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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第34回 34


「フレイルは、迷子になった時のこと、どれくらい覚えてる?」
「どれくらいって、全部だよ、ゼンブ。身体の疲れも、おなかの減り具合も」
「わたしとした、話とかは?」
「えっ」
 ロレーヌが寂しそうに尋ねるもので、フレイルはいささか、たじろいだ。
 ロレーヌがこのように言うのは、彼女にとって大切な話題のときだけである。つまり、ここでハズレを引くと、あとが怖い。
 そんなに重要な話、あそこでしたんだっけ?
 自分が五歳、彼女が七歳のことを思い出すべく、自分は瞳を揺らして悩んだ。
「覚えてないなら、それでもいいよ。わたしの胸には、ちゃんと残ってるから」
 しだいに額に脂汗が浮かんだのを見てとり、幼馴染はそう言い、小さく笑う。
 だが、彼女の表情は、依然として寂しさにしずんでいる。
 この事実に心が痛んだフレイルは、両手をさまよわせ、彼女に話しかける。
「いやっ、待て! 今から思い出すから!」
 フレイルは片手で頭髪をかき、記憶の引き出しを開け閉めした。
 天空に星々が行き交う夜のこと。彼女と手を繋いで歩いたこと。
 白烏を巣の近くまで連れて行ったこと。彼女は自分が守らなければと思ったこと。
 どれも違う、なんだったっけ? もっと大切なことのはずだ。
 あの日には様々なことが起こり、そのどれもこれも記憶しているはずなのに、最も重要なことがモヤに包まれている。これしきのことも引き出せない自分の記憶の曖昧さに、フレイルは苛立ちを覚えた。
「フレイル。もう、いいよ」
「良くないだろ、お前との思い出なんだぞ!」
「本当に、いいんだってば」
「……――ッ!?」
 そよ風のように穏やかなロレーヌの口調に顔色をうかがうと、彼女は静かに目元から滴をあふれ出させていた。瞳からは頬をなぞるように、感情の高鳴りが流れ落ちている。
「う、あ……えっ」
 ロレーヌの泣いているところなんて、本当に久しぶりに目にした気がする。
 その泣き顔はとても儚くて、涙で強調された長いまつげと潤んだ瞳が視界に入ると、フレイルは長らく感じたことのない感情が胸の内から込み上げるのがわかった。
「ご、ごめん! 俺のせいだよな!? そうなんだろ!?」
「うん。だけど、平気だよ?」
「そんな顔で言われても説得力ないっての! ええと、えと……」
 フレイルは、目の前の彼女の姿に激しく心乱していた。
 自分には女性を笑顔にさせる方法など見当もつかないし、とりたてて女性の扱いがうまいわけでもない。しかも、よりにもよって泣かせたのがロレーヌとあっては、脳内はある種のお祭り騒ぎだ。
「フレイル。隣にいってもいい?」
「お、おう! どうするんだ、殴られたほうがいいか?」
 近づくことを決めたらしいロレーヌに、フレイルは覚悟を決めて応じた。
『他人様に迷惑をかける奴は、鉄拳制裁だ!』と、副所長に昔、悪戯を仕掛けて拳骨をくらったこともある。彼女もまたそうしたいというのなら、フレイルにはそれを拒める道理はなかった。
 ギュッと両目を瞑り、気をつけの体勢でロレーヌの動きを待つ。
「さぁ、遠慮なしで頼む! 張り切ってどうぞ!」
「…………あの、フレイル?」
 こちらの体勢を見ながら、ロレーヌは片目の涙を拭い、かたわらに寄り添う。
「わたしはあなたをぶとうなんて、全然、思っていないんだけど」
「ここはぶつべきだって! ぶってなんぼだって! ひと思いにやってくれ!」
「――――わたし、嬉しかったんだ」
 ……は? なんですと?
