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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第26回 26


「ま、今となっては、したたかなあたしを育んだいじめっ子に感謝っていうか。あたしの精神力の勝利というか。そんな感じ?」
 喉が渇いてか、彼女はハンドバッグから飲み物を取り出してキャップを外し、一気に半分まで喉に流し込んだ。ぷはぁ〜〜っと気持ち良さそうに息をつき、口元を拭ったあと、手についた水滴をハンカチで雑に拭き取る。
 仕事(デート)を無事に終了させてきたナタルは、所長に出会ったことで、事務所でくつろいでいるような気分なのだろう。
 もし彼氏のうちの誰かがこの場に出くわしたなら、まず間違いなく、彼女の印象をあらためざるをえないと思われるが。
「どしたの、フレイル? せっかくの思い出話なんだから、何か感想プリーズ」
 話を聞き終わったこちらが難しい表情をしているので、ナタルは右手を突き出して反応を急かした。
 ナタルからのそうした動作にフレイルは困り顔でぽりぽりと頬をかいたのち、頭のなかを回転させながら、まとまりきっていない言葉を紡ぎ出していく。
「気ぃ悪くしないでほしいんだけどさ。俺はナタルを、もっとお気楽のほほん娘だと思ってた。結構、苦労してたんだな」
「人間はそれぞれ、それなりに困難を乗り越えてくもんなのよ。アンタが今、その子を抱え込んでるみたいにね」
 ナタルは長話に付き合わされて舟を漕ぎ始めた幼子をひと目見て、こちらへ悪戯っぽく微笑んだ。
「このおチビが困難か……。なぁナタル、それでこの子の正体、結局なに?」
「さぁ? あたし、知〜〜らないっ」
「えっ? 知らないってどういう?」
「いや、だから知らないって。なんであたしにわかると思うの?」
 可哀相な子を目にするようにそう言われてしまい、フレイルの脳内は一度に疑問だらけになった。
 ナタルは、幼子の正体を看破したんじゃなかったのか?
「お前は、この子が人間じゃないと感じたんだろ? そういう話だったよな?」
「そうよ、そのとおり。けど、あたしにわかるのはそこまで。謎解きパートはフレイルが自分でやってちょうだいな」
「なんだよぉ……。種明かしが聞けるのかと、こっちはワクワクしてたのに」
 フレイルがベンチの背もたれに身を預けると、ナタルは自分の気分を上向かせるためにハンドバッグの中身を漁り、菓子パンを取り出した。
「教えてあげられない代わりに、コレでも取っておきなさい。おやつに買っておいたヤツだけど、恵んだげる」
「おっ、サンキュー! おなかが空いて動くのも嫌になってたんだよ! ……でも、いいのかよ。自分で食べようと買ったんだろ」
 受け取った菓子パンの包みを開けようとしてから、相手に悪いと思い直し、ことわりを入れる。さすればナタルは右手をひらひらと振るい、自慢げに舌を躍らせ、ついさっきまでこなしていた仕事の成果を、嬉々として報告しだした。
「いいの、いいの。二階にあるレストランでちゃんと奢ってもらったしぃ〜〜、気に入ったデザインの靴も贈られて〜〜、そればかりか、お小遣いまで貰ったあたしは、その程度の損失なんか痛くもかゆくもないのら〜〜♪」
 渡された『お小遣い』に当たるであろう札束を団扇がわりに使い、ナタルはこれ見よがしに己が身に微風を送り出す。
 そこはかとなく成金くさい仕草であるが、行為そのものをなしている彼女の大っ広げた態度のせいか。それとも目にするこちらがその本質を知っているからか。不思議と嫌味を感じさせないのは奇妙なものである。
「そっか。だったら、ガブリといただくぜ。おチビ、お前もひと口……あれ?」
 包みを開き、膝に腰かけている幼子に声をかけたときには、相手はすっかり深い眠りの世界に沈んでいた。小さな身体に疲れが溜まったせいなのだろうが、その寝顔は安心しきっていて、見る者の心を癒してくれる。
「眠っちゃったか。これじゃ、このなかを見て回るのは中止だな。助かったぜ」
「なかなか可愛らしい顔で眠るのね。ほっぺた柔らかそ〜〜、つねりた〜〜い」
「そこでどうして、つねるって発想になるんだよ。いじめは良くない、だろ?」
「それは泣くのが自分の場合よ。あたし、他人を泣かせたり負かしたりするの、わりかし好きだけど? 特に間接的に負かすのなんて、カ・イ・カ・ン☆」
 ナタルは両目の瞳を怪しく輝かさせ、口元をつり上げて笑う。
 幼少期にまつわる事柄がナタルのなかに潜んでいた未知の鮮度≠引き出したのだとすれば、数多くの経験を積むのも時に考えものと言ったところだ。
