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作品名:Freshness(フレッシュネス) 作者:鈴木翔太

第24回 24


 ゲートを通過した先にある三番街は、深まる夕闇に左右されることはなく、市街地上方部に用意されている映写展開装置による疑似的な青空に包まれて、日中とまったく変わりない明るさのなかにあった。
 大通りは買い物や外食に出ている住民たちと、そのうち何人かに購入されて用事に駆り出されているドロイドたちの姿でにぎわっている。
「………………っ!」
「ん? まさかお前、驚いてる? こんなのいまどき珍しくもないだろ?」
 街の様子に驚く幼子に、かえってフレイルが驚かされた。
 自分たちが住む地方の技術は、本土に住まう者たちから見れば、じゅうぶんに遅れている。それなのに、このうっとりとした瞳の煌めきはどうしたことか。
 本気でビックリしてるよな、コレ? この子、今までどんな生活を?
 フレイルは、嬉しそうにあちこちへ視線を向ける幼子に、なんだか触れてはならない暗い部分があるのではないか、という気がしてきた。
 面倒なので役所には行かないつもりでいたのだけれど、もしやそうしなくては取り返しのつかない仄暗い事件の渦中に、相手はいるのかもしれない。
 どこにでもある仕掛けを知らないのは、いくらなんでもヤバいよな。
 こいつの親は何をしてるんだよ!
 見たこともなく、ましているかどうかもわからない幼子の両親に、フレイルは無性に腹が立ってきた。万が一、こんなに小さな子供を意図的に虐げているのであれば、そんな奴は絶対に許せないと思った。
「…………! ……っっ……!!」
「!? な、なんだよ。急に服を引っ張るなよ」
 頭をはたらかせていた少年の衣服を、幼子はなにやら興奮気味に引っ張りだす。
 陰るどころか増していく双眸の輝きにフレイルは心を照らし出されながら、落ち着かせようと相手と同じ背丈に近づくため、膝をまげる。
 幼子の視線を追うと、相手が見ているものはアルシエロ最大のショッピングモールだった。キラキラとした電飾やガラス張りに見てとれる店内の様子に、この子はとてつもなく興味を注がれているらしい。
「あれは買い物をするところだ。衣服、食品、日用雑貨。なんでも買える場所」
「…………っ……っ!!」
「もしかして、なかに入りたいのか?」
「…………! ……! ……!」
 尋ねてみれば、相手は何度も素早く頷いた。
 それまではどちらかというと動きが緩慢であったので、この仕草は明らかに本日の新記録である。
 買いもの好き? いや、珍しいもの好きのほうが正解かもしれない。
 フレイルは幼子の関心事を推測してから、腕を組んでしばし考える。
 無駄な寄り道をするよりは、こういうときに頼れる副所長、ダグラスのいる事務所まで幼子をなるべく早く案内したほうが、より効率的に一連の出来事を解決できるだろう。身元のわからない子供をいつまでも連れまわしていたなら、こちらが世間様の偏見の餌食とならないとも限らない。近頃は下手な親切に、通報がもたらされる時代だ。
「あのな、おチビ。あそこはお前が思ってるほど面白くないぜ? デカいだけ」
「………………」
「おいおい、疑ってんの? 本当だって、マジで退屈なとこだぜ。特に男には」
「………………」
「お前が女だった場合、今の台詞は謝るよ。でも、退屈には違いないと思う。これはホントだ。ウソじゃないぜ」
 相手を説得するにあたって、こんなにスマートでない言い方もそうはない。幼子が無口であるからいいようなものの、利口であれば、大人ならずとも容易に切り返してしまえそうな語り口である。
 それに、幼子だって声は発さずとも抗議はするのだ。幼子の唇はフレイルの言葉が加算されるたびに、どんどん尖る唇の角度を強めていっている。
「あぁぁ、もう、わかったよ。俺も涼みたいと思ってたし、軽く立ち寄ろう」
「…………っ! ……っ!!」
「ただーし! 財布を持ってないから買い物はできないぞ。おまけに、一緒に全フロアを回るなんてのもごめんだからな? そこんとこOK?」
 注意事項を告げると、幼子はまた何度も頷いて微笑んだ。
 フレイルは、自分もずいぶん他人に甘いよなと頭を痛めながら、幼子の手を引いてショッピングモールに踏み入ることにする。
 開かれた自動ドアの向こうからは、冷房の気持ちいい清涼感が漂ってきた。内外での温度差を考慮すると、決して身体に良くはないのだろうが、自分には今が快適であれば別にどうだっていいことだ。
「…………! ……!」
 入口付近からでもじゅうぶん目にできる店の数々をしきりに気にする幼子は、いちど手を放したら最後、いずこへと駆け出しかねない雰囲気である。
 フレイルは相手を落ち着かせるために頭をひと撫ですると、とりあえずは、一階の中央に設けられているベンチまで移動して腰を下ろした。
「さぁっ、おチビ。好きなだけ見て来ていいぜ。お前なら大丈夫だろうけど、あんまり騒がしくしないようにな」
「? ………………??」
 疲れた身体を休める気満々でいるこちらに、幼子は可愛らしく眉を八の字にまげて、グイグイと自分の上着の裾を引っ張ってくる。
 一緒に行こうと言いたげなこの行動はとても微笑ましいものだが、ようやく落ち着ける場所まで戻ってきたフレイルからすれば、幼子の要求は面倒以外の何ものでもない。
「待て待て、服が伸びる。時に落ち着きなって」
「………………」
「えー、うぅん、いいかおチビ? 俺は、もう疲れちゃったんだ。昼から何も食べてないから、お腹もペッコペコなんだよ」
