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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第27回 27


   3 結ばれる運命

 戦士たちは双方ともに、体力と精神力を消耗し、敵対する将が地に伏せないことに焦りを覚えていた。
 得物を揮う腕はすでに重量に感覚を奪われ、脚の動きも枷に繋がれたように鈍くなっている。身体の表面をねばついた汗が伝うたび、胸のうちにある気迫が薄らいで感じられるのは、相手方とて例外ではないだろう。
 これしきで身体が音を上げるとは。自分もまだまだ、芯が脆いな。
 そんな思いが頭のなかをかすめ、リジェナは軋む己自身の肉体を嘲り笑うと、繰り返す都度に三度後方に跳びすさり、振動刃サーベルを右肩上がりに構える。
 己の意図を身体がじゅうぶんに汲み取ってくれない今、従牙に価値ある剣撃をあたえるには、得物そのものの重みに頼るのが最も単純な手段だ。
 とはいえど、このような見え透いた戦術に結晶体の臣下たる二匹が誘い込まれてくれるかは定かではない。そもそも戦場で相まみえた難敵に、軌道を捨て置いた正攻法で挑むなど、蒙昧と成り果てた愚者のすることだ。
 しかし――だからこそリジェナは、この戦術のほかはいかなる策も講じないことを、とっくに心に決めていた。なぜなら、この状況を招いた自らこそが、敵味方を問わず誰もが認めるであろう、まぎれもない愚者であるがゆえに。
「牙よ、私はこの一手にて決着をつける。そちらも心して参られよ」
 疲弊した心身を支えている要――威風堂々とした屈強なる益荒男の輪郭を、リジェナはあたかも、かたわらにあるかのように感じていた。
 長時間刃を交わすうちに移り変わった難敵、闘将グルナードへと差し向ける眼光を強め、もはや傷つきようのないほどに傷跡だらけの獣に声を放つ。
「いざや、真剣勝負の時!」
 グルナードは残されている左耳を大きく反応させ、言の葉を聞き届けると、口元を震わせて唸り声を上げた。先の攻防戦からまるで衰えることを知らない、闘気にあふれた勇猛なる振る舞いで、万に一つの躊躇もない了承を発したのだ。
 闘将グルナードにとってはそもそもが、己が腕一本で押し進めてこその戦いである。敵方が小細工の一切ない攻撃手段に出て、後腐れなく幕を迎えられるのであれば、むしろ好都合だと言えるのだろう。
「隊長を待たせては申し訳ない。我々も次で終わりとするか、ケダモノ」
《あの娘が勝つとなぜわかる……? ずいぶんと甘い見解だな》
 ファルシオンとミシルも雌雄を決すべく、互いの得物を閃かせて距離をとる。
 舞台はいよいよ大詰めだ。
 たった一手。されど一手。
 この最後の戦局をものにした軍が、勝利の二文字をつかむことになる。
 一瞬の出来事――刹那の静寂ののち、それぞれが相手に向かって飛び込み、鋭利なる干戈を必殺の気合いを以て振り下ろす。
 研ぎ澄まされた敵方の術理に、誰しも死を覚悟した瞬間――
 無数の陶器を擦り合わせ、続けざま粉砕したような破裂音が、ニルゴア森林のいたる箇所から鳴り響き始めた。
「!? 何事だ……!?」
 想定外の耳鳴りに四名は手を休めて、事態を把握せんとあたりを見やる。
 けれどそうすることで視界におさめられた風景は、ますますもって奇怪さで四名を苦しめるものだった。
 見たままに説明するならば、風景が割れていた≠フだ。
 果たし合う四名のいる地点を中心として、あたかも鏡に映り込んでいる虚像のように、まわりの風景にひび割れが生じていく。こちらから衝撃を加えているわけでもないのに、地面には六方から風景の破片がバラバラとまき散らされていくのである。
 砕け散った風景の破片へと注視していたリジェナは、上方より新雪のごとく舞い降りた新たな破片に、そっと身をかわす。
 そのまま双眸を上方に向けて天空へと視点を移せば、風景が割れている≠ニいう認識は正確でないことがわかった。
 視界の先には、ちゃんと天空の夕闇がなんの変哲もなく現存していたためだ。
 つまりこの現象をより正しく例えるなら、風景が映り込んでいる鏡ではなく、風景を覆っている障壁とでも言ったところか。戦いに気をとられているうちに、いつの間にかリジェナたちがいる一帯を除いたニルゴア森林の全域が不可視の障壁に囲い込まれ、侵入することも脱出することも容易ではない状態と化していたのだ。
「読めてきました、リジェナ隊長。このようなことが可能なのは、例の至宝」
「結晶体だな。しかし……」
 ファルシオンの言葉に頷きながら、それでもリジェナの脳内はせわしない。結晶体の仕業であろうこの怪奇現象が、外敵を拒絶しての行為だとすれば、理にそぐわないものであるからだ。
 いついかなる時点にて生誕したかは判然としないが、〈エクスキャリバー〉が従牙らと交戦を開始するよりも早い段階だったとは考えづらい。
 すなわち結晶体は、敵軍に攻め込まれていることを承知しながら、森を不可視の障壁を使って包囲したことになる。
 だが戦術面において、外敵を臣下もろともに封じ込めるというのは、あまり賢い選択とは呼べぬ失策である。前もった伝達もなく、こんな奇想天外な事象を引き起こしたのならば、敵軍のみならず自軍にも動揺と波紋が広がるはずだ。それに、最奥に座する結晶体が自軍の状況を見極めてこれを解除するには、火花を散らす大一番の真っ只中に限りなく近づかなくてはならない。今回の戦、貧弱なる人間の幼児として生れ落ちた結晶体にすれば、きわめて難易度の高い芸当だろう。
 なによりも、確たる勝敗の決していない今、なにゆえに障壁を取り払うのか?
「――リジェナ隊長、あちらをご覧ください」
 熟考しているリジェナのそばへと歩み寄ったファルシオンは、グルナードとミシルの動向を指差して、醜く唇を歪ませる。
 言われるまま示された方角に目をやると、そこには眼を両手で覆いたくなるような陰惨なる光景が用意されていた。
 まるで、ここまでつながる道筋を描き出すように、鳥や獣が連なり合って、血濡れに染まって大地に横たわっていたのである。
 それまでは草木の陰に隠れていたので気がつかなかったようだが、不可視の障壁が砕け散ることで血のにおいを嗅ぎつけた従牙たちが、同胞の負傷を確認しようと死角から引きずり出しているのだ。
「…………やはりか。混迷は恐怖を呼び寄せる」
 一定の間隔で張りめぐらされた障壁から抜け出そうとした鳥と獣は、幾度も激しく肉体を打ちつけ、これを破ろうと試みたのだろう。傷つき倒れた姿がここに続いているのは、従牙たちに異変を報告せんとする使命感に駆られてのことか。
 視界に広がる惨状に、リジェナは手にする武器を手放し、放心しかかった。
 けれど、瞳を濡らそうとする激情の波を抑えることで、どうにか正気を保つ。
「ファルシオン。艇内には救急キットがあったはずだな」
「それが何か? 私の身を案じてくださっているのですか?」
 光栄の至りですな、とファルシオンは喜ばしそうに左胸に手をやり、微笑む。
 自分は相手の言うくだらない戯れ言を無視して、隊士たちに声をかけながら飛翔艇内に足を向けた。
「お前たち、手を貸せ! これより獣どもの傷の手当てに移る!」


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