも始めたりはしないだろうな? というほどに奇怪なそれらは、彼女が出勤時まで妥協を許さず作り上げた傑作らしい。
 そんな事情を聞かされてしまうと、いよいよ、無碍に突き返すことは難しい。
 私は、エストックとククリに視線を投げる。両者は困り果てたという表情で、ぽりぽりと指先で頬をかいた。
「――わかった。センセィのお弁当は、勧誘の件とは分けて、オレが持ち帰って責任もって食べさせてもらいます。だから、……午後に響きますから。どうぞ」
 弁当箱を受け取って、まだ半分ほど手をつけていないプレートを差し出せば、ホーネットの顔色がにぱぁっと明るくなる。純真無垢なお子様でもあるまいし、これしきのことで、そこまで喜色を浮かべなくても。
 まぁ、それでこそ、この女性らしいとも思うのだけど。
「うんうん、幸せはおいしいご飯のなかって言うしな。ほら先生、俺のもっ!」
「ふふっ、先生? わたしのもどうぞ。今日は、特にパスタがおススメですよ」
 兄妹ふたりも援護に回ってくれた。実にナイストス&ナイスアタックである。
 というより、ことククリにおいては、単に情愛に後押しされた結果に思える。
「先生は、息子さんとかにも作って差し上げるんですか? お弁当?」
「うん? 作るよ、ガンガン作るよ。――――食べてはくれないけどなッ!!」
 ……そんなもん他人に食べさせようとしないでくださいよ、センセェイッ!


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