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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第30回 30


「フレイル! 無事でいてくれて良かったわ!」
 ロレーヌがこの場で最も重要視する事柄は、フレイル・ストレイトが無事に事務所まで帰還したことである。
 それゆえ、フレイルの腕のなかで安らいでいる幼子と、さらに後方で奇怪な姿勢を維持しているナタルのことは、駆け寄りながらいささか遅れて理解する。
「悪いロレーヌ、心配させたよな?」
「ううん、戻ったのならそれで……」
 いいのよ、と言いかけて、ロレーヌは二手ほどの間を開けて頭脳が認識した状況に、片眉を下げた。
 自分が知るところでは、幼馴染はアクスと飛翔艇の部品を集めにガラクタ山に向かい、その後にニルゴア森林に消えたはずである。
 そしてフレイルは己が機転で難を逃れ、自走機関で森を抜け出すことに成功したのだろう。ここまではいい。
 だがフレイルがその後すぐに接触した人物が、自分ではなくナタルであったことは、ロレーヌには不愉快な現実と言えた。
「? どうした、具合悪いのか? ロレーヌ?」
 ロレーヌが額に手をやって気を鎮めようとすれば、フレイルのほうは様子をうかがうように話しかけてくる。例によって例のごとく、フレイルにはこちらの抱える心理がまったく察せられていない。
「ううん、そんなことないわ。ありがとう」
「礼なんかいいって。俺のほうが、お前に礼をしなきゃいけない立場だろ」
「えっ、なんの話?」
「ん――ええと、こっちの話、だな。うん」
 まるで思い当たる節がないロレーヌに、相手は誤魔化すように笑顔を作り、この話を切り上げる。うっかり口を滑らせないようにした、という態度だ。
「お二人さん。仲がいいのはかまわないけど、早く事務所に入ってくれなぁい? 後ろがつかえてるんだけど〜〜」
 内心でフレイルを訝しんでいると、ナタルが片手を口元に持っていき、大仰にあくびをかいた。わざとらしく感じられる仕草だけど、ナタルは彼氏の前でさんざん愛想を振りまき、自走機関の運転までもこなしたあとだ。実際に疲れていても、なんら不思議はない。
「そうクラクション鳴らすなよ。疲れてるのは三人ともおんなじだぜ」
 後ろを振り返ったフレイルは、あやすように腕に抱く幼子を軽く揺さぶった。
 指どおりの良さそうな黒髪が揺れに合わせて流れ、穏やかな寝顔にロレーヌは視線を誘われる。
 寝息を立てる幼子を眼に映しながら、
「フレイル。この子、誰?」
 と、自分はフレイルに問いかけた。
 そのうえで、Freshnessは便利屋なのだから子守りの依頼があってもおかしくはないな。と、考えられる返事を予想する。
 だが、事務所の人間には誰ひとりとして、子育ての経験などないはずである。我が子を預けるとなれば、経験に基づく確かな安全が保障されねば不安だろう。
 それに、Freshnessの業務時間は午後六時までだ。依頼主にはこれから絶対に外せない用事があるのかもしれないが、事務所の所長が情にほだされて既定を破ってしまっては、今後の仕事に影響してくる。ひとりとして例外はあってはならないはずだ。
「この子は……うーんと、実は俺もよく知らないんだ」
「知らない? いきなり任されてしまったの?」
「いや、任されるっつうか。巻き込んだっつうか」
「巻き込む? フレイル、あなたが何を言っているのか……」
 フレイルの口にする台詞に、続けざまに質問をする。
 彼の言うことはそもそも説明として成り立っていない。問い質すのは当然だ。
「ねぇ、フレイル。わたしにもっと詳しい話を――」
「んーんん、んんっ!」
 自分がフレイルの両肩を掴んでさらに尋ねようとしたとき、ナタルがさっきのあくびを上回るオーバーリアクションで、大げさな咳ばらいをした。彼女はいいかげんに待ち長いらしく、左手を腰に当てながら、右足で地面を小刻みに踏みつけている。
 ロレーヌはフレイルに悟られないようにギリッと歯ぎしりをして、ナタルへ鋭利なる眼光を差し向ける。
 けれど彼女はこれに対して、口元をつり上げた余裕の表情を浮かべた。
 そして、あたかも視姦するかのような眼差しで自分の姿をねめつけ返すと、鼻で笑うようにしてから視線を逸らしたのだ。
「おいっ、ナタル」
 この行為に気づいたフレイルは、いつもどおりの口調でナタルに話しかける。