 耳を疑うようなロレーヌの言葉。
 フレイルはすぐに両目を開けて、彼女の正面に移動した。
「嬉しいってなんだよ? お前、泣いてるぞ?」
「そう。あなたがすごく真剣に思い出そうとしてくれるから」
 涙するほど嬉しかったのだと、彼女は泣き顔のまま微笑んだ。
 こちらはこれにどう反応すればいいのか、答えを導き出せずに視線を逸らす。
 自分としては、ともかく必死に、幼馴染を泣きやませなくてはと思っただけのことである。ロレーヌから嬉しく思ってもらえるほどのことは、何ひとつとしてしてはいない。
 しかも、彼女と交わした会話の断片を忘れてしまっているのは、どう考えても自分に非がある。こう言ってはなんだが、ロレーヌの反応は少しズレている。
「わたし、決めたわフレイル。あなたに叶えてもらう、お願いを」
「……決まったのか。じゃあ、聞かせてくれよ」
 視線を逸らした状態で続きを促せば、ロレーヌはまた涙を拭い、声を発する。
「あなたが飛翔艇を完成させたら、あなたと一緒に、その舟艇に乗せて」
「飛翔艇に乗るだけなんて、そんなんでいいのか?」
「うん。空の上で、普段では目にできないものを見てみたいわ」
「わかった……その日のためにも、急いで仕上げなくっちゃな」
 フレイルは窓際に歩み出し、街の上方に映写された空(ホログラム)を見上げ、嘆息した。
「造り終わったら、オヤジたちのいる場所にでも飛んでくか。あの二人に水を差すことになるかもだけど、元気な姿は見ておきたいし」
「そうだね。おじさんとおばさんも、あなたを見たら嬉しいはずだもの」
 背中合わせになるように、ロレーヌはこちらに寄りかかった。
「二人には、いろいろと聞かせられる話しがいっぱいあるよね」
「そうだな。事務所を訪ねてくれた人の話だけでも、話題はたっぷりだ」
 相手の言葉に同意しながら、フレイルは未だにシャボン玉を浮かせて遊んでいる幼子に、横目で視線を送りつける。
「お前の話も、そのときはオヤジたちにしてやんないとだな」
「………………!」
 幼子は石けん水をつけている手を止めて、フレイルとロレーヌを眼に映した。
 自分たちの話をどのくらい聞いていたかはわからないけれど、幼子は瞬きを繰り返して興味深そうにしている。
「お前のニックネームも決定したぜ。俺とお前とはもう友達だぞ、リタ」
「……♪ …………♪♪」
 呼び名を与えられた幼子――リタは、両頬に手をやって照れたような仕草をする。少なくとも、たったいま口にした台詞は、ちゃんと理解しているらしい。はにかんだ様子は子供らしさにあふれて愛らしく、いつまで眺めていても飽きがこないように思われる。
 リタの反感を買えば大変な事態に陥る、といったようなことをダグラスの奴は言っていたが、こうした姿からはそのような有害性は感じとれない。
 なんらかのダグラスの思い違いではないかと、また、そうであればいいなと思いながら、フレイルはシャボン玉キットの付属部品へと目をやった。もっとほかの楽しみ方があることをリタに教え、幼子の愛嬌のある姿を可能な限りに眼に収めたかったのだ。
 幼い頃の思い出こそは『鮮度』であり、未来まで携えるべき財産だ。そんな貴重な場面のなかに自分があれるとするなら、フレイルにはこんなに誇らしいことはない。
「リタ、こっちのも試してみようぜ。これなら、さっきよりずっとデカい――」
 数分前までしようとしていたように、大きなシャボン玉を作る器具に手指を伸ばそうとした――まさにそのときであった。
「ううぅ、うわぁあああッ!」
「き、きぃやああああッッ!」
 開け放たれている窓の外から、幾重もの人々の驚愕と悲鳴の叫びが連なった。
 フレイルが耳にした声に急いで街の有様をうかがえば、そこには住民たちの視線をひとつに集めている、大型の狼らしき獣が存在している。
 その獣は筋肉質な肉体を黒炭のような毛並みで覆い、各部位には紅い紋様が烈火のごとく印されていた。そのうえ、それらすべてに生々しい刀傷が見られ、右耳は斬り落とされたのか、綺麗に根元から削ぎ取られていた。
「な、なんだよ!? あの獣、なんの用があって街に入って来てんだよ!?」
 フレイルが疑問の声を上げれば、その獣は力ずくで打ち破ったであろう市街ゲートのそばからさらに前進、己の存在を誇示するように雄叫びを張り上げる。
 耳をつんざくかのような旋律に、フレイルとロレーヌは両手で耳をふさいだ。
 リタだけは響きわたる雄叫びに何も感じてはいないようであったが、ふたりを真似するように耳をふさいで、面白そうに唇から白い歯を覗かせる。
 フレイルはリタの様子を、おそらくは事態の緊迫感を読み取れていないのだと判断して、両手ごしでも耳鳴りのしそうな感覚に頭を痛めつつ、声を飛ばす。
「ついてこいっ、ダグラスとナタルのいる応接室に行くぞっ!」
 自分が走り出せば、ふたりも磁力に引き寄せられるように両足を動かした。


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