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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第10回 10


「どこで道草を食っていたんだい、アンタたちは。血の気の多い連中の相手を、いつまでもか弱い婦女子に任せるんじゃないよ」
 スパァ――ッと、景気よく煙を吐き出して、スミスは吸殻を灰皿へと捨てた。
 彼女の言うとおり、両者が来るまでには、かなり待ち時間があったのだろう。灰皿に積まれた吸殻の山が、それを如実に物語っている。
「悪かったな。相棒が駄々をこねたせいで、予測よりも時間がかかったんだ」
 部屋の端で壁に背をあずけたデリンジャーへ右手の親指を向けて、蒼は話す。
 引き合いに出された彼自身は口を開かずに、帽子のツバを指先でいじくった。
「ふぅん……」
 彼女は胸ポケットから追加の煙草を抜き、短銃を模した着火器で火を灯す。
 浮かべる表情からは、からかい相手を見つけた遊興の色が濃厚に見てとれた。
 スミスは実に楽しそうにデリンジャーへと近づいて、柔軟性に満ちた動きで、片脚を相手の肩に引っかける。
「挨拶はどうした、デリンジャー? アタシはアンタの先輩だろ?」
「――! こ、こ……こんばんは…………」
 相棒が苦虫を噛み潰したような顔で応えれば、スミスは妖艶な笑みのあとで、無遠慮に彼に煙幕を放つ。たまらずに、デリンジャーはむせ返ったが、スミスはそれさえ楽しいらしく、忍び笑いを口唇の端にそえている。
「げふ…………ごほっ! スミス、何すんだ!?」
「いやなに、ちょっとした仕置きだよ。アンタ、これっぽっちもアタシのトコに顔を見せに来ないからね。言ってみりゃ、まー、不敬罪みたいなもんかねぇ」
「そりゃあ出向く必要がないからだろーッ! それに、顔が見たけりゃアンタのほうから呼びゃあいいじゃねぇの!?」
「おやおや。反抗期なんて生意気だねぇ、デリンジャー」
 彼女は自身の衣の懐に両手を突っ込み、使い慣らしている武器を取り出した。右手に構えられたのは、黄金の拳銃アルマ。左手に構えられたのは、青鈍の弓銃ルーン。それぞれ神魂と神秘を意味する得物を、相棒へ交差させた彼女の眼は、鈍い気迫を帯びている。
「あまりお姉さんを怒らすんじゃないよ――失禁小僧」
「うぐぅ…………!!」
 デリンジャーの背後で、幻想の雷が轟いたようだ。
 スミスの口から、たった今撃ち出された言葉で、試験内容≠ェ決定的なまでに思い起こされたために。
 十年前――ヴェィグ・デリンジャーは試験≠通過して、殺し屋となった。
 現在での試験≠フ通過条件は、試験官≠フ一撃を受けて立っていること。
 だが彼が参加した試験≠ナの通過条件は、受験者≠ェ試験官≠ノ一撃をあたえることだったのである。
 運にもよるのだろうが、ただ生き残れば良いという条件と、己自身が積極的に攻め込まねばならないという条件とでは、後者のほうが厳しく、勇気もいる。
 十二歳の誕生日を迎えたばかりであったデリンジャーにとっても、この条件は途方のない重圧であった。募った受験者≠スちも心境は等しくあっただろう。
 そして――現実はどこまでも非常なものだ。
試験官≠ノは、いっさい慈悲がなかった。躊躇も、慢心も、哀惜すらもなく、確実に受験者≠撃ち殺す。的を絞り、引鉄を引くだけの彼女からは、およそ人間らしい感情は読み取れなかったそうだ。
 だが、デリンジャーは魂を失った骸を踏み砕き、血溜りにぬかるむ床を蹴り、スミスの胸元に飛び込んでいた。前述しているように重圧で肉体は軋んでいた。向かう〈双神〉の片割れは、地獄より遣わされた使者のように強大であった。