「お前のその目つき、ロレーヌは苦手なんだってさ。もっと温かい目で頼むぜ」
「今の時代、少し冷たいくらいのほうがモテるのよ? 重たくないからね」
「誰がモテるモテないの話をしたんだよ。人間関係って、もっといろいろだろ?」
 ナタルの口にすることに、フレイルは右手で頭の毛をかいた。
 彼女の重視する概念を理解してはいるが、すべてがそれを基準にまわっているわけではない。円滑な友好関係に必要なのは、他者を思いやる感受性なのだ。
 フレイルのそうした意思の秘められた発言が、こちらの擁護の効果までもを付加する形で、ナタルの耳を刺激する。
「友愛に親愛、全部が鮮度≠セぜ。大切にっ!」
「……はーい、フレイル大先生」
 ナタルは息を吐き出すと、軽く首を振ってからそう言った。
 不満の含まれた口調だったが、彼女は口を閉じると、急に喜色を浮かばせる。
「あっ。と・い・う・こ・と・は。あんたはあたしのこと、愛しちゃってんだ?」
「は? なんだよ、それ?」
「てめーが言ったんだろうがよ。友愛、親愛、博愛の気持ちっていうものを、あたしにも持ってるのよね。フレイル大先生?」
「あ、ああ。そりゃあ、もちろん」
 いきなり『愛しているか』などと口にするので、なんのことかと思ったが、フレイルはナタルの言うことに納得して頷いてみせる。
 彼は事務所の仕事仲間から、現在も連絡をとり続けているスクールの友人、ご近所さん、仕事を依頼してくるお客様まで、どんな人物に対してもそうした鮮度≠もって対応しているつもりだからだ。
「ちょっとぉ、こっちがハッキリ尋ねたんだから、あんたもハッキリ答えてよ」
「だから、俺はハッキリキッパリ言い切っただろ」
「さっきのがそうだっての? だったら全然だわ、男らしさのかけらもない」
「…………お前は何が言いたいんだよ。ナタル」
 ナタルからのまどろっこしい問答に、フレイルもついつい眉をしかめた。
 何事であろうとも、わかりやすさというものは重要だ。どんなに素晴らしい学問、芸術、政策であろうと、聞く者が判然とできなくては無価値となるのだ。
「な〜〜に? あたしに言わせるのぉ? ここまで言わせたうえでぇ?」
「えっ、もしかして俺、責められてるのか?」
 ナタルは言葉の割には表情を緩めているが、放たれる言葉の檻にフレイルが取り囲まれていることには変わりない。
 生活にかかわらない限りは、ほとんどの物事にこだわりなど見せない彼女が、どうしてここまで幼馴染を困らせるのか。ロレーヌにはまるでわからなかった。
 ただ、無意識に淀みに堕ちた瞳でナタルを凝視している自分の情念の炎が、外界に解き放たれないように調整することが今現在の最重要課題だ。
「あー……アイシテル、ヨ。これでいいか?」
「うん? 何かしら。嫌ですわ、わたくし耳が遠くなって、おほほっ」
 ナタルは片耳に手をやって、とぼけた表情を作る。なぜだかわからないが、その表情に見られる喜びの色は、いっそう強まっているように感じられた。
 フレイルは溜め息を飲み込むと、幼子を抱えているのとは逆の手を口元に、大声を張り上げようとする。
「おーれー、はー……もごッ!?」
 一文字ずつ区切って声に放とうとしたところで、彼の唇を背後から封じる。
 右手で彼の唇に栓をほどこし、ロレーヌは片目でその顔を見やった。
「フレイル。大声なんか出したら、まわりの人たちがビックリするよ」
「もご? もごごっ」
「うん、うん。そうだね、それは素敵ね」
「もごご、もごっ? もごっご!」
 ロレーヌはフレイルがなにやらしゃべっていることに至極適当な相槌を返して、まるで人質をとった強盗犯のように、彼ごと裏手にある事務所の玄関へ向かう。
「…………」
「………………」
 フレイルの困惑をよそに、ふたりは互いを瞳に捉えていた。
 ロレーヌの目にあるのは、とめどない嫌悪。
 ナタルの目にあるものは、はるかなる遊興。
 一歩も引かない視線と視線が、ともすれば火花を散らしそうな緊迫感のなか、幼子は未だに寝息を立てて安眠中である。
 ロレーヌは、本日暫定二位となる禍々しい感情を眼に込めてナタルを睨むと、両者を連れて事務所のなかに踏み入った。
「――愛と恋は別物でしょうに。清々しいほど、お子ちゃまなのね〜〜っ」
 自分のそうした反応に、奇妙にもナタルは背後で相好を崩すのであった。


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