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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第31回 31


 事務所に入るなり、次にフレイルを待っていたのは、副所長からの説教だ。
 ロレーヌはやりとりを見守りつつ、相手の言いわたす名裁きに期待している。
 ナタルは普段からしているように長机の上で、恥じらいなく身を休めていた。
「お前って奴は、本当にだらしねぇ野郎だ。他人様に迷惑ばかりかけやがって」
「それはもう謝っただろ。いちど非を認めた人間をいつまでも責めるなよ」
「居直るんじゃねぇ、反省しろ! お前は事務所の所長だぞ、いわば看板だ!」
 フレイルを正座させているダグラスは、両腕を組んで少年を見下ろした。
「お前がヘマを仕出かせば、俺たち全員が同じ目で見られるんだ。仕事がなくなっちまえば、お前だって困るだろう? フレイル」
「それは……そうだけど。だけど、俺がヘマしたなら、悪いのは俺だけだろ? それでお前らを悪く言う奴がいるとしたら、そいつの了見が狭いってことだぜ」
 声に発したのは純粋な疑問であり、納得のいかない世間への不満でもあった。誰が悪いかがハッキリしているのなら、そして、その人物に対して文句があるのであれば、そいつ≠ノ張り手のひとつでもくらわせてやれば済むことだ。
 というのがフレイルの考えなのだろう。
「世間様ってのは、そんなにやさしくはねぇんだよ。人間社会はストレス社会。叩けるものは叩く。そういうもんだ」
「納得いかないぜ、そんなもん。憂さ晴らしがしたいなら、パンチングマシンでも殴ってろってんだ!」
 フレイルは立ち上がると右手を固めて、近くにあった机を殴りつけた。
 その机の真ん中にいた幼子は、衝撃に目を覚まし、あたりをうかがう。
「!」
「おぁっ、悪い。起こすつもりはなかったんだ」
 フレイルは幼子のほうに身体を向けると、身体を折りまげて機嫌をとる。
 幼子は少年の顔を見ると笑顔になって、そちらへと両腕を伸ばしてきた。
「…………♪」
「お前、割かし肝が太いよな。今はダグラスと話してるから、遊ぶのはあとな」
 幼子の顔を両手で指差しながら、穏やかに言い聞かせるフレイル。
 この動作に幼子は頷くと、短い足をぷらぷらと振って、上体でリズムを刻む。
 ロレーヌはそうした幼子に目を細めつつ、フレイルのそばまで歩みを進めた。
「口数は少ないけど、明るい子だね」
「なっ、そうなんだよ。可愛らしいだろ?」
「うん。とっても」
 応えてからロレーヌは、そっと幼子に向かって右手を伸ばした。
 もしかしたら嫌がられるのではないかと、少しためらいがちに。
「…………♪」
「…………あっ」
 ロレーヌの差し向けた右手を、幼子は両の手指で包み込むようにする。
 その表情は嬉しそうで、嫌われずに済んだようだと自分の胸中を安心させた。
「よろしくね。ぼく」
「ぼく? 男の子なのか、そいつ?」
 やりとりを眺めていたフレイルは、幼子の性別について疑問の声を上げる。
 どちらでも違和感のない顔貌。判別のつかない体格。
 フレイルはずっと、幼子が男の子なのか女の子なのか決めかねていたらしい。
「違うの? わたしもどことなく、そう思っただけなんだけど」
「うーん。本人が聞かせてくれれば、それがいちばん番手っ取り早いんだけど」
 この様子だもんなぁ、とフレイルは両手を広げて肩をすくめる。
 どちらであろうとたいして問題はないのだが、細かなところで、性別というものは悩みの種となるだろう。ちょっとした本人への扱いしかり、貸し与えるオモチャしかり、トイレだとかシャワーもそうだ。
「あっ、そうだロレーヌ。お前、この子を風呂に入れてやってくれないかな?」
「わたしが、この子をお風呂に?」
「そうそう。こいつ、汗かいてるだろ。ほっといたら身体に悪いかもしれない」
 フレイルは両手を合わせて、片目を瞑って見せた。
 頼みを口にする少年に、ダグラスは声を荒らげる。
「こら、フレイル! お前が拾ってきたなら、お前自身が面倒を見ろ!」
「女の子だったら気が引けるじゃんかよ。それに汗かいてるのは同じだから、風呂場じゃ俺も全裸だぜ? トラウマになったらどうするんだよ」
「トラウマ? なんのことを言っていやがる?」
 ダグラスはフレイルの言うことにわずかに小首をかしげ、片手を顎にそえた。
 その後ろでは意味の通じたナタルが噴き出し、笑いを堪えるように机を叩く。
「とーもかくさっ。ダグラスだって、俺にまだ言い足りない言葉があるんだろ。俺も話さないといけないことがあるし――」
 フレイルは口を動かしつつ、ロレーヌに顔を向けると、ふたたび手を合わせ、台詞を言い終える。
「だからお願い! あとでお前の願いもひとつ叶えるから。ギブアンドテイクってことで聞き入れてくれよ、ロレーヌ」
「えっ? それっ、本当に?」
 耳にした言葉にロレーヌは、文字どおり目の色を変えた。
 フレイルからこんなことを言われたのは初めてのことだ。
 わたしの願いを果たす? フレイルが? あとで忘れたなんて言わないよね?
 彼はまだ何かしゃべっているようだけど、ロレーヌは相手の言葉を聞き流し、聞きおさめた『テイク』について意識を流転させる。
 願いというのは、どこまでが許されるのだろうか。
 ここにきてようやく、関係前進の好機がめぐってきたのだろうか。
 ……できることなら欲しい≠ッど。それはさすがにガッツキすぎ?
 ロレーヌはかぶりを振って、自分の一線を超えた考えを消し飛ばす。
欲しい≠ネんて言っても、フレイル・ストレイトはモノではないのだ。UFOキャッチャーの景品のように、手に入ればそれでいいというものでもない。
『今の時代、少し冷たいくらいのほうがモテるのよ? 重たくないからね』
 玄関前でナタルの言っていたことが、ふと、脳裏によぎった。
 やはり、攻め込みすぎるというのはあまりよろしくない。
 多くの場合、男性は三歩下がってついてくるタイプ≠フ女性を好む。正直、前時代的だとは思うが、鉄板というものには一定の需要があり、常に異性の心を惹きつけてきた鮮度≠セ。
 なるほど。先人に学ぶというのは悪くない手である。
 やり方によっては、二重の意味でフレイルの好感も得られるかもしれない。
 良し。路線は決まった。次は本題をどうにかしなくちゃ。
 ロレーヌは口元に笑みをそえて、幼子を腕に抱き上げる。
 まずは『ギブ』をなさなくては、いくら考えたところで無駄になってしまう。


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