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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第9回 9


「わたし、あなたがスクールを辞めたとき、わたしから距離を取りたいんだと思ったの。もう飛翔艇にしか、興味をなくしたのかなって」
「えっ? いや、俺は別に――」
「うん。わかってる。いいから、今は黙って聞いて」
「……お、おう」
 話に付き合ってくれと言っておきながら、三言めに黙れはないんじゃないか。
 フレイルは内心、ロレーヌへと至極当然なツッコミを入れながら、それでも彼女の意志にしたがって口を噤んだ。
 他人にさえぎられることなく言い放ちたい感情が芽生えることも、長い人生を歩んでいれば、ままあること。今のロレーヌはそうした心境なのだろうと、フレイルはひたすらに空気を読んだ。
「それからあなたは、スクールを去って一週間も経たないうちに便利屋さんを始めて、しかもその理由は飛翔艇を得るための資金調達。遠い空を目指してのことだった」
「…………」
「急すぎて――正直、目眩がしたわ。せめて、わたしにだけは最初からひと言かけてほしかった。どんどん勝手に決めないで、少しでも相談してほしかった」
 彼女の想いを知ることで、沈黙は先程までとは異なる意味合いを含み始めた。
 当時の困惑を飾らずに言葉にするロレーヌに、フレイルは自分の行動で相手が傷ついていたことを理解する。いかに自分がまわりへの配慮を怠っているか。そのことを、嫌でも思い知らされた。
「ええと……ごめんな、ロレーヌ。俺、気ぃ利かなくてさ」
 削り終えた部品たちを集め、ふたたび紙袋のなかに押し込めたフレイルは、きちんと振り返ることができずに、中途半端な角度で謝罪の言葉を放つ。
 もはや過ぎたこととはいえ、心のなかは罪悪感と嫌悪感で満たされていた。
 どんなに口汚い雑言であろうと、今この場であれば受け止める覚悟もできた。
「ううん、フレイル。責めてるんじゃないの、聞いて」
「えっ? いや、でもロレーヌ……え? あれ?」
 反省と後悔にどっぷりと我が身を浸ける心構えをした自分に向け、異なことにロレーヌは責めているわけではないと言う。
 とどのつまり、彼女は自分を叱責するつもりなどは微塵もないということで、こちらの認識はまったく的を射ていなかったらしい。
「フレイルに伝えたいのは――わたしはあなたのことになると、事実とズレた勘違いをしやすい傾向があるってこと」
 幼馴染は気恥ずかしげに視線を右往左往させて、片手でフレイルの肩に触れ、
「だから……フレイルが何かを始めるときには、わたしに相談して。でないと、また誤解を重ねてしまうと思うから」
 と、まるで主人を失おうとしている仔犬のような眼差しで、縋りつくようにこちらの瞳を淀みなく見つめてきた。
 こうした彼女の行為に、フレイルは全身の毛が粟立つのを感じる。
 それというのも、年頃の少年として異性の艶めかしさにあてられた、というだけの話ではない。視線を交えるロレーヌからは独特の気迫じみたものが感じとられ、それに本能的に危険を覚えたのだ。
「お、おう……。これからは、そうする」
「約束したよ、フレイル。絶対に破らないでね」
「まっ、まま、まかせろってばっ!」
 ほとんど生存本能に促された返答を続ければ、ロレーヌはドス黒さを引っ込めた、とても晴れやかな笑顔を作り、フレイルが持っている紙袋を手に取った。
「舟艇の部品、もっと集めないと。ガラクタ山に使えそうな物を探しに行く?」
「えっ? あー、そりゃ部品集めは、飛翔艇を獲得する最低条件だけどさ」
 背筋にゾクリとくる嫌な感じがなくなった彼女を、足元から頭部まで順番に眺めてみる。どこからどう見ても、ロレーヌの服装はこれからともに行こうとしている場所にはそぐわない軽装だった。
「お前が履いてるのはブーツだから、足元に気をつけないとダメだぞ。それにロングスカートは、機材の突起に引っかかる恐れがある。シャツのほうも生地が薄そうだ。汚れがついたらなかなか取れなそうだぜ」
 フレイルにできうる限りの詳細な衣服の批評を聞き入れて、彼女はシャツの襟元を引っ張り、残念そうな溜め息をついた。
 彼女がいちど家に戻ったあとでは、いささか日が傾きすぎるためだ。
 帰宅が遅れれば家族にだって心配をかけてしまうし、けだし、本日の幼馴染ふたり水入らずの時間は、ここいらでタイムオーバーのようである。
「不本意だけど、今回は一緒に行けそうもないか」
「まぁ、仕方ないよな。おばさんに心配かけるわけにもいかないだろ?」
 母子家庭であるロレーヌは、母親のことを話の引き合いに出されると、素直に応じてくれることが多かった。大親友と慕った心優しき父親を早くに失い、年の離れた姉が遠方の地で名誉ある職務にあたっている彼女にとっては、身のまわりで家族と呼べる人物は母親のみであるためだ。
「そんな顔しなさんなって。大丈夫だよ、ロレーヌ。ガラクタ山へは俺が行く。あそこは小さい頃からの遊び場だったし、何も心配はいらないぜ」
 フレイルはロレーヌの頭を撫でてから、ピッと親指を立てて微笑んだ。
 そもそも服装の件がなくとも、ガラクタ山へはひとりで行く予定だったのだ。必要機材のなかには重量があり、大きくかさばるものがいくつかある。女性の細腕に運ばせるのはしのびないと、計画の当初から決めていたことだ。
「気をつけてね、フレイル。欲張らずに持ち帰れるものだけ、運ぶようにして」
「あのな、ロレーヌ。俺だって、それくらいの分別はつくって。バカにすんな」
 大丈夫だと言っているのに過剰なまでに自分を気遣うロレーヌに、フレイルは苦笑しつつ言葉を放った。
 彼女のこうした振る舞いもまた、時の流れにかかわらず保たれ続ける鮮度≠ネのかもしれないと、どこか諦めにも似た気持ちを胸の内に秘めながら……。


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