 フレイルはこれを踏まえて、鮮度≠ノも善し悪しがあるのかもしれないなと、己が掲げる持論に新たな項目を増やすことを固く誓った。
「この子が寝てる隙に、事務所に連れてったら? あたし、運んだげるけど?」
「そうしてくれると助かるな。ああでも、乱暴に扱うなよ?」
「はいはい、『大事に扱え』でしょ。あんた、ちょっとしつこいわよ、フレイル」
 逆にこちらをたしなめる言いまわしで、相手は幼子に向かって腕を伸ばした。抱きかかえた幼子に向ける彼女の視線は穏やかで、今しがたの含みある気配は、幻だったみたいになりを潜めていく。
「ホント、可愛い。このくらいの子供はいいわね、裏表を読む必要がなくて」
 本音がにじみ出たように感じられる言葉に、フレイルはなんだか、胸を軽く締めつけられた気分になった。
 ナタルは策謀に長けており、知略に富む女性だ。しかし、本当にそれが真実の姿なのであろうか。心象から一方的にそれを本質と決めつけているだけで、相手の奥底にあるのは、もっと別のものなのかもしれない。
「ナタル。さっきの霊感の話、どうして俺には話してくれたんだ?」
 立ち上がったフレイルは、過去の出来事を話し聞かせてくれたことに、疑問を投げかけた。
 そもそも、幼子の存在にほかの者たちとは異なる違和感を覚えていたとして、ナタル自身がはじめに口にした言葉だけで、じゅうぶん説明は済んでいるのだ。幼き日の失態や苦悩を語り、恥を晒す必要など、どこにもなかったはずである。
「理由かぁ、理由はねぇ……」
 ナタルは考えながら視線を上に向けて、しばらく間を開けてから、
「あんたがアホだからかな。たぶん」
 と、しみじみ返答をよこした。
 フレイルにはそれがどういう意味なのかわからなかったが、どうやら相手は声に発した理由に満足しているようである。
「ええと。ナタル、それって理由になってなくないか?」
「理由になってなくなくないわよ。あとは自分で考えて、ヒントはあげたわよ」
「……いやいや、難問すぎるだろコレ。ヒントの二番目は?」
「二番目ぇ? 欲しがるの早すぎんでしょ〜〜」
 自分の催促に呆れたように首を振ったナタルは、溜め息をついてから次なるヒントを作り出し、唇から転がした。
「ほかにあたしから言えるのは、あの暗〜〜い子供の頃にフレイルがいれば、あたしはこんなふうになってなかったってところかな。これがヒントの二番目」
 すべらかに発した己が台詞に、これまたナタルは惚れ惚れとする。
 頭を悩ませる自分の表情を観察したナタルは、にんまりと唇に笑みを飾って、ことさらに上機嫌だ。
「なぁ、それって本当にヒントとして機能するのか? 適当じゃなくて?」
「あんたって、マジでアホなのねぇ。まだわからないのぉ?」
「アホアホ言うなよなっ。女の子はやさしいほうが俺は素敵だと思います!」
「――――やだやだ、適当なのはいつも男のほうよ。無自覚とかさらに最低ね」
「突拍子もなく、なんだよ? というか、その悲劇ぶった顔、暑苦しいぞ?」
 思考の妨げになるので素早くナタルへとツッコミを入れ、眉間に指をつき、より脳組織に働きかける。
 この流れから察するに、この問いかけは一種の連想ゲームだ。学力を必要としないものなら、自分だってひらめきで相手の心理を読み解けるかもしれない。
 自動ドアを抜けて、通りに出て行くナタルのあとを追いながら、フレイルはしわの少ない脳味噌に刺激を与え、不可解な友人の意図を探ろうと躍起になる。
 こちらの集中力を切らさないのめり込み具合に、まんざらでもないナタルは、店先に停めてある自走機関に足をかけ、別視点からの助け舟を出してきた。
「話は変わるけどフレイル、今あんた、携帯端末って身に着けてる?」
「いいや、俺は手ぶらだよ。それだったら、たぶん家に置きっ放しだ」
 フレイルの返答に、それはいいわね、とナタルは自走機関を起動させつつ、唇から白い歯を覗かせる。
「だったら、事務所でこの子との馴初めをあたしたちに説明したあと、自宅に戻って着信履歴を調べてみるといいわ」
「履歴を? ナタル、俺に電話よこしたのか?」
「アホ言わない。電話を掛けたのはあたしの類友。その相手とあたしの共通項をフレイルが探し出せれば、それが深層心理ってことよ。これ、最終ヒントね」
 ナタルの挑発的な眼差しに、鮮度の申し子の挑戦意欲はますます強まった。
 何がなんでも、日付が変わる前までに、この問いかけを解明してみせよう。
 フレイルは鼻息荒く意気込むと、自走機関に乗り――
「あっ……ナタル、このままだと腰に手をまわすことになるけど、嫌じゃない?」
「へぇっ、意外と紳士じゃない。気にせず役得くらいの気持ちで触りなさいな」


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