 勝てるなどと思えたわけではない。確実にきめる策があったわけでもない。
『でも、この場で何もできずに死ぬのは嫌だ』
 デリンジャーの胸には、その想いだけがあった。その一念がスミスへと刃先を届かせ、地獄そのものであるかのような試験≠突破させたのだ。
「アタシを斬りつけたあと、アンタは噴き出た血ぃ見て、気絶したんだよねぇ? で、アンタを助け起こそうとしたら…………こう、ズボンのあたりから」
「やめろぉおおっ! あんときゃ私も若かったんだぁあああ〜〜ッ!!」
 普段では出さないような高い声で、デリンジャーは猛烈に涙を流した。
 してやったりという顔で、ひとしきり満足したスミスは、得物を衣に納める。
 後輩に歪んだ情愛を向ける先輩と、哀れなるその矛先。仮に弱味がなくとも、それだけで顔を突き合わせたくはない関係性だ。
 じゃれ合う両者を眺め、背後に取りつけている籠手、小竜を拳に着装した。
 裏稼業人見習いたちがいる隣室では、ざわざわと雑音がしている。
 人数、百名あまり。比率は男が七割、女が三割といったところであるらしい。各自の装備は、刀剣、銃器、弓矢など、なんでもござれだ。
「蒼ちゃん、こうなりゃ自棄だ! 私のガラスのハートが負わされたこの傷は、シェパード気取ってるチワワどもで慰めるぞ!」
 ぶぉんっと、デリンジャーは大きく横振りで戦斧ジャンヌを払う。
 その刃が首を削ぎ落すまえに、彼女は身をかわして後方に跳んだ。さらに床に手をついて距離を広げ、部屋に持ち込んだ本棚の前に置かれた机に腰を落とす。
「あっはっはっ。泣き顔で意気込んだって、なんの凄味もないねぇ」
 スミスは悠然と脚を組み、机上の古文書を本棚に差し込んだ。
 すると真ん中から、厚手の本棚は部屋の両端へと開かれる。
 解放された本棚の奥に並べられているのは、スミスご自慢の美人姉妹=B
 体格から体重まで大小様々だが、いずれもどちらに出しても恥ずかしくない、上玉ぞろいであった。
「殺り合う前に教えておくけど、そのなかからいくつか、あいつらに貸したよ。娘≠ノ新しい装飾品を拵えたんでね」
「同業者でご息女≠馴らそうとは、相変わらずいいご趣味だね、スミス」
「アンタと蒼だからさ。並の男ならともかく、アンタたちなら娘≠煌ぶ」
「そりゃ男冥利に尽きる。どえらくHappyだよ、ホントにさ」
「だろう? いやぁ、色男の特権、羨ましいね。アタシが変わりたいくらいだ」
「楽しみすぎてブッ壊したら許せよ。繊細な物の扱いは、手馴れてないのよん」
 調子を取りもどしたデリンジャーは、スミスの横を笑顔で通り過ぎて行った。
 一歩踏み出すたびにジャラジャラと、戦斧に繋がれた連鎖が音を立てる。
 ――そして、それは隣室に入るとほどなく、怒号と悲鳴にかき消された。
「………………」
「……………………」
 蒼とスミスは、しばし言葉を忘れた。
 いざ殺すと決めたなら、感情を断ち切った殺戮兵器となって、何人をも屠る。〈狂公〉ヴェイグ・デリンジャーの、この切り替えの素早さは暗黒街の美徳だ。
 これがあるからこそ、彼は業界で駆け上がることができた。裏に携わる猛者の心得、殺心御法の書のうち中級に位置する、『我意流転』の教えの体現である。
「『我が意、流るる処に個は無し。転がり出でたるは武功のみなり』。立派だね」
「なぜだろうな。貴方が言うと皮肉にしか聞こえないのは」
 彼女に含みある微笑を浮かべたのち、相棒が消えた部屋に歩み出す〈破拳〉。
「アンタは、まだ染まりきれてはいないみたいだね。蒼」