 わざとらしい咳払いをしたあと、肩をだらけさせたり、腹部に手をやるなどの身振り手振りを交えて、フレイルは相手に話しかける。
「だもんだからさ、お前は気が済むまで、そこらじゅうを見て来ていいから、それに飽きたら俺のいるこのベンチまで戻って来てくれよ。なっ?」
 話を聞き終えた幼子は、しばしのあいだ指先を顎に持っていって考え込み、両目の瞳をグルグルと動かした。
 何をそんなに迷うことがあるのかと思ったけれど、よくよく考えてみれば、それも仕方のないことだと感じられた。自分と幼子は出会ってから大した時間の経っていない、赤の他人同士だ。相手にしてみれば背中を向けた途端に姿を消されるのではないか、と不安なのだろう。
 もちろん、こちらはそんなつもりはないのだが、まわりの住民たちの目からすれば、やさしさの足らない行いであることはほぼ決定的だ。
 自分の頭の足らなさって、こういうときに呪いたくなるよなぁ。まいったぞ。
 フレイルは左手を自分の額に押し当てて、溜め息をつく。
 人生を勢いと好奇心で乗り越えて来たような鮮度の申し子には、どちらにも不満の残らない一挙両得な妙案など、とても浮かぶ気がしない。
「あり、フレイル? あんた、どうしてここにいんのぉ?」
 お手上げ状態の自分に、不意を打つように軽い口調で言葉が投げかけられた。デートを楽しみ終えたナタルのものだ。
 ナタルは流行のファッションを取り入れたコーディネイトで、ばっちり自身の持ち味を生かした恰好に身を包み、ツカツカとこちらへ歩いてくる。
「アクスの話だと、ニルゴア森林にいるはずでしょ? 何よ、生き霊ってヤツ? こっわ〜〜いっ」
 彼女は冗談を言いながら大げさに両腕で己自身を抱きしめ、小刻みに身体を震わせる演技を披露した。誰がどう見たって過剰なリアクションであるのに、今のナタルからはそれも許してしまえる小悪魔的な魅力が感じられる。
 異性に見惚れる、ということをあまりしたことのないフレイルでさえ、そばに近づいてきた彼女の見目麗しさには頬の上気を覚えた。
 ナタルって、出かけるときはこんな感じか。こりゃ男がほっとかないわけだ。
 と、納得しそうになって、けれどフレイルは、その意見をすぐに取り下げた。
 どうしてかといえば、突如として心にロレーヌの姿が思い浮かんだからだ。するとなぜだか自分の心には罪悪感が湧き上がり、ついさっきまで胸にあった想いが、どこか下卑たもののように思えたのである。
 フレイルは、こうなった理由にじゅうぶんに心当たりがあった。理屈と呼ぶには曖昧なものであるけれど、己自身の内側で幾度も「そうなんだな」と思い知らせてくる鮮度≠ノよって、本音というものを自覚させられてきたために。
「ちょっと、無視しないで。相手しないとヒールで鼻っ柱を蹴り上げちゃうぞ?」
「え――あっ、ごめんナタル。全然聞いてなかった」
「全然もいいところね。女一人くらい楽しませなさいって。話しかけてんのにポケーッと口開けてさぁ」
「こら、さらっと嘘つくなよ。俺は口、閉じてました!」
「ポケーッとはしてたんかい……ま、どっちでもいいけど。あんた何してんの?」
 尋ねられた質問に、フレイルは直面していた問題へあらためて脳を酷使する。
 とりあえず礼儀として、話し相手に言葉を返さなくてはいけないだろう。
 となれば、なんと返答すべきか。
「というか、この子、いったい誰よ? 知り合いなの?」
「お、おう。その子は……って、コラコラ!」
 格好つかないことだが、知恵を絞った甲斐もなく、意味合いの浅い瞬発的な反応だけを詰めた言葉を、自分はナタルに言い放っていた。
 乱暴にも彼女は、幼子の頭を掴み上げ、片腕でゆらゆらと揺さぶっている。
「危ないだろナタル、小さな子はもっと大事に扱え! 貴重な鮮度≠セぞ!」
「フレイル。その言い方、相手を選ばないと勘違いされるよ〜〜? あんた、もしかして……? ぷふふっ、ウケるんですけど!」
「何ひとりで想像して笑ってんだよ、バカ! 早く下ろせ、おー、ろー、せー!!」
 力いっぱいジェスチャーを試みれば、ナタルはニヤニヤとしたまま、幼子を床に無事着地させる。この際によろめいた幼子は、彼女のことを危険だと判断したらしく、ベンチに腰かけている自分の膝によじ登ると嘆息した。
「ありゃま、嫌われたか」
「嫌うってそりゃ。子供によっては泣いてたぜ、今の」
「子供によっては、って話なら、喜ぶ子もいるわよ。たぶん」
 フレイルが苦々しい表情をすれば、楽しげにナタルはほくそ笑み、警戒態勢にある幼子を眺め始める。そして十秒ほど眺め続けた彼女は、しだいに唇から笑みを消し去っていき、とても真剣な表情でぽつりと、
「この子…………人間?」
 とフレイルに向かって、あたかも独り言のように尋ねた。
 人間以外の存在かもしれない、という考えも捨てきれていなかったこちらは、そのひと言に心を読まれたような気分となる。
 だがナタルは方向性こそ特殊なものの、現実主義者だ。真面目な顔でこんなことを言い始めるような人物ではないはずである。
「ど、どうしたんだよ? いきなり、そんなこと言って?」
「あんただから言うんだけど、あたし、霊感あるんだよね」
 自分語りなんてのは好きじゃないけど、と前置きした彼女は、小さな頃から他人には見えないものや、感じとれないものがわかっていたと言いだした。
 彼女はそのまま、かつての経験を交えて、自らの霊感について語り始める。


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