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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第48回 48


 機能停止したエアキャリアから転がり出た、アクスとファルシオンの両者は、市街ゲート補修整備路から這うように身を起こし、それぞれを睨んでいる。
 手にしているのはフレイル愛用の電磁ロッドと、独自の改造を施した振動刃サーベル。どちらもよく手入れのされた、争い合うにはうってつけの逸品だ。
「アクス……、アクス・ハルベルト……!」
 地獄の底から聞こえるようなおぞましい声で、ファルシオンは墜落で大きく負傷した身体を無理やりに持ち直させている。彼が背筋を伸ばすと、骨の軋むような音が各部位より鳴り響いた。
「僕の名を、気安く呼ばないでほしいですね」
 アクスは腹部の失血を片手で押さえ、ロッドを構えて間合いを開いた。
 昔から荒事を苦手としていることもあって、戦うにしても相手からは距離をとっておきたかったのだ。どうあっても退くことのできない戦いであるなら、なおさら敵との力量差は抑え、勝率を高めて臨まなくては。
「フレイルに――彼にずいぶん酷いことをしてくれましたね。お礼をしますよ」
「はっ。バカか、お前? あれはあいつの自業自得だろう」
 ファルシオンは耳に手をやり、小バカにしたように言う。
 足場にこすりつけた得物で火花を発生させ、前かがみに歩み寄ってくる。
「無視すればそれで済んだものを、格好をつけるから死んだんだ。いかに知能が低いか、オツムの中身が透けて見えるようだぜ」
 友人の雄姿を嘲笑うファルシオンに、アクスはロッドを握る手に力を込めた。
 パキリと、手指は音を立てる。
「貴方は賢いのかもしれません。しかし、それだけではなんにもなりませんよ。人間を人間たらしめるのは、心のあり方です」
「心か。感情に流されると、人間は愚かなことをする。正しい答えが出せなくなってな。俺もお前のせいで、少し暴れすぎた」
 考えるような仕草を見せて、ファルシオンは口元から歯を覗かせる。
 その視線は、やがて崩れた壁版の山へと差し向けられた。
「フレイルとかいう奴は、俺のエアキャリアを強奪しようとして誤って事故死、ということにさせてもらおう。アクス、ついでにお邪魔虫も死んでもらおうか」
「彼の名に、いわれのない傷をつけると?」
 アクスは両目の瞳に強い意志を宿らせ、腹部にあてがっていた手を振り払う。
 足元には鮮血が飛び散り、その色味が自分にさらなる闘志を湧き上がらせた。
「貴方は……いいや、お前は! それでも機構の人間か!」
「機構に属するからこそできる裏技だろうが、低能野郎!」
 アクスの叫びに、ファルシオンは凶刃で返す。
 防御に構えたロッドの表装は、剣撃に削れた。
「お前のような二流が、俺の意図に口出しするんじゃねぇ!」
「僕が二流なら、お前は三流以下だ! 腐れファルシオン!」
 聞こえた言葉にファルシオンは目を見開き、アクスを力で捻じ伏せにかかる。
 子供が怒りを爆発させるかのように、幾重も刃でロッドを斬りつけ、意味を成さない言葉を吠えた。
 アクスは膝を屈さぬよう、これに耐えながら、両の眼で相手を攻め続ける。
 早熟ゆえに培われなかった、人間関係の築き方。こと帝王学における教育の悪しき面を、アクスは目の当たりにしている気分だった。
 ファルシオンには他者の痛みを労わる心がない。自身の心を表わす術もない。
 このように力ですべてを従えようというのなら、智を語る資格さえもない。
「うおぁあああ!」
 眼を血走らせたファルシオンは、アクスの腹に慈悲を欠いた蹴りを放つ。
 傷口からはおびただしい血液が染み出でて、両足と足場を赤く濡らした。
 体力が目に見えて流れ出したように、抵抗できず仰け反り、後ろから倒れる。
 ファルシオンはさらに、倒れ込むアクスの傷口に踵を捻じ込ませ、地団駄の要領で追撃をくわえた。
「ぬごぁ……ッ!」
 激痛に悶えると、口腔からも血が噴き出る。
「負け犬が、負け犬のクズがぁああ――!!」
 手加減というものを知らないのか、ファルシオンの暴行はやまない。
 この男の内にある醜い部分が、もてる力を注いで、自分を屠ろうとしている。
 だが、こちらもまだ諦めない――諦めない!