「いいや、そうでもないらしい。最近は夢見もいいんだ」
「……ああ。部屋のなかが広くなったからだろう、ソレ」
 スミスの言葉に対する返事は、言語ではなく行動で示したほうが心がこもる。
 研ぎ澄まされた戦闘感性から繰り出した脚線美。遠慮の欠かれた蹴り技にて、相手の顔――正しく言えば下顎部分――を打ち抜かんと解き放つ。
「!?」
 だが、放った一撃にはスミスを捉えた感触がない。
 それもそのはずだった。スミスはこちらの意識の変化を肌に覚えると、女豹のようにしなやかに跳躍、天井に取りつけられた配管で身体を宙に固定したのだ。
 スミスの手には、拳銃アルマと弓銃ルーン。恐るべき娘≠スちがこちらへと睨みを利かせている。特に、ルーンに用意された矢の尖端にはいつのまにやら、見るからに危険な液体がべったりと塗られていた。
「遅いよ、蒼。アタシがそのつもりなら……そうさね、六発分はアンタの身体に穴が開いてるとこだよ」
「引退すると聞いていたんだが、俺の聞き違いだったか? エクレア・スミス」
「だーまんな、愚か者」
 ゴリッと、スミスはアルマの銃口を押し当ててくる。
「アタシを名前で呼ぶんじゃないよ。そんなに風通し良くしてほしいかい?」
「ふっ、それはご免だな」
「何をすかしてやがんのさ、まったく。――アタシらは前線を遠のくってだけ。まだまだ〈双神〉の肩書は必要だからね。それに、アタシがいなくなっちゃ困るバカップルが、アンタたちのお仲間にいるだろ」
 蒼の脳裏に、銃器使いの手練れ二名が思い浮かんだ。
 扱いの難しさに定評のある、筋金入りの銃殺狂者(トリガーハッピー)たち。先々週に執り行われた暗黒街の会食・逢魔の会でも進歩のない様子であったが、あいつらの武器はスミス印の逸品だったらしい。
「察するに、受験者≠ノ貸し与えた娘≠ニやらも、あの二人への前調整か。また醜悪な試みを解読したな」
 本棚を埋め尽くしている古めかしい書物を一瞥し、呆れ気味に片目を瞑る。
 これにスミスは鼻を鳴らし、得意げに長机に置かれた伊達眼鏡に手を伸ばす。
「読み解くのに三ヶ月もかかったんだ。再現するには倍速で進めなきゃ、遅れを取り戻せないだろう? だってぇのに、材料が現代じゃ手にしようがなくてさ。複製するのに、これまた二週間も要したんだ。ご先祖様も記録だけじゃなくて、素材も確保しといてくれりゃあいいのにねぇ。いやさ、時間を費やした分だけ、満足いく完成度にはなったんだけど。しかし、だがしかし、ここにきてさらなる問題がアタシを苦しませる! なんと、この再現実験には――」
 自らの血がにじむような努力と、古文書に記載された内容による知的興奮で、彼女は饒舌にまくし立てる。こうなると彼女の話は長い。とにもかくにも長い。終わりまで聞き終えようとすれば、高僧が説く仏法とくらべて遜色ない長さだ。
 実際そこまでスミスの長話に付き合った者はいないが、きっと冗談ではなく、それほどの壮大な構成であろうことは推察できる。
「――しかも、こいつら調合比率が細かくってさ! ここを失敗しちまったら、これまでの苦労は水の泡になっちまう。アタシは、かつてRPGで武装した連中に囲まれたことを思い出しながら、精密機器のように――!」
「失礼するぞ、スミス。ヴェイグに全員の相手をさせるわけにはいかない」
 今度こそスミスの隣を横切り、〈破拳〉は血生臭い舞台に上がる。
 ふたりで試験≠終了するのにかかったのは、わずか五分二十二秒だった。


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