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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第11回 11


 通過条件を満たせなかった人間であったモノたちは、スミスが翌日、責任をもって処理する。というのが、試験≠ェ始まってから今日までの取り決めだ。
 それまでのあいだ、門をくぐることもままならなかったモノたちはみんな、地下水道施設で一晩お泊りいただくこととなる。
 そんな夜も更けた、生者のない部屋のなかでは、たった今、常識を打ち砕く出来事が起きようとしていた。
 室内半径二十メートルに、空間を穿った不可解な大穴が出現している。
 極小規模な雷閃と暴風が荒れ狂う大穴からは、人間の腕と思わしきものが、ゆっくりと外界との接触を試みていた。この腕には絢爛華美な装飾が施され、五指のつけ根には、妖しい宝珠が埋め込まれている。魔力を帯びた宝珠たちは眼球のように死者を映して、彩りを変化させている。
「おお……素晴らしい。これならば申し分ない」
 大穴からは男性の声がする。感激に声を震わせる人物は、ひと思いに穴から身を滑り出し、異臭の立ち込める一室に足をつけた。
 その相貌には、銀の表面に金の縁取りのされた仮面が身に着けられている。纏っている装備一式――仮面、肩当、具足にいたるまで――は、五指と同じく宝珠が埋め込まれ、浮世離れした出で立ちだ。
「骸百と積もれば天空への供物も同じ。高みに在るモノも、これだけの捧げ物を喰らえば満足であろうな」
 屍の山からひとり、体格のいい大男を掴み上げ、その者の死因であろう腹部の損傷に眼を向けると、自然と口元が歪んでいった。
「ほほぅ。〈狂公〉の手にかかるとは、こやつには身に余る光栄よな。アレは喰らうことを心得ている漢。懇切丁寧に相手をしてもらえて幸せだったろう?」
 物言わぬモノに語りかけてから、細い腕で相手の首を砕き折る。ゴキィッと、想像よりも大きな音が鳴った。
 素材はこれで良いが、拠点はどこにすべきかな。仙術師や保護存在どもに勘づかれると面倒だ。わざわざ身を隠した意味もなくなってしまう。
 腕から大男を投げ捨てると、死骸を宙へと固定させた。それに時を重ねて、床に積まれたモノたちも一気に浮き上がらせる。
 浮遊するモノたちを引き連れながら、術者は地上に向かうべく踵を返した。目に映らない鍵盤を奏でるような指つきで、鼻歌を口ずさみながら、歩きだす。
「おっ……」
 ふと、ある物が目に留まった。
 デリンジャーと蒼が来たときにはなかった、趣(おもむき)のある巨大鍋。鍋の中身はおぞましい色合いの液体で、火にかけられているわけでもないのに、グツグツと煮たっている。
 興味本位で、鍋の液体を覗き込んだ。この液体の正体ならば知っている。
『殺しの女神』である。あの者は、こんな物をどうするつもりでいるのか?
 スミスが作成した猛毒を見つめながら、眉をひそませる。
 そも、稀代の天才が古来作り出したとする霊薬を起源にした猛毒を、現代に再現することなど可能なのだろうか。コレが真に迫る完成度を有しているなら、是非とも味わっておきたい代物ではあるのだが――
「ひと掬い、いただくか。これも舌を肥やすためだ」
 中指のつけ根に埋め込まれた宝珠を煌めかせ、指をスプーンに結び直す=B
 乱雑に鍋をかき回して、『殺しの女神』を掬い取る。それから、舌なめずりをしたあと、ためらうことなく喉へと液体を流し込んだ。
 口にした直後は、別段、変化は感じられなかった。
 だが、八秒を過ぎ、術者は自身の首に手をかけた。息苦しさに眼は見開かれ、肌は土気色に変色。口腔からは言葉にならぬ声、続いて血液が吐き出される。
 やがて喉を掻きむしっていた指先の動きが止まり、仰向けに床へと倒れた。連動して宙に浮いていたモノたちが、ばたばたと痛ましく落下する。
 ――死んだ。
 第三者が目にすれば、どう考えても生命活動を終えていた。
 けれど術者は、生命の糸でさえも結び直し=A霊魂を人界へと巻き戻す。九つの部位に埋め込まれた宝珠は煌めき、瞬時に肉体内部を再構成していく。
「Brava! Bravissima!!」
 立ち上がり、素直な賞賛を言葉にして、液体に含まれている成分を分析する。
 そうした合間にも、身体は興奮に震えていた。
「腐り蝦蟇(がま)の煮汁……啜蜂(たいほう)の分泌液、そして葬犬(そうけん)の牙を粉末にしたものか。よくこれだけの物を、現(うつつ)に複製したものよ。おおぉっ、Bravissima!!」
 あの御方の血筋は違うなと、本人を前にしたわけでもないのに頭が下がる。ここまで古来技術(ロスト・テクノロジー)を再現できる者はほかにいない。
「見事なものだ、実に見事!」
 感動しつつ、両手の宝珠を輝かせる。
 宝珠の輝きは八つの幻影を作り出し、それらは膝をついて術者に跪いた。
「行け。八邪卿。役目はわかっているね?」
「「「「「「「「Dieu le veult!!!」」」」」」」」
 八つは言葉に応じると風を巻き起こし、蜘蛛の子を散らすように飛び去った。これを小気味よしとして、術者は大仰な笑い声を下水道に響かせる。
「万事順調だな。こうまで私に都合の良い手札ばかり揃おうとは。天命なのだ、これは! 蒼穹の最果てに在るモノは、私に喰らわれる時を待ち望んでいる!」
 操られるモノたちが、幾千もの拍手を巻き起こす。
 今この場は、完璧なまでに奇妙な独演会場と化していた。
「良かろう、創世種(そうせいしゅ)! 七年だ、あと七年だけ待つが良い! さすれば、この〈征覆者〉が貴殿をいただきに参上するッ!!」
 拍手を響かせていたモノたちは、宣言が終わるまでのあいだに、ことごとく破裂していった。まき散らされた血液は円陣を作り、ぐるりと形を成す。
 禁忌仙術・秒刻交差儀法(クロスカウンター)の発動である。
 術者が用意したものと同様の素材で作られた円陣が遠方の地で力を感じとり、包囲したすべての物質の時を交差させる、破格の領域操作術式。
 そして、この術式が成立するまでの期間が、現在より七年間後。
〈征覆者〉が画策する栄華の脚本まで、残された時間は七年間のみだ。


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