「ファルシオンッ!」
 憤怒の叫びが紅と成り変わり、ファルシオンの視界を奪う。
 眼を拭う相手の足に、アクスは電磁ロッドをくらわせた。無様に転げ倒れるファルシオンに、今度はこちらが追い打ちをかけようとする。
「この泥臭さ、久々ですよ。今度は……僕が勝ちます!」
 アクスとファルシオンが互いを敵視する理由を詳らかにするには、ふたりが未来を担う若者を輩出しようとする特進スクールで勉学に励んでいた時期まで、話を遡らせる必要がある。
 アクス・ハルベルトは幼くして卓越した才の持ち主であり、名門である家名を大切にする両親からも、『我が子は稀にみる天才』だと見込まれていた。
 アクスとしても、良い成績を取れば親に褒められ、屋敷の者たちにちやほやされるので、特になんの問題もなく日々を過ごしていた。
 だけれど十歳になり、飛び級を繰り返して大人たちのなかにまぎれてペンを執っていると、アクスは一方的な教育≠ノだんだんと飽きてきてしまう。
 両親からも、すっかりできる子だと認識されているので、学業を褒められることは減り、もっと上を目指せと言われるばかりだ。
 屋敷の者の見え透いたおべっかも見抜けるようになっていき、アクスはほかに何か面白いことはないかと、別の楽しみを探すことに熱を入れ始める。
 机に向かっているばかりでは身体が鈍るので、スポーツをしてみようとしたこともあったが、跡取りとなる少年の身に傷がついては申し訳が立たないと、使用人たちに止められたきり、自分は縄跳びさえしたことがない。
 こちらがしてみたいことは何かにつけて却下され、アクスはせめても不満を反抗で薄めようと、少しずつ成績を下げてみた。
 だが、アクスがいささか手をぬいたくらいでは、もとより年齢にそぐわない学力を有しているばかりに、誰も自分の心境の変化に気がつかなかった。
 本気でとりかからなくても、自分は常に上位三名のうちに名を刻んでいたし、誰ひとりそれを不審がることはなかったのである。
『僕に不足しているものは、経験値なのでは?』
 学習に最も必要とされるものは探究だ。知りたい心が意欲をかき立てる。
 ならば自分が感じている想いも、無駄にしてはならない。得たいものがあるなら、他人にどう言われたとて吸収しよう。
 アクスは学問に基づく見地から、料理やスポーツに取り組み、自分の成果をノートに書き留めていった。
 行動することで頭だけではなく、身体全体で多くを修める。
 アクスはこうした面白さに味をしめて、特進スクールの休憩時間などでも、次なる課題を思いついてはノートに書き記し、その日のうちに実行していった。
 ――だがしかし、自分の探究を快く思わない相手が、こちらの姿を妬ましい視線でねめつけていたことを、アクスは翌日いきなり思い知らされる。
『アクス。お前、最近やけに楽しそうだな』
 突然、ロバート・ファルシオンが、ノートをつけている自分に話しかけた。
 ファルシオンとは上位を競い合う者のひとりであり、自分をライバル視し、ちょっかいをかけにやってきたのだった。
『ファルシオン? なんですか』
『お前こそ、何をしてるんだ。それ、よこしてみろよ』
 片手間に試験に臨んでいるように感じられる自分から、強引にノートを奪い取ったファルシオンは、ページをパラパラとめくって大げさな溜め息をつく。
『お前の家、使用人がいないのか?』
『いますけど。だったらどうだと?』
 アクスがノートを返すように手を伸ばしながら言えば、相手はいびつに笑い、
『こんなくだらない料理とか、体力作りがいるのは、雑用係がいないからだろ』
 などと、決めつけてかかる言い方をする。
 アクスはファルシオンとは親交などほとんどなかったので、相手の言葉から嫌な印象を受けた。ろくに会話もしたことない相手に、急になんだと言うのだ。
『貴方は、これらをやったことは?』
『ないさ。下の人間にやらせている』
『……では、どうしてくだらないとわかるんです』
 やった試しのない物事を軽んじ、見下すかのよう口ぶりに、アクスは尋ねた。
 ファルシオンは機嫌を損ねたらしく、眦を持ち上げる。
『俺がしなくていいことだ、くだらねぇに決まってんだろ。下っ端の仕事だぜ』
『身のまわりの世話をしてくれている方々に対して、ずいぶんな呼び方ですね』
『…………なんだよ、お前。気にくわねぇな』
『そうですか。しかし、それは僕からも言えることですよ?』
 口をはたらかせつつ、アクスは席から立ち、伸ばしている右手の指を動かす。
『まだ途中なので、ノートを返してください。貴方には価値のない物です』
『俺に命令してんのかよ。アクス・ハルベルト』
『言っている意味がわかりません。それは僕の私物です。貴方の手にある方がおかしいでしょう』
『おかしい……? 俺がか……?』
 ファルシオンは肩を震わせ、ぶつぶつと何かを小声で呟き始める。
 作業が先に進まないので、アクスは相手からノートを取り返すことにした。
 ところが、こちらがノートに触れると、相手は動作を振りきって指をはがし、両手で開かれているノートに圧力をかける。
『おかしいのはお前だろ、お利口さんが!!』
 叫ぶファルシオンはノートを破り裂き、今まで自分が積み上げてきたものを、一瞬にして打ち捨てた。
 教室に舞い散る断片を踏みにじり、やたらに喚き声を上げる。
 アクスは相手の暴挙に目を瞠り、身体を硬直させてから、激情を込めた右手で相手の頬を張った。
『うぉああああッ!』
 ファルシオンは床に倒れると吠えるような声を発し、机をアクスに向かって蹴り飛ばしてくる。ファルシオンは怯んだ自分を黒板に叩きつけて、両の拳で理性のない殴打を放った。まわりの生徒が教員を呼んでくるあいだ、アクスは相手に殴られ続け、病院に運ばれるほどひどい有様となる。
 ――そうして、アクスが病院から戻ってからは、両親と屋敷の者たちの対応に、皮肉にも明らかな変化が見られた。
 決してこちらに非があるわけではないのだが、このような騒ぎを起こす者はハルベルト家の恥さらしであり、一族の面汚しであるというのが、みなの見解であったためだ。
 けれどアクスには、妙な期待を背負わせられることもなくなり、様々な経験を望めるようになったことは、かえってありがたいことだと言えた。
教育≠ゥら自由になれたので、鼻持ちならない相手とも顔を会わせずに済む。
 意気揚々と荷物をまとめると、経験値を稼ぐには何をするのがいちばんかと考えながら、アクスは新たな居場所を求めて旅立った。
 自分が、本当にありたい場所。望ましい憩いの場所を求めて。
「フレイルは、僕の恩人でした! 僕に安らぎの場を与えてくれた人でした!」
 電磁ロッドを逆手に握った拳で、アクスはファルシオンを殴りつける。
 情けをかけるつもりなど微塵もない。
 こいつだけは、許しを乞い願っても打ちのめす。泣いて謝っても叩きのめす。
「奪った命への報いを与えてやるぞ……この出世欲に憑りつかれた悪魔め!」
「うざってぇええ……! 先に俺を見下したのはお前だろう、アクス――!」
 ファルシオンはアクスの拳を受け止め、上体を起こして組み合う姿勢になる。
「あれから、俺は必死だったぜ。二度とお前みたいなのが現れないようにな!」
「地位を望むのはそのためですか。出世は目的ある者が、事を成すために必要とするもの……それ自体が目的であるお前は、着眼点がおかしいんですよ!」
「まだ俺をそう言うか、アクス。俺のことを、嘗めていやがるなぁあああッ」
 とっさ、アクスは危機を感じ、眼を見開いた。
 ファルシオンの怒れる形相も脅威には違いなかったけれど、それよりもなお恐ろしいのは、視界に流れ込んで来るリタの存在だ。
 かなり距離を隔ててはいるものの、リタは球状の不可視の障壁に雷を纏わせ、ゆらりとこちらに近づいてきている。こすり合わせている右の人差し指と親指からは、パチパチと放電が音を立てていた。
「――結晶体か?」
 アクスの表情の変化を読み解いたファルシオンは、リタのほうを見る。
 幼子は白目から未だに涙を流しており、その様子は神々しくありながらも、どこか儚くも思われた。
「お前は命を模倣した、ただの概念。泣き顔を眺めようとも、楽しくはないな」
「模倣? この場でほかに誰が泣いているというんだ。あの子には感情がある」
「いるじゃあないか、あそこに。汚らわしい泣き顔を浮かべている奴が」
 冷静さをとり戻しだしているらしいファルシオンは、リタよりもさらに後方、市街ゲート補修整備路を梯子を使って登って来たのだろう、女性へと指を差す。
 相手は濡らした瞳を怪しく煌めかせて、迷った様子はなく、端からふたりの方角に向けて駆けていた。
「ロレーヌ!?」
「頭の悪いガキだ。進んで危険に飛び込もうとしてやがる」
 アクスは彼女の姿を目にして、嫌な予感が頭をかすめる。
 ロレーヌは胸の奥に熱いものを秘めている女性。特に幼馴染にかかわりあることとなったら、その熱量は爆発的に増大する。
 今のロレーヌは、きっとフレイルに一矢報いることしか心にないはずだ。
 手には何も凶器は持っていないが……己を犠牲としてでも、ファルシオンに彼と同等の苦しみを贈ることを決意していることだろう。
「いけません、ロレーヌ! こちらに来ては……――!」
 大声で警告するのと重なるように、空中のリタは雷光を右手に集中させた。
 球状の障壁、その前方が開かれて、リタは指先を突き出してくる。
 組み合うこちらを呑み込もうとする電撃が、一点に的を絞り放出された。
「………………ッ!!」
 アクスとファルシオンは即座に飛びすさり、受け身はとれなかったけれど、なんとかそれを避ける。アルシエロの上空を飛び去っていく電撃を見送って、両者はリタと目を合わせた。
 リタは攻撃のためにまた雷光を右手に溜め込み、攻撃対象の出方をうかがうように小さく指先を動かしている。
 ……だが、幼子はあらゆる気配に敏感であるのか、不意に後ろを振り返り、地上に視線を落とした。蟻のような大きさのふたつの黒い点が、地面を蹴ってそばまでやってきているようだ